ボロアパート12
「はぁ。緊張した。上手く笑えてたかな…。」
ドアを閉めてもたれかかる。
久しぶりにきちんと誰かと顔を合わせて話した。
笑い方なんてとうに忘れたから、自分がどんな表情でいたのか全くわからない。
何だか初々しい感じの子だったな。
私にはない感じ。
19の時に家を出て働き始めたから、大学生なんてどんな風なのか見当もつかない。
少し…いや、結構羨ましいかも…。
私も生まれた家が違ったらあんな学生時代を過ごしたのかな?
…私には、兄と姉がいる。
三人兄弟の末っ子だ。
兄も姉も何でも平均以上に出来るので、私は小さい頃からよく比べられては蔑まれていた。
両親にも「お前は駄目だ。」と散々言われてきた。そんな両親を見ていたからか、兄も姉も私には冷たかった。
私は常に見下され、雑に扱われ、優しくされた記憶なんてない。酷いと物が飛んでくる事もあったし、暴言を吐かれる事もいつもの事だった。
それでも、私にはその生活が当たり前でみんなそうなんだとばかり思っていた。
小学5年の時、顔に物がぶつかりアザになった事があった。
親からは「転んだと言いなさい。」と言われていたので、先生やクラスメイトに聞かれてもそう答えていた。
しかし、保健の先生から言われたのだ。
「貴方を助けて守ってあげたい。だから正直に話して欲しい。」と。
私は親の言う事が絶対で言われた通りにしなければまた殴られると思っていた。
ただ、若いその先生は真っ直ぐに私の目を見てくれた。何故だかこの人は信じてもいいんじゃないかと子供心に思ったのだ。
一言目が出てしまってからは、止めどなく溢れて最後は嗚咽しながらやっと話した。
先生は背中をさすり、一緒に泣きながら聞いてくれた。
「話してくれてありがとう。先生が貴方のために出来る事をやってみようと思う。少し時間がかかるかもしれないけれど、待っててくれる?」
優しい先生の声に私は安心して頷いた。
しかし、それから半年経っても何かが変わる事はなかった。それどころか保健室へ先生に会いに行っても、目を合わせず話を聞いてくれなくなった。
助けてくれるって言ったのに…。
私は、どうしたらいいのかわからなかった。
トボトボと教室へ戻ろうとすると
「ごめんなさい…。貴方を助けるって言ったのに、先生には何の力もなかった。ごめんね。」
先生の声が廊下に響いた。
私は振り返る事が出来なかった。
そして、それが先生との最後になった。
その日の夜、先生が自殺したのだ。