猫
僕の猫が死んだ。
いや、正確には僕の、ではない。10年前のあの頃、僕らで名前を付けた猫だ。
ひんやりとした冬の夜だった。初めてその猫と出会ったとき、何がそんなに怖いのかと不思議になるほどおびえた目をして、その小さな黒い体を丸めて段ボールの隅にうずくまっていた。僕らはそんな彼を見下ろして、まるで異世界のなにかに出会ったようなふわふわした気持ちだった。
「ニャー」
その猫が甲高い声で鳴き、僕が現実に戻った頃には、もう彼女はその猫を抱きかかえていた。彼女の手の中に包まれたその猫はあったかそうで、その命に触れた僕たちの気持ちも一緒だった。
冷たくなった猫を抱きかかえながら、記憶を辿る。涙で何も見えないのに、思い出だけが、鮮明に浮かび上がる。
君は彼女に良く懐いていたね。彼女といる時が一番幸せそうだった。ごはんだって彼女にねだっていたし、寝る時も必ず彼女の横で寝ていたね。僕は少し寂しかったけど、君と彼女が嬉しそうな所を見ているのが一番幸せだったよ。
うまく話せない。涙が頬を使って猫の艶やかな毛に滲んでいく。
君を幸せにできなくてごめん。君の幸せは彼女とずっといることだったろ?叶えてあげられなくてごめんな。僕のせいなんだ。
ある日彼女は出ていった。日曜日の昼下がり、お昼ご飯を食べた後、年々増えていった喧嘩をした。言い合いをしているうちに、僕のひとことで、ふと彼女の目から何かが消えた。それに焦って謝ったけど、もう遅かった。
君はどう思っていたかな。そんなことを聴いてみても、もちろん返事はない。あの時と同じような冬の夜、独りぼっちになってしまった部屋で、ただひんやりとした空気が僕の周りをまとわりついて離れなかった。