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「“なんで”……とはこっちの台詞だ。聖女は現れず、救ってもくれなかったのだろう?」
「そうだけど、それって普通のことじゃない?」
「君の言っている意味が……分からない」
驚きのあまり、胸の痛みも苦しみも全てが掻き消える。狼狽する少女を前にし、困ったルイは後頭部を掻いた。
「俺はね。現れてくれない聖女より、必死に聖女に縋る自分が一番許せなかったんだよ」
それはまるで自分では何も出来ず母親に泣きつく幼児のようで。存在も不確かな者に願うことしか出来ない自分の愚かさを、思い知らされた瞬間があった。
「例えば俺がそういった聖人的存在だったとして。今こうしている間にもどこかの誰かが殺されかけてて、見ず知らずのその人たちを片っ端から助けていくわけでしょ? ついでに戦争にも利用されたりしてさ。そんなの無理だよ」
「……それが出来るのが聖女だとしたら?」
「だとしても。それが出来るからって、それをしなきゃいけない理由にはならない。思考まで聖人のまま産まれるとは限らないじゃん」
二、三度頭を振って水を飛ばしたルイは、少女の目の前に屈んで笑顔を向ける。
「俺が言いたいのはさ、いつでもどこでも駆けつけてくれる便利屋みたいな聖女なんていないんだってこと。見ず知らずの存在に勝手に期待して、見返りなく救ってもらおうとする人が嫌なんだ」
「…………」
「だからこそ、俺は両親を殺した賊に飛びかかったんだよ。自分でやらなきゃいけないって分かったから。聖女なんていない。いなくて良いんだ。生まれた瞬間から損な役回りの女の子なんて」
知ってか知らずか、ルイは少女の頭を撫で回す。俯き、されるがままの少女。瞳を隠したままフッと口元を緩ませる。
「なんだ、それは。君が冒険者になったのは人を救うためではなかったのか、少年。それこそ聖人ではないか」
「俺はそういう損な役回りが好きだからね」
言いながらも撫で回す手は止めない。円を描くように頭を揺さぶられても少女は拒否しなかった。胸の内にあるのは言いようの無い暖かさだけ。だというのに心臓の奥が握られたように痛み、目頭が熱くなった。
「ならば、少年。もし聖女に会ったなら……君はどうしたい」
「え? うーん、なんだろ。そうだなぁ」
そこでようやく手を離し、顎に手を添えて考え込むルイ。数秒考えてからパッと表情を明るくさせた。
「その子の一番綺麗な魔法を見せて貰いたいかな」
目を見開き、少女が顔を上げる。視界いっぱいに映ったルイは夕陽を浴びながれ照れ臭そうに微笑んでおり、その眩しさに思わず目を細めた。無意識のうちに息を吸い込む。肺を膨らませるように空気を取り込めば、驚くほど胸が軽くなった。
こみ上げてくる高揚感。ツンと痛む鼻の奥。感じたことのない感覚ばかりでもどかしいほどの思いを溢れさせながらも、それを表現する術を持たない少女は、一言『そうか』と呟いた。
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