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 それからしばらく奇妙な少女との依頼消化の日々が続いた。といっても少女の戦闘力はほとんどなく、ルイと魔獣の対決を興奮した様子で見学するだけ。時折魔獣の人質になりかけたりしてルイの精神は削られる一方だったが、不思議とそこまでの大苦戦を強いられることはなかった。


 ついでにルイの制止も聞かず酒場にまで顔を出すようになった少女は、村の人間にもすっかり馴染んだらしい。酒盛りする男達のテーブルに顔を出したり、出さなかったり。少女はこれまで食に対する興味を持たず生きてきたようで、『どんな料理を出しても目を煌めかせながら食べてくれる』とアディーダが喜んでいたのが記憶に新しい。自由奔放で読めない少女は、それでもルイの日々に欠かせない存在となっていく。


 一週間、二週間とそんな日々が続いた快晴の日。少女とルイはいつものように数体の魔獣討伐依頼を完遂し、被った返り血を流すために湖へ訪れていた。とはいっても返り血に塗れているのはルイだけだ。少女はケタケタと笑いながら草の上に足を放り出して座る。



「今日は暑いからな。良い水浴びになったじゃないか、少年!」


「他人事だと思って……」


 洗った服を力一杯絞ってから枝に通し、虚無の表情で乾かすルイ。続いて湖に頭を突っ込んで髪を洗う姿を、少女は楽しそうに眺めた。



「なあ少年。君は、人間を殺したことはあるか?」


 けれど唐突に発された言葉はあまり楽しいものではなく、ルイは髪から水が滴ったまま少女の方を振り返る。“殺したことがあるか”というその言葉はどういう意図によるものなのか。分からないが、答えることに不思議と抵抗は無かった。



「あるよ」


「ほう。存外平然としているんだな」


「吹っ切れちゃったからね」


「吹っ切れた……とは?」


 次から次へと滴る水滴がルイの足元を濡らした。何を思っての発言なのか読めない少女の瞳だが、非難しているわけではないという事は直感的に分かる。言うなれば好奇心だろうか。意図のつかめない笑顔に、ルイがため息をついた。



「俺はさ、旅の途中で賊に両親を殺されたんだ」


 アディーダを含めた数人にしか話していない過去。黙ったままの少女から視線を外して記憶を辿る。



むごいもんだったよ。冒険者としてそれなりに強かったはずの父さんと母さんが、ザックザック斬られていくんだ。俺は父さんに言われて低木の影に隠れてたから、そこから一部始終を見てた」


 賊の気配を察知しルイを低木の影に押し込んだ時の、安心させるような両親の笑顔が忘れられなかった。その後すぐに武器を手にとり立ち向かおうとした二人が、数に圧倒されて切り刻まれていく光景が目蓋の裏に蘇る。



「とうとう二人が倒れて動かなくなった時にさ。隠れていれば良いものを、俺は叫びながら飛び出してっちゃって。無我夢中で短剣振り回して、その時に運良く賊の一人の腹を切って殺した。結局他のやつらにボコボコに殴られて、殺される寸前で逃げ出したんだけどね。そんな俺を助けてくれたのがウェイルアーグ村のみんななんだ」


 小さな体を生かして隠れながら逃げ惑い、ウェイルアーグ村に辿り着けたのは奇跡だった。そこからの記憶はほとんど無いものの、確かに残っているのは涙ながらに介抱してくれた村の者の姿。それから優しい人々に触れ、回復していく中でも、賊の腹を切り裂いた時の感覚は消えることなく残ったままだった。



「だからその時にもう吹っ切れちゃった、みたいな」


 言いながら、思いのほか暗い話をしてしまったと後悔が襲う。慌てて笑って見せたが、少女は変わらない表情でルイを見つめるだけ。居た堪れなくなり、けれど言葉を続ける気にもなれずに沈黙が流れる。時間にして数秒がいやに長く感じる一時。黙っていた少女が口を開いた。



「聖女が……いれば良かったのにな」


「え?」


 予想外の言葉。思わず聞き返したルイに構わず少女は続ける。



「そういうやつのことを助けてくれるのだろう? 聖女は。そうすればお前も、両親も、そんな惨い目に合わずに済んだだろう」


「うーん。実はね、両親の最期を目にしながら、俺はずっと思い出してたんだ。何度も聞かされた聖女の御伽話を」


「御伽話?」


「そう。国も人もみんな救ってくれたっていう昔の聖女様の話。それを思い出して、ずーっと願ってたよ。『聖女様、現れてください』『父さんと母さんを助けてください』って」


 ぼろぼろと涙をこぼし、血が出るほどに唇を噛みながら祈った記憶が蘇る。背を向けたせいで少女からはルイの表情が見えない。まだ髪から水を滴らせるルイの背中を見つめた少女は、視線を落として悲しげに微笑んだ。



「そう、か。それでは君は、もしも聖女に出会ったなら彼女を恨むのだろうな……」


 自分で発した言葉にズキリと胸が痛むのを感じる。膝を折り曲げて三角座りをし、その痛みに気付かないふりをする少女。感じたことのない感情に、異常なほど息が苦しくなった。いつもの平常が保てず、表情を作ることもままならない。何故だか目の奥が熱くなり、ルイに『振り返らないでくれ』と祈る。



「え、なんで? 全然恨まないよ!」


 けれど祈りも虚しく振り返ったルイは、不思議そうに目を丸くしていた。


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