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「おおー、凄いではないか! あっという間に三体を倒した!」
「き、君ね……戦えないのにどうしてついてきたの……。冒険者なんでしょ?」
「冒険者だからといって全員が戦えるわけではないだろう?」
「いや戦えるでしょ。死んじゃうじゃん」
「ふむ。そうか」
あっけらかんとする少女に絶句することしか出来ない。ひとまず依頼は完遂したというのに滲み続ける冷や汗。心臓の暴れ方が尋常でないのは、やはり少女を守れたのが間一髪だったという緊張感ゆえだろうか。ルイは目をつむって深呼吸をし、ようやく短剣を納刀する。
「それで、君は本当は何者なの?」
「何者、とは?」
「だって冒険者じゃないんでしょ?」
「失礼な! 私は冒険者だ!」
「戦えないのに?」
「戦えない冒険者ってやつだな」
「だからそんなのいないってば」
思わず笑う。自分より背丈が低く、幼さ残る少女がお堅い口調で淡々と語る様が、何故だかおかしくて仕方がなかった。握った拳を口元に当て、遠慮がちに笑うルイを不思議そうに眺める少女。気付いたルイが少女の頭に手を乗せる。
「ごめんごめん。女の子を笑うなんて失礼だったね」
そのまま優しく撫でられ、少女は地面に視線を落としたままクシャクシャと髪を乱された。何も言わない少女は何を思っているのか。下を向いたまま目線だけを上げ、自分の頭を撫でる腕越しにルイを見る。その瞬間ほんの少し少女の瞳が柔らかくなったかと思えば、すぐに元の表情へと戻った。
「許そう。君は私を助けてくれたしな」
「それはどうも」
「元々、興味があっただけなのだ。任務やら討伐やらというのはどう行われているのか」
「駆け出しってことかな?」
「まあ……そうだな。それに、一番興味があったのは……」
言いかけ、言葉を飲み込む。ルイは突然黙り込んだ少女の顔を覗き込もうとして、それよりも早く少女が顔を上げた。今までにないほどニッコリとした笑顔。
「いや、なんでもない」
屈託なくそう言われてしまえば、詮索することなど出来なかった。何か言いたげだったルイも口を閉じ、笑い返すだけ。
「よし、では私は帰ろう」
「え? 村に泊まるんじゃないの? 女の子一人じゃ危ないよ」
「大丈夫だ、友人がいる。そいつらの元へ戻る」
「そうなの? なら良いけど……」
ならばどうして今一人行動をしているのか。ルイの任務に同行してきたのは何故なのか。複数の疑問が脳内に湧くが、どれもこれも少女を詮索しているような気がしてやめた。友人がいると言った時の少女の優しい目つきが記憶に残る。それじゃあ、と別れようとして、ルイは思い出したように表情を明るくさせた。
「あ、じゃあ名前! 名前教えてよ!」
「名前?」
「うん。呼ぶとき不便かなぁと思って」
「呼ぶも何も、もう会わないかもしれないだろう?」
「え、あ……そうか。いやでも、うん。せっかく知り合ったんだし……」
まさか名を聞いたことに対して指摘されると思わなかったルイが狼狽する。さらりと名乗り合って別れようと軽く考えていたものが崩れ、意図せず視線が泳いでしまう。少女はそんなルイを一瞥して背を向けた。
「悪いな。名は無いんだ」
小さな背中で堂々と言い放った少女。無いわけがないと思うのに何も返答出来ない。結局、一度だけこちらを振り返り笑ってみせた少女を見送ることしか出来なかった。