4
──────
少女への反論も許されないままあれよあれよと腕を引かれ、辿り着いたリドルドの森。同行させてくれと頼んできた側が先陣切って誘導するという事態に、ルイは思考が追いついていなかった。少女とは思えないほどに強い力で引っ張り回され、目的の場についた頃にはすっかり息が上がっている始末。両手を膝につけて呼吸を整えるルイを少女が嘲笑う。
「ふふ。情けないな、少年。それでも冒険者か?」
「君が腕掴んだまま走り回るからでしょ? 勘弁してよもう」
「何を言っている。日が暮れる前に済ませてしまったようが良いだろう」
「別に普通に歩いたって夕暮れ前に終わらせられるよ……」
「ふむ、そうなのか。まあ気にするな」
汗一つ滲ませない涼しげな顔で笑い飛ばす。忌々しげに横目で一瞥するルイは、それでも気持ちを切り替えようと深呼吸をした。お互いに声を発さない時間が数秒。葉の擦れ合う音と草の揺れる音がその場へ響き渡り、背後に聳え立つ大木から鳥達が羽ばたく。
「おお?」
「……いるね」
空気が張り詰めたのを感じて腰の短剣を抜いた。耳辺りの良かった葉音が一転、薄気味悪く感じるのは気のせいではないだろう。感覚を研ぎ澄ませ、前後左右に意識を飛ばし、短剣を握る手に不必要なほど力がこもる。自身の呼吸すら最小限に抑えたまま、数秒。動きを見せたのはルイの右斜め後方だった。
背の高い草の根の影から飛び出したのは、身を低くした状態で走り迫るオークだ。体勢を戻せばルイの背丈ほどはあるだろうか。牙を剥き出しにして爪を振るおうとする姿をしっかり捉えたルイは、横に身体をずらして攻撃を避けつつ、オークの腕を片手で掴む。
咄嗟に振りほどこうとするオーク。しかしルイは勢いを利用してそのまま前方の木へと投げ飛ばした。わけも分からず幹に激突した衝撃は相当なものだったらしく、木の幹から枝の先まで激しい揺れを見せる。と同時、生い茂った葉に隠れていたらしいもう一匹のオークが揺れに耐えかねて落下した。
お互いの頭部がぶつかり合って悲鳴を上げるオーク達。端で見ていた少女は感嘆の息を漏らすが、全てを読んでいたルイは驚くこともなく、地面へ落ちた一匹の背を踏んで短剣を突き立てた。引き抜くと同時に飛沫を上げる血液。続けざまもう一匹のオークの腹も斬り裂く。
聞くも耐え難い醜い悲鳴に包まれるリドルドの森。鼻先から頬に向かって飛び散った返り血を拭うルイが振り返った。
「ほう。凄いな君は。木の上に潜んでいたオークに気付いた上で誘導したか」
「うん。オークは気配消したりとか苦手な魔獣だからね。察知しやすいんだ。けど気をつけて。最後の一匹もすぐ近くに……」
言いかけて息をのむルイ。見れば少女のすぐ後ろの草むらからオークが飛び出した瞬間であり、剣を握って駆けつけようか一瞬の迷いが生まれた。
少女も冒険者だと言った。もしや駆けつけなくても倒せるのか。自分が飛び込むことはむしろ邪魔になるのではないか。そんな思考が一気に駆け巡る。しかし。
「あ、私は戦えないぞ」
「……ッ!?」
もう頭上に爪が振り上げられているのに、シレッと発言する少女に息をのんだ。一瞬迷った足を無理やり踏み出したせいでバランスを崩しかけたが、目一杯力をこめて跳ぶ。その一歩で瞬時に少女の元へと辿り着き、息を吐く間も無く短剣が振るわれる。一寸の狂いもなく切り裂かれるオークの喉。戦えないと言った少女だが、瞬時に身を屈めて返り血を回避することには抜かりなかった。