4
「いやいや、昨日のすき焼きというものは本当に美味しかったですよ。卵に絡ませて食べると、その味がマイルドになってまた素晴らしい。どうやらお肉もかなり高級品だったみたいですね。あっ、そう言えばデザートにプリンというものを食べたのですけど、それも非常に美味しかったですよ。天界にもあんなものはなかったですね」
学校帰りに萌は俺の病室にやって来たのだが、昨日食べた夕食をずっと絶賛している。
一通りグルメレポートを聞いた後、俺はポーションを1つ作って、それを飲ませてもらった。瓶の処分は萌にやってもらう。
「そういえば昨日はスルーしてたけど、その制服ってウチの学校のものじゃない?」
少し痛むが声を出すことはできるようになってきていた。
「そうですよ。お兄ちゃんとクラスは違いますが、3年4組の生徒です。ちゃんと話は合わせてくださいね」
「何でもありだな。どうせなら、その辺のところの俺の記憶も改竄してくれてれば良かったのに」
「できるならしたかったですけども、お兄ちゃんは私と一心同体ですからね、お兄ちゃんの記憶を弄ることは残念ながら神に禁止されてしまいました。私の選んだ魂と共にこの世界で序列を上げることを義務付けられてしまったのです。この世界で序列を最低でも第100天使まではあげないと、天使の資格をは剥奪されてしまいます………それで、早速ですが、信者をゲットするプランを聞かせてもらえませんか?」
「えっ?」
「モルモットになるのが嫌だから、ここで力を見せつけないという事でしたけど、どのようにして信仰心を集めるのですか? 一晩考えて何か思いつきましたか?」
「いや、全く考えてなかったっていうか………」
「はぁ~ヤレヤレですね。そんな事で信者を増やすことができるんですか?」
「ひとまず、怪我が治らないことには何もできないだろ」
「ですから、信者さえ増えればポーションの力でそんな怪我はすぐに治るんですよ!! 手始めに、この病院の患者で、条件に合うものを探しましょう。火傷の痕とかを消せば、コロっと信者になってくれますよ。他の天使の話だと簡単にいくと聞いてますよ」
「いや、ここは異世界とは勝手が違うんだって。見知らぬ人から液体を受け取っても飲んでくれるか分からないし。治ったら治ったで騒ぎになって、逆に良くないことになるかもしれない」
「良くないって何ですか?」
「いや具体的には………けど、最初は絶対肝心だから、慎重にいった方がいいって」
「お兄ちゃん………チキンですね。もっと、バンバンと………」
俺と萌が言い争っていると、病室の扉が開いた。そこには高岡さんが立っていた。
「………ひゃあっ」
高岡さんは俺の方を見ると小さな悲鳴を上げた。
「あっ、け、怪我、悪化した、の?」
俺の顔が包帯で巻かれていることに驚いたようである。
「い、いや、ち、違うよ。こいつが俺の怪我を心配して、包帯をぐるぐる巻きにしたんだ」
話を合わせるようにアイコンコンタクトを萌に送る。
「そう、なの?」
高岡さんも萌の方に視線をむけた。
「そうだよ。お兄ちゃんの顔がいつにもまして醜く腫れあがってしまったから、包帯を巻いて隠したんだ」
憧れの高岡さんにネガティブキャンペーンはやめてほしい。
「えっ、あ、痕とか残ったりするの?」
「いや、全然大丈夫だよ。痕は残らないよ。妹が心配しすぎて、俺に包帯を巻いただけなんだ」
「そうなんですか? ちょっと安心しました。昨日も言ったけど、改めて言います。事故から助けてくれて本当にありがとうございました」
安堵した表情を見せた後、深々とお辞儀をしたまま顔を上げようとしなかった。
そこで、俺は萌の話を思い出した。
実際は高岡さんを救ったのではなく、怪我をさせる行為だったという事である。
「いや、顔を上げてよ。そんな大したことしてないっていうか。むしろ体当たりして怪我させてしまって………」
「そんなは事ないです。咄嗟に押してくれなければ私が車に跳ねられていたわけですから。こんな怪我では済まなかったはずです。天海君は私の命の恩人です」
真実を知ってしまった俺は何だか申し訳なかった。高岡さんの純真な瞳に見つめられて、咄嗟に視線を逸らしてしまう。
『まぁ、いいじゃないですか。やった事は怪我をさせるという無駄な事でしたが、助けようとするその心は本物でしたし。実際、高岡さんも助けてもらっていると思っているわけです。ここは感謝を受け取っておきましょう。それに、これは信者一人目ゲットのチャンスですよ。早速私達を神として崇めてもらえるように、勧誘しましょう!!』
『いや、いきなりそんな事をしたら変に思われるから、もうちょっと待ってくれ!!』
『何でなんです?! こんなチャンスはないんですよ。明らかに高岡さんは今お兄ちゃんに好意を抱いていますよ。私には分かりますよ。何でも言う事を聞くチョロインの匂いがしますよ。ただ、これから信者を獲得していかなければならないので、高岡さんを特定の彼女とかにするのはNGですよ。高岡さんをハーレムの一人にという事であれば問題ないですが………』
『ええ~!! 特定の彼女を作れないって、何で?!』
『それは……』
萌が何かを伝えようとしたところで、高岡さんが鞄の中から紙束を取り出して、ベッドの上に設置された机に置いた。
「あと、これ。天海君が休んでいる間のプリントとノートのコピーです」
「あ、ありがとう。わざわざ持ってきてくれたの? 受験勉強で忙しいのに何か申し訳ない」
「助けてもらったのですから、これくらいは当然です。それにしても、天海君にこんな可愛い双子の妹がいたなんて、全然知らなかったです。もしかして、私がプリントを届けに来なくても良かったですか?」
俺も自分に妹がいた事を知ったのは昨日なんです。とは、言う事はできない。
「いや、そんな事はないよ。わざわざ届けに来てくれてありがとう。ノートのコピーまで持って来てくれるなんて、本当に助かるよ」
「そうだよ。プリント類は先生から預かれば渡せるけど、私は文系だからノートまでは無理だからね」
「天海さんは文系なんですね」
「そうだよ。あっ、名前が一緒だからややこしいでしょ、私の事は萌でいいよ」
「萌……ちゃん? じゃあ、私の事は沙月と呼んでください」
「沙月ちゃん。よろしくね」
何やら………何やら………う、羨ましい。
『羨ましいなら、お兄ちゃんもこの流れで下の名前で呼んでもらえばいいじゃないですか。チキンですね』
そんなコミュ力があれば、もっと早くにクラスで高岡さんと仲良くなれているのだ。俺はこの奇跡の会話の流れを逃してしまったのだった。