その6
目が覚めた時に見えたのは、ヒロトの大きな顔だった。
「おい、起きたぞ、ミツヤ」
ヒロトが僕から顔をそらす。と僕の視界の端からミツヤの顔が現れた。
背中には柔らかい布団の感触。見上げる天井は自宅とは違う白色。鼻をつくのは薬品のような匂い。僕は掛け布団を跳ね飛ばして上半身を起こした。周囲には清潔なシーツの敷かれたベッドが数台置かれている。僕は病院に運ばれてきたらしい。
「起きて大丈夫なのか?」
ミツヤが心配そうな顔をしている。
「平気……」
と、動かそうとした右腕に鋭い痛みが走る、
「ひどい火傷らしい、あんまり動かすなよ」
僕は自分の右腕を見下ろした。病院の寝巻の袖から、白い包帯が覗いている。この下の皮膚がどんなふうになっているかを想像して、僕はぞっとした。ミツヤが手渡してくれてペットボトルの水を左手で受け取って、左手だけでキャップを空けて口をつけた。
「このまま目が覚めないんじゃないかと」
ヒロトが言う。
「どれくらい寝てた?」
「まだ二十四時間も経ってない。次の日の夕方の四時だ」
「悪かった、俺が無理を言わなければ」
「いいよ、僕だって、ヒロトが言わなくてもいつか絶対に行こうとしてた。それが早まっただけだよ」
ヒロトはまた、すまない、と繰り返した。
「ビデオカメラもぶっ壊してくれたな」
「ごめん」
と言いつつ僕は笑ってしまった。
「あの後、親からも先生からも滅茶苦茶叱られたよ。俺も気を失ってればよかった」
ミツヤは皮肉な調子で笑った。これから訪れる自分の運命を思い出して、僕はちょっと震えた。と、僕は一つ大切なことを思いだした。
「僕の服は?」
「そこだ」
ミツヤがベットの脇を手で示す。
「あの、青い箱はどうなってる?」
僕は無事な左手で紙袋を引き上げ、中を探した。けれど、そこには衣服の類しか入っていなくて、四角い箱はどこにも見当たらなかった。ミツヤは首をひねり、それからヒロトのほうを見た。
「お前ら、何か隠してるだろ」
ヒロトはひとつ大きく息を吸い込んだ。そして、痛みをこらえるようにゆっくりと口を開いた。
「ヒロト」
僕は呼びかけた。ヒロトが僕のほうを向く。
「マコトに会ったよ。マコト、怒ってないって」
ヒロトはきょとんとした表情を浮かべた。
「それと、プレゼントありがとうって」
きょとんとした表情が、突然くしゃくしゃになり、もともと細い目がさらに細くなった。ヒロトは鼻をすすって、何かが喉に詰まってしまったみたいに嗚咽を始めた。
ミツヤが、僕とヒロトを交互に眺めて怪訝な表情をする。
「どういうことだ」
どう説明していいのか、僕にはなかなか思いつかない。
「たまには、非科学的な妄想を信じてみるのも悪くない、ってことだよ」
ミツヤは、ますます訳が分からないといった表情をして僕を見ていた。きちんと事情を話してミツヤを納得させるのには、ひどく長い時間がかかるだろうと僕は思った。