表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

bukimi

マネキン

作者: yuyu

 マンションのエレベーターの扉が開くのを今か今かと待ち続ける少女。


 ルリは今日が、お出かけ出来る日である事を知っていた。昨日、両親がリビング内で明日の外出について話し合う声が聞こえていたからだ。

 

  よく、母からは体が弱いから、あまり外に出ては駄目だと言付けられていた。しかし、今日は特別に母と一緒に近くのデパートまで歩いて出かける事になった。


 昨日の夜から、その話が聞こえた瞬間、ルリの鼓動が高鳴り、今日の朝まではよく眠れなかった。エレベーターの前で一緒に手を繋ぎ、娘の顔を伺う母の顔色が悪い。


「ルリちゃん。具合悪そうだけど、大丈夫?無理はしてない?」


「大丈夫!昨日もしっかり寝れたもん」


「そう……本当に具合悪くなったら、ママに言うのよ」


「うん!」


 エレベーターの扉が軽快な音を立てて、両側に開いた。二人ともエレベーター内に歩いて入っていく。一階の四角いボタンを押し、エレベーターの閉じるボタンを押す。一定の速さで下降し、目的の一階に到着する。その瞬間、ルリは待ちきれず、母の手を振り払い扉が開くと同時にデパートの方角まで走っていく。


「こら!待ちなさい!ルリ!」


 背後から、母の大声が響く。聴覚の良いルリにとっては、騒音にも等しい声だ。仕方がないと思い、すぐに足を止める。すぐにルリに追いついた母は、ルリの頭を軽く叩いた。


「いつも言ってるでしょ。一人では危ないから、走らないことって。次、約束破ったら

 お菓子買ってあげないよ」


「えー」


 口をとがらせて抗議の声を上げるルリ。母はよくルリの体について理解している為、少しでも手を離そうものなら、いつもすぐに追い付いて、今みたいに説教をする。ルリはまだ体を動かしたがる十歳である為、無理もないが。


 しっかりと手を繋がれ、デパートへと続く道を歩いて行く。蝉の鳴き声が両耳にどんどん入り込み、不快極まりない季節。歩く度に、汗がうっすらと滲み出してくる。

 

  母は時折休憩と言って、タオルで娘の顔を拭いてあげたり、水分補給を行っていた。ルリの大好きなオレンジジュースを持参することを忘れていない。ルリはオレンジジュース特有の色と味が好きだからだ。オレンジの明るい色。さらに、口に含む度に甘酸っぱい味が口一杯に広がる。飲む度に元気が出てくる。そんな気がするのだ。


 休憩していたベンチから、母は立ち上がりルリの手を引く。


「そろそろデパートに着くよ。もう少しだからね」


 夏の暑さの為だろうか。母も顔全体に汗をかいている。背中にも、うっすらと汗の跡が見えるほどだ。すぐに頷いて、ルリもベンチから腰を上げる。目的地までもうすぐだ。


 数十分は経っただろうか。ルリの目の前には茶色を基調とした、約八階建てとも見えるデパートの正面玄関があった。外壁の至る所に、バーゲンや数字のような文字が垂れ幕にうっすらと映し出されている。両目を細めながら、その垂れ幕を見つめていると母から、

 またも手を引かれた。


「そこに立ってたら危ないでしょ。早く入るわよ」


 手を引かれるがまま、デパート内へと入っていく。デパートでは今セールが行われている様子であり、様々な人がワゴンのような物にひしめきあう姿が見えた。皆、同じような人にしか見えないルリは不思議とその光景に眼を見張らせた。


 今、ルリの手は誰とも握られていない。母はお手洗いに一人で入っており、ルリはこの場所から絶対に動かないように言われていた。


 しかし、十歳の子供にとって、その場に立ち尽くすことは至難の業であった。約五分と経たない内に、トイレの出入口周辺から離れて、一人でデパート内を歩き周る。


 約十分も歩いただろうか。大きなガラス張りの両開きのドアを両手で押しながら入る。

 

 ルリの眼に飛び込んできたのは、下へと続く薄暗い階段であった。恐怖心よりも、好奇心が勝り、階段を一段一段降りていく。

 

  周囲は、今までの喧騒が嘘であるかのように、静まり返っていた。階段を下りる度に、胸騒ぎがする。これ以上降りるべきではない。十歳のルリにも本能はある。それが危険信号を常に発信し続けている。けれども、階段を降りた先に何があるのか。何が待ち受けているのか。その気持ちの高ぶりを抑えることは出来なかった。


 約五十段はあった階段を全て降りた。十歳の体力にはさすがに応える。壁に手をつき、

 右足をさする。


 階段を降りた先は、黒塗りの大きなドアがそびえ立っていた。高さは約3m、横はルリが両手を目一杯伸ばしても届かない長さ。異様な雰囲気を放つドアに少し後ろに下がってしまった。


 ルリから見て、左手側から薄っすらと縦長の光が内部から漏れ出している。ドアはわずかに開いているようだ。ドアノブには手が届かない為、恐る恐るドアの隙間に手を差し込み、両手をかけて、ゆっくりと引いた。


 キィィ……


 奇怪な音が周囲にこだまする。あまりの音量に、引いていた両手をひっこめてしまう。。ドアは先ほどよりも、子供一人なら、身体を横に向ければ、入り込める隙間になった。高鳴る鼓動を抑え、物音を立てないように、ドアの隙間から内部へと侵入する。

 

  室内には、見渡す限り人形のような物がたくさん置かれていた。全てぼやけて見えるが、同じ肌色をしている為、幼い自分でも、これらはマネキンと呼ばれる物だとすぐに理解出来た。ぼやける視界を眼を細めることで、少しでもよく見えるようにする。


 ふと、物音に気付く。


 ギィ……ギィ……


 まるで、ドアを何度もゆっくりと開け閉めしているような、断続的かつ不愉快な音がマネキンのひしめく室内の奥の方角から聞こえる。


 ルリは自分の両手が汗でぬめっていることを自覚した。怖い。ただ、その恐怖心だけが幼い子供の心を支配する。

 

  しかし、音を聞いた以上、対象となる音の発生源についても、知りたいという欲求もある。欲求にうち負け、マネキンに見守られているかのように、間を縫って、奥へと進む。


 ギィ……ギィ……ギィ……


  近づくにつれ、次第に音は大きくなってゆく。自分の鼓動は、外にまで聞こえているのではないかと思えるほど高まった。そして、


「え」


 間の抜けた声を上げた。尻餅もついてしまった。今、自分の目の前には、天井から垂れている輪っかのロープのような物に頭を突っ込み、ぶら下っている人の姿。


 初めはマネキンがぶら下っているものと思えた。これは違う。床に滴り落ちていく体液。鼻腔に満ちてくる腐ったにおい。


「きゃああああ!おかあさ……」


 ギシッ!


 ルリの声は最後まで続かなかった。後ろからゆっくりと忍び寄る影に全く気付けなかった。


 ルリの首が縄で絞められていく。必死に両手を使い、自分の首に食い込む縄を取ろうともがく。しかし、より一層強く締め付けられると、口から唾液を垂らし、意識を手放した。


 荒い呼吸を上げる男が一人。マネキンの倉庫内に佇んでいた。すぐに我に返り、予定よりも多く殺してしまったことを悔やみながら、倉庫から逃げ出した。


 迷子センターの職員は途方に暮れていた。ずっと、壊れた人形のように、同じ言葉を繰り返す母親がいるからだ。

 

  すでに泣き疲れた表情。化粧もほとんど落ちている。気持ちは痛いほど分かるが、子供の服装・年齢・髪型等を聞き出そうとするも、錯乱しており手が付けられない。

 

  警察に連絡し、母親について相談。こちらまで向かってくるそうだ。センター内に、もう数えることも辞めた同じ言葉が響き渡る。


「娘は先天性の弱視なんです!ほぼ、周りの景色が見えません……私の顔も見えているか分からない時がある程です……少し、トイレに行ったばかりに、こんな。こんな……ああああああああ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] それなりに目悪いだけでマネキンと人って距離あったり数あったら見間違えますよね。弱視なら、もう区別なんてつくはずもなく……。 [気になる点] ホラーというより、偶々不審者に出くわして殺された…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ