死人も息が切れる
「どいてくれぇぇぇぇ」
雲一つない青空の下一人の青年が息を切らしながらも全速力で走っている、青年は道行く人々に叫んでいるが耳を傾ける者は一人もいない。
横から自転車に乗ったおばさんが出てきたが青年はぶつかることはなかった、正確に言えばぶつからなかったのではない、青年自身ぶつかると思い目を閉じたのだ。
しかし自転車に乗ったおばさんは何食わぬ顔でそのまま走り去って行った、青年はおばさんと自転車をすり抜けたのだ。
「え?なんだ…今の…」
自分の体を見るがどこにも異常はない、なにが起こったのかわからず立ち止まってしまう、普段運動をしない自分がなぜ息を切らしながらも走っていたのか忘れてしまったのだ。
突如後ろからタックルされ青年は道路でうつ伏せになり上に乗った男に腕を取られてしまう。
「手間掛けさせやがって、ニコチン切れただろうが」
男はライダースジャケットの胸ポケットから煙草と金色の派手なライターを取り出し火をつける。
「誰か、誰か助けてください」
青年は叫ぶが通行人は足を止めるどころか見向きもしてくれない。
「現実受け入れられないのはわかるけどよ、俺らの言うとおりしたほうがいいぜ」
男はフッーと煙を吐き出し青年の手を紐で縛った。
「なんなんだよあんた、僕になんの用があるんだよ」
「私たちは十万億土踏ませ隊です」
後ろから少女がツカツカと歩いてきた、煙草を咥えた男は振り返りおせーぞと一言言う、どうやらこの男の知り合いのようだ。
「な、なに意味わかんないこと言ってんだ、何のために僕を追っかけ回すんだ」
意味不明な状況と発言に青年は怒鳴り散らす、しかし男と女は涼しい顔をしている。
「俺の名前はテルマ、こっちはルイーズだ」
「それだと両方女になります」
「そうだな、じゃあ俺がのいるでこいつがこいるだ」
「それだと両方男になります」
「じゃあ俺がボニーでこいつがクラウドだ」
「それだと男女逆転してます」
「んー難しいな」
男は眉間を摘まみながら考え込む。
「漫才聞きたいわけじゃないんだよ、名前教える気ないんだろいいから退いてくれよ」
痺れを切らした青年がツッコミを入れる。
「逃げないって約束できるなら退いてやる、約束できるか?」
上に乗った男が携帯灰皿に煙草をもみ消しながら言うと青年はああと答えた。
しょうがねぇなと呟きながら男が立ち上がると青年は一目散に走って逃げていった。
「あいつあんな露骨に逃げるか普通」
「また追いかけっこですか、あんまり走りたくないんですけど」
女は男をジトーッと見ながら呟いた。
「なんのためのパンツスーツだよ、スカートじゃないんだから走れ」
男はそのまま青年を追っかけて行った、青年は後ろ手に縛られていたこともあってすんなりと追いつくことができた。
「よし座れ、とりあえず座れ、なんにしても座れ」
男が半ば無理矢理青年を座らせる、青年は無造作に伸びた髪の毛が汗で顔にへばり付いてるいるのを頭を振り取ろうとしている。
「なぁなんで逃げるんだよ、こっちも仕事なんだから手伝ってくれよ」
「仕事?仕事ってなんだよ、あんたたち見た感じ警察ではなさそうだけど」
「私たちは死んで成仏できない未練たらたらの糞女々しい魂を天国に導くお仕事をしています」
女は結局走らずに歩いて追いかけてきた。
「はぁ?なんだあんた電波ってやつか?」
青年は分厚い眼鏡のレンズ越しに女を睨みつける。
「あなたは死んだのですよ、田中一郎20歳事故死です」
少し悲しそうな顔をして少女が言う。
「事故死?僕は13の時から部屋に引きこもってたんだぞ、それがなんで事故死なんだよ」
ウッと田中が頭を押さえる、なにか大事なことを忘れているような感覚だ。
「そういえば人をすり抜けたりみんなが僕の声に気付かないのは…」
「お前が死んでるからだよ、さっこれで納得したろ?じゃあさっさと成仏しようぜ天国には試験もなんにもないからな」
「だめだ、僕はなにかやり残してる気がする、それをやるまでは死ねない」
田中はゆっくりと立ち上がる、女はだからあなたは死んでるんですってと言うが聞こえてないのかふらふらと歩き始めた。
「おいどこ行くんだよ」
男が後ろから問いかける。
「あれ?僕何をやらなきゃいけないんだっけ?」