シンデレラは不在/エンディングまで辿り着けませんでした
可愛い妹分が、実妹の部屋でせっせと麻縄を編んでいた。
扉を開いた俺と目が合うと、手を止めて、座椅子の上で星座をして頭を下げる。
サイドで結わえ、肩に乗せられていた黒髪がふわふわと揺れた。
「お邪魔してます」
「うんうん。相変わらず作ちゃんは、礼儀正しいな」
顔を上げた可愛い妹分の作ちゃんは、俺の言葉に大して不思議そうに瞬きをした。
「何か飲み物持って来るから、待っててな」
ぐりぐり、丸っこくて小さな頭を回すように撫でれば、抵抗もなく首を不安定にぐらつかせる作ちゃん。
何度も瞬きをしながらも、疑問を口にすることなく「はぁい」と緩やかな返事をする可愛い妹分がこんなにも可愛い。
***
「ところで、作ちゃん」
実妹の部屋に戻り、テーブルに飲み物を置く。
俺の声に手元を忙しなく動かしながらも、はい?と首を捻る作ちゃんに、俺はそれ、と手元を忙しなく動かす要因を指し示す。
「何作ってるの?」
あみあみあみあみ、麻縄を編んでいた手を止めた作ちゃんは、嗚呼、と細く息を吐く。
頷くだけで長い前髪が揺れ、その隙間から髪と同じ黒い瞳が覗いた。
「縄」
「え、縄?」
「縄」
俺の疑問符に肯定を示す作ちゃん。
あまりにも端的で疑問を隠せない答えに、今度は俺が何度も瞬きをした。
可愛い妹分だが、作ちゃんは可愛い妹分及びに弟分と実妹の中でも一番謎だ。
独特と言うか、基本的に流されるようなタイプだと言うのに、絶対にここは譲れないと頑なになる部分がある。
俺が首を捻っていると、止めていた手を再度動かしながら、せっせと縄を編み出す作ちゃん。
「鞄とか籠とかじゃなくて?」食い下がるような俺の問い掛けに「はい」やはり端的な答えが返ってくる。
「何故かホームセンターとかで買うものは切れるから」
あみあみあみあみ、せっせせっせ、細い指先は動くスピードを上げているように見え、編み込まれて太くなった縄が床に垂れている。
「あ、首吊り用か」
「はい。自分で作れば、切れない、はず」
言葉の節々で編み目を詰めるように言葉の詰まり、麻縄の編み目を小さくするのを見た。
可愛い妹分だが、変に頑な性格のお陰で、出来ることなら今日中に、遅くても明日には死んでいたいと願っている。
いや、願っているだけならまだ良いのだが、有言実行というか、自前で首吊り用の縄を編む程度には行動派だ。
俺はあみあみ、せっせと手を動かし続ける作ちゃんを横目に、コップへ手を伸ばす。
ガラスのコップは無地のもので、中身は両方同じもの。
濃い黄色はオレンジ混じりで、作ちゃんの方のコップの縁には、薄く切った果物のオレンジを飾りとして付けている。
「俺は切れる方に賭けるな」
「意地悪」
「そんな顔しないで」
わざわざ手を止めて、不満そうに片眉を歪めて見せた作ちゃんに片手を振る。
コップを傾け、喉を数回鳴らしてから「別に意地悪じゃないしな」と笑う。
首吊り用の縄を自分で編む程度には、自殺への執着が強い作ちゃんだが、今現在までそれはそれは奇跡的に生き続けている。
首吊り飛び降りに始まり、瓶一杯の薬を飲んだり季節問わず海に潜ったり――泳げないので潜るというより普通に沈んでるのだが。
そうこうしても、ほぼ無傷かつ後遺症なしで生きている。
「単純に運命的に生きることを望まれてんだよ、作ちゃんは」
「寒い」
「えっ、マジで?」
「うーん、運命って言葉が」
「そっかぁ」
「はい」
よっこいしょ、と編んでいた縄を床に置いて、コップへ手を伸ばす作ちゃん。
両手で掴んだコップが傾けられ、喉が鳴るより先に舌にジュースが触れると、きゅ、両方の眉が眉間に寄る。
ごくり、飲み込んで目も口元も、きゅ、顔の中央に寄せるイメージで固まった。
それを見ながら、あ、実妹が初めて梅干しを食べた時に似ている、と思う。
案の定、若干渋そうな顔のまま「しゅっぱい」呂律が回っていない状態で呟かれ、笑い声が漏れてしまった。
コップの中身は、オレンジジュースにレモンジュースにパイナップルジュースを混ぜたノンアルコールカクテルだ。
酸っぱい、ということはレモンジュースの入れ過ぎだろう。
「ごめん、ごめん。酸っぱいの好きだったから、入れ過ぎたな」
丸っこくて小さな頭に手を置き、また、回すように撫でてやる。
シワを残した顔のまま撫でられる作ちゃんは、小さな唸り声を上げた。
薄い色の舌が覗いているのを見て、俺はまた笑い、細められた黒目を覗き込むように首を傾ける。
「……何?」
「んー、なぁ、作ちゃん」
俺の顔が近付いたことで、僅かに頭を下げようとした作ちゃん。
頭を撫で回す手を止めなかったために、作ちゃんの動きが阻止され、細い首の奥に潜む骨が小さな音を立てる。
「その縄さ、俺も使ってみて良い?」
「え、駄目」
「うわ、即答」
床に置かれた作り掛けの縄を指し示すも、食い気味で拒絶を示された。
前髪の掛かった黒目は透き通っており、俺を射抜くような強さを持つ。
作ちゃんは目も頑なだ。
もう一度、今度は言葉も頑なさを表すように強く「駄目」と言われる。
が、俺の手は既に縄に伸びており、それを作ちゃんと俺の首を囲うように回す。
縄の中に作ちゃんと俺の首を収めれば、驚いたように見開かれる黒目。
その端っこでは、作ちゃんが滑り落としたコップが映り込んでいた。
作ちゃんの首の後ろで、縄を引き絞るように結べば、自然と俺と作ちゃんの顔が近付き――シャキン、縄が弛む。
時間切れのようだ。
いつの間にか部屋の扉が開かれ、どこから取り出したのか分からないハサミを持つ実妹がいた。
「……お帰り、文ちゃん」
一番に口を開いたのは作ちゃんだ。
涼し気な声で、そう、まるで空気を読まないように発せられた声。
しかし、実妹は俺の方を見据え「タオル」一言で要求した。
仕方なく立ち上がり、作ちゃんの頭を最後に一度、と撫でようとするも、実妹の持つ鋭利なハサミの刃先を向けられては手を引っ込めるしかない。
タオルを取りに行くために部屋を出て、扉が閉まればその奥で実妹の「夢見る少女ではないでしょう」という声が聞こえた。
きっと作ちゃんは瞬きをしているだろう。