2-3 提案
遅くなりました。
新作である双翼の覇王も合わせて、よろしくお願いします。
小さく寂れた公園。
その中のベンチに、並んで座る青年と少女の姿があった。
葵と百合花である。
「そういえば、葵さん!」
お手製のクッキーの詰まったボックスを手に持ちながら、そんな少女、百合花が突然葵の方へと目を向ける。
「ん?どうした?……あ、百合花今日のクッキーも美味しいな」
「ありがとうございます!……って、そうじゃなくて!」
百合花は見事なノリツッコミを決めると、一拍置いて話を続ける。
「あの、葵さん。葵さんは大学生ということでしたけど、学校へは実家から通っているのですか?」
「いいや、実家からだと学校まで3時間かかっちゃうからね。アパート借りてそこに住んでるよ。」
「アパートですか!それって学校の寮でしょうか?」
「いや、普通に個人で借りてるよ。寮とかだと色々と制限とかありそうだし、正直めんどくさいしね」
「ああー、なるほど。確かにそうかもしれません」
百合花が納得したようで、笑顔で数度頷く。
そんな百合花に、話の流れもあり、葵はかねてより気になっていたことを聴いてみることにした。
「百合花は?百合花はこの辺りに住んでいるの?」
「はい!両親と妹と私の4人で、一軒家に住んでいます!」
疑いなど一切ないのだろう、百合花は屈託のない笑顔を浮かべる。
「お、百合花は妹がいるのか」
「はい!1つ下で今15歳ですよ!もう、凄く可愛いんです!」
「へぇ〜!でも確かに、百合花の妹だもんな。きっとめちゃくちゃ可愛いんだろうな」
「────へ?」
「あ、えっと……あはは」
葵は取り繕うかのような笑みを浮かべた。
何気なく呟いた言葉だったが、よく考えれば間接的に百合花のことを可愛いと言っているようなものだ。
「「…………」」
二人して頬を赤らめながら下を向く。
再び2人を静寂が襲う。
と。ヒューっと風が吹き、百合花の長い髪が風に揺れる。
そんな中、百合花は何か決意をした様子で、遂に口を開いた。
「あ、あの!でしたら……」
言って百合花は小さく深呼吸をする。
「今週葵さんのお時間の取れる日に……私の家に遊びに来ませんか?」
「…………え?」
その提案が予想を遥かに超える程の内容であった為、葵は口をポカーンと開けたまま数秒固まってしまった。
「あ、あの……やはり駄目でしょうか?」
百合花の表情が一変して暗いものになる。
「え……!?あ、いや駄目じゃない!駄目じゃないよ!ただ突然だから驚いちゃって!」
「そうですか!良かったです……」
百合花ははにかみ、安堵の息を吐いた。
しかし、何故百合花は急に家に来るように行ったのか。
そんな素朴な疑問がここで葵の脳内に浮かぶ。
「でも、突然家に遊びに来てなんて。何かきっかけでもあったの?」
「はい。実は、最近葵さんと公園でお話していることを家族に話す機会がありまして。そうしたら両親が葵さんに興味を持ったようなので」
「え!?百合花の親御さんが!?」
「はい」
「そっか〜」
娘を持つ父親は、男の友達ができたりでもしたら、拒絶したり、不機嫌になったりするイメージがある。
それ以前に、そもそもこの年の女の子が親のいる家に男を呼ぶ時は、彼氏を親に紹介したりするイメージがあるが……それは今時の(といっても3歳しか違わないのだが)少女にとっては常識ではないのだろうか。
悲しいことに今まで同級生でさえ女の子の友達ができたことのない葵にはそれが全くわからなかった。
「はい。あの、どうでしょうか?」
百合花が上目遣いで葵に問う。
確かに魅力的な提案だ。
一目惚れした少女と仲良くなれた上に、その少女の家に呼ばれるなんて何て幸運だとも葵は思う。
しかし、幾ら少女百合花がOKをし、更にその両親もが拒絶しなかったとしても。
まだ会って一ヶ月も経っていない少女の家に付き合ってすらいない男が行くのは……如何なのだろうか。
「ねぇ、百合花」
「は、はい!」
「家にお呼ばれするのは……また今度にしようかな」
「…………え」
断られるとは思っていなかったのか、百合花は小さく声を漏らす。
そして、悲痛な面持ちで言葉を続ける。
「な、何でですか?私……何か葵さんの気に障ることをしたでしょうか?」
「……!?い、いや。そんな気に障ることなんて一度もされたことないよ」
まさか断ることで百合花がここまで悲しげな表情を浮かべるとは思っていなかった葵は一瞬目を見開くが、すぐに元に戻ると、百合花へと言葉を返した。
「な、ならどうして駄目なのでしょうか?」
「それは……知り合ってまだ数週間の僕が、女の子である百合花の家にお邪魔するのは、不誠実なような気がして」
「そんな!そんなことありません!私が、両親が望んでいることなんです!そこに葵さんの不誠実さなど一つもありませんよ!」
「いや、そうはいっても……」
何故、ここまで百合花は家に呼びたがっているのか。きっと、好きだからなんて理由ではないと思う。そう、何かもっと重大な意味を孕んでいるような……。
と、そこまで考えた所で。
「お願いします!お願いします!葵さん!」
言って百合花が切迫した表情を葵へと向ける。
「…………っ!」
その表情を見て、葵は一瞬言葉を失った。
何故ならその表情から読み取れる感情が、葵が思っているよりも、重苦しいものだったからだ。
……そんな顔をされては、断る訳にはいかなかった。
「百合花……わかったよ」
「葵さん!」
百合花の表情がパッと明るくなる。
「ただし!」
そんな百合花を牽制するように葵は少し強めにそう声をあげると、更に言葉を続けた。
「まず先に親御さんに話をつけて、了承してもらう事。そして、2人きりになる事は決してないようにしてもらうこと!……これが守れるのなら、お邪魔させてもらうよ」
「はい!守ります!今日帰ったら必ず伝えます!」
「うん、わかったよ」
その言葉の後、2人は別れそれぞれ帰路に着いた。
帰路にて。葵は先程の百合花の表情を思い出す。
そこにはどんな感情が渦巻いているのか。楽しい、嬉しいだけ、ではないのだろう。
「とりあえず、行ってみなきゃわからないか」
葵はそう考えると、ゆっくりと自宅へと向かうのだった。