1-4 夕食時
母、父、妹、そして百合花の4人で囲む食卓。
そんないつもと変わらない状況が、しかしこの時食卓を包む雰囲気は、いつもとは大幅に違っていた。
「本当……なのか?その、百合花のことをみえる人が居ると言うのは」
やはり俄かには信じられない出来事であったのだろう。
父、黒井隆盛は夕飯をとる手を止め、少しだけ疑わしげな表情のまま百合花に問うた。
しかし、そんな反応は百合花にとっては想定内であった。
「本当だって!幻覚とか勘違いとかじゃない!確かに葵さんは私に、私だけに話をしてくれたもん!」
「そうか……」
百合花の普段見せない圧を含んだ物言いに、父は若干気圧される。
そして同時に、家族が皆、百合花の中で葵なる存在がどれ程大きなものかを悟った。
「何にしても、良かったわね〜百合花」
言って真名子が百合花に微笑む。
内心まだ信じきれていない部分はあるが、それは見せないように、真名子は微笑んだ。
「ああ、本当に良かった」
同じく、隆盛も笑みを浮かべ、百合花に微笑む。
聞きたいことは山ほどある。言いたいことだってそうだ。
しかし、2人はそれを言わない。
何故なら今はそれが百合花にしてやれる最善手であり、2人の優しさであるからだ。
と。
「ねぇ、真珠もそう思わない?」
ここで初めて真名子が1人黙っていた百合花の妹、黒井真珠へと話しかけた。
真珠は姉である百合花が大好きで、いつも百合花といるときは柔和な笑みで、優しい表情でいる。
だから今回も真名子は真珠も大いに喜ぶのではないかと踏み、真珠へと話を振った。
と、真名子が話を振ってきたことにより、これまでの間、ずっと口を閉じていた真珠が、普段姉と話す時の柔和な雰囲気とは打って変わって、少し声色の低い様子でぽつりと呟いた。
「お姉ちゃん……葵さんって言っているけど、その人って男の人とかではないよね?」
俯き、尋ねる真珠の様子がいつもとだいぶ違うことに首を傾げながらも、百合花が返答する。
「葵さんは……とても優しい男性ですよ。確か大学生だと話して──」
「ご馳走様でした」
百合花の話を遮るかのように、真珠が小さく声を上げ立ち上がる。
「……真珠?」
「おい!真珠!まだ全く飯に手をつけてないじゃないか!」
食事を初めてまだ数分。
百合花の会話を聞いていたこともあり、まだ殆ど食事が進んでいない状態だ。
現に、真珠の前にはまだ殆ど手のつけられていない夕食が並んでいる。
「いい。お腹一杯だから」
しかし、真珠は譲らない。
その一言を放つと、自身の部屋のある2階へ行こうと、その場を動いた。
「おい!真珠!」
普段見せない真珠の行動に驚きながらも、隆盛は声を上げる。
しかし、真珠は歩みを止めない。
そして、ついに階段の前に辿り着いた所で、
「……お姉ちゃん。気をつけてね」
小さく、真珠はそう発した。
「葵さんはそんな人じゃないよ!」
百合花はすぐさまそれに反論する。
「……そう」
その百合花の言葉を聞いた真珠は、哀しげな表情で小さくそう言うと、2階にある自分の部屋へと行ってしまった。
「……真珠?」
普段とは様子の違う真珠に、百合花は再び首を傾げる。
そんな百合花を前に、真名子は小さく息を吐くと、苦笑いを浮かべた。
そして、空気を変えたいという思いもあったのだろう、
「……きっとお姉ちゃんが取られちゃうんじゃないかって心配してるのよ。ほら、あの子お姉ちゃんのこと大好きだから」
と言った。
「……まぁ、そうだろうな」
隆盛もその意見に賛同し、
「何はともあれ、きっとすぐに機嫌を直すわよ」
と、真名子が更に続けた。
「うん……」
そんな2人の、ある意味慰めのような言葉を聞きながら、百合花は小さく頷いた。