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空と海と水精と  作者: 数え唄
9/13

海賊島の七人(1)

 〝未踏破海域〟。

 人々が畏怖と羨望を以って呼ぶその名が示すのは、惑星アクエリアの九十二パーセントを占める広大な海だ。

 人がアクエリアの八パーセントを踏破する間に、残りの海では厳しい環境の中での激しい生存競争がなされ、その海域は入れば生きて帰れない魔境と化していた。

 未踏破海域に入って二日目。

現在ミミは、その過酷さを身を以って体験していた。

「北東に進路を取って! 早く!」

 ジギーを纏ったミミはチョーカー型の通信機に叫ぶ。曇天で周囲は薄暗く、吹き荒れる風と水滴がさらに視界を妨げ、荒れる波に何度も飲み込まれそうになる。しかしそこはウンディーネの血を引くミミである。完璧な先読みに基づいて覆い被さってくる大波を回避する。

 その舞うような動きの美しさは、アジョット号の甲板で走り回る者達を一瞬見蕩れさせるほど見事だった。だが、ミミにも余裕があるわけではない。

『クソ、なーにが時化だ! すまんミミちゃん、適当抜かしやがったウチの航海士は後で逆さ吊りにしとくから勘弁な!』

 耳元のイヤホンからレイモンドの謝罪が来る。そこに含まれた本気を聞き取り、ミミは苦笑する。

「仕方ないですよこんなの。だからあんまり乱暴なことはしないであげてください」

『分かった。ミミちゃんから優しくされた罪でサメの餌にしとく』

 異議なーし、という複数の声と、哀れな悲鳴が一つ聞こえたのに苦笑しつつ、ミミは眼前の危険に再び集中し始める。

 今、彼女達を襲っているのは時化ではない。

 吹き付ける強風も、豪雨の如く叩きつけられる水滴も、天上を覆う暗雲から落ちてくるのではなく、真横から叩きつけられてくる。

 ミミとアジョット号の側に天を突くばかりに高く、絶望を感じるほどに巨大な竜巻が海水を巻き上げているのだ。いかなる事象が重なれば出来上がるのか、皆目見当もつかない。様々な海域を巡ってきたミミでさえ見たことがない現象だった。

 この大竜巻が現れたのは突然だった。船が流されていることにミミが気づき、警戒した矢先に突然立ち上がったのだ。あと少し気づくのが遅れていれば巻き込まれていただろう。

(これが未踏破海域……。思ってたよりも凄い!)

 決して油断していたわけではないが、未踏破海域はミミの予測の上を行っていたようだ。

 だが、引き返すわけには行かない。海賊島はこの海域にあるのだから。

『ミミちゃん! もういい戻って来い!』

 轟々と魔獣が吠えるような風鳴りの中、レイモンドの声がインカムのイヤホンから聞こえる。ミミは了承の返事を返して、ようやく海流の範囲外に逃れた海賊船へと向き直る。

(……ジョゼットだってどこかで頑張ってるんだ。私がくじける訳にはいかないよね)

 ミミは少し前に別れた友人のことを想い、心の中で気を引き締め直すのだった。


                 ◇


 軍艦から逃げ切った直後、レイモンドが語った展望は次のようなものだった。

「海賊七王を全員説得して、海賊島の連中をまとめ上げて敵を叩き潰す。――つまりは海賊連合を作るってことだ!」

 それを聞いた時、ミミは小さく感心の吐息を漏らした。

「海賊連合! 何だかカッコイイですね!」

「そうだろ? 海賊島の総力を傾けりゃあの程度の数の軍艦、あっという間に叩き潰せるぜ」

 調子よく告げるレイモンドだが、それを名案と考えたのは彼とミミだけだったらしい。ジョゼットやナイやレインだけでなく、下っ端の海賊達までが呆れ顔だった。

 やがて代表して口を開いたのはジョゼットだった。

「待ってくださいな。口では簡単に言いますけれど、それは実現出来るのですか?」

 ジョゼットの問いに続いてナイが思案気に呟く。

「世界の危機だからという慈善的理由で動くような海賊など居ないでしょう。けど、こちらには報酬として用意出来る物はない」

「それに何より。連合っつったら皆をまとめるリーダーが要るだろ。仮にも海賊船の船長ともあろう奴等が、他人の指図で動いたりするもんかよ」

 最後にレインまでもが反論する。確かに、この作戦の難しい所は自己中心的で荒くれ者ばかり集う海賊達が、世界を救うなどという慈善的理由で協力してくれるかどうかにある。そして残念なことに、断られるのは火を見るより明らかだ。

 レインの言葉に周りの船員達がうんうんと頷く。

「だよなー。上に立つ奴ってのはそういうもんだぜ」

「ウチの船長なんか、危ない橋でも渡ると決めたら俺等がどんだけ泣いて頼んでも渡るもんな」

「御陰で俺達、何回死にかけたか……。なあ、今度クーデター起こすか?」

「て、テメエ等だって結構ノリノリだったじゃねえか!?」

 レイモンドは部下達のじと目に反論した後、仕切り直すように咳払いをする。

「別に何の根拠もなく思いついたわけじゃねえよ。確かに普通に提案したんじゃ笑われて終わりだろう。いや、仮に提案が通っても、レインの言う通り誰が頭張るかで揉めるな」

「じゃあ、どうするの?」

 ミミが不安を表情に出して尋ねると、レイモンドはニヤリと悪者っぽい笑みを浮かべる。

「何、七王の中から誰を頭にするか決めるから揉めるんだ。なら、別の奴に頼めば良い」

 それから彼はミミとレインの背後に回ると、脇に抱え込むようにして乱暴に引き寄せる。

「例えば――ウンディーネの娘と伝説の海賊の息子……とかな」

 今度は誰も、何も言わなかった。しかし、先ほどのように呆れていたわけではない。

 これ以上無い名案だと認めたからである。

「ミミさんとレインを海賊連合の盟主に……?」

「それは……でも……いえ、それ以上の手は……」

 ナイとジョゼットが検討に入る横で、ミミはレインとレイモンドの言い合いを聞いていた。

「正気かあんた!? 俺達に海賊連合を率いるとか出来ると思ってんのか?」

「思ってねえよ。ただ、お前等の出自が上手く使えそうだから使うだけ。つまりお飾りだ。連合まとめたら俺を代理にでも指名すれば良いさ。そしたらお互い、好きなように動けるだろ?」

 レイモンドがミミへと視線を送ってくる。この先リグルと戦うにあたって、アーシアを助けるチャンスが巡ってくる可能性はある。しかし、その時動けないのでは意味がない。

「レイモンドさん。ありがとう!」

 ミミが笑顔になって言うと、レイモンドはカッコ良く告げる。

「可愛い子の笑顔は、どんな金銀財宝の輝きにも勝るってな」

 すると、レインが嫌そうな表情で言う。

「言ってて恥ずかしくならねぇのか、それ?」

「皮肉言ってぶっきら棒に振舞うよりはいいだろうよ。……男の嫉妬は見苦しいぜ?」

「な!? そんなんじゃねえ……ていうか、何故どいつもこいつもそのこと知って……!」

「? 何の話?」

 レインが大げさに表情を引きつらせるのを見て、ミミはきょとんとしつつ訊くが、二人は何も言わなかった。レインはそっぽを向き、レイモンドがそれを見てニヤニヤしているだけだ。

なので、ミミは別のことを問うことにした。

「でも、七王さん達って都合よく海賊島に居てくれるかな? レイモンドさんだって、こんな所にいるわけだし」

 たった七人しか居ないとは言え、捜索範囲が海全体では広大過ぎて探し出すのは不可能に近い。しかし、その心配は無用なものだった。

「その点は心配ねえよ。……元々、あんた等を拾う前には俺達、海賊島に向かってるトコでな。急な会議を開くとかで海賊七王は全員海賊島に集められてるはずだ。……今なら分かるが、リグルって野郎のことだろうな」

 レイモンドはそう言うと、ミミとレインを解放して言い放つ。

「よーし。野郎共、当初の目的通り海賊島に向かうぞ。準備を――」

 レイモンドが指示を出そうとした時だった。

「少し待っていただけますか?」

 手を上げて場を制止したのはジョゼットだ。出鼻を挫かれた形になったレイモンドは、やる気のやり場に困った様子で動きを止める。

ジョゼットはその場の全員の視線を受け止めて口を開く。

「そういうことでしたら、(わたくし)からも提案があるんですの」

「提案?」

 ミミは少し戸惑いつつ聞き返す。

「お嬢様……?」

 ナイもジョゼットの真意を測りかねたのか様子を窺っているふうだ。

そんな中でジョゼットはこう切り出した。

「やることができましたので、(わたくし)、この船を降りようと思いますの」

 それは皆の度肝を抜くには十分な一言であった。


                 ◇


 竜巻に襲われたその夜。

 生還祝いの宴会の席を抜けて甲板にやって来たレインは、そこでミミの姿を見つけた。

 船縁に頬杖を突き、潮風になびく青い髪が透き通った月明かりを受けて冷たく輝き、服が濡れたため急遽(きゅうきょ)着替えた踊り子の衣装が彼女を天女のように見せている。

 幼い頃からずっと目の当たりにしている美しさだが、いつまで経っても慣れることはない。時にはレインでもくらりと来るくらいなのだから、血迷う愚か者が後を絶たないのも無理からぬことだ。

(ミミもちょっと無防備な所あるからな……)

「……レイン?」

 名を呼ばれたレインが我に返ると、ミミがこちらを向いていた。

「お、おう! 何やってんだこんな所で?」

 努めて平静を装ってレインは答えた。すると、ミミは困ったように笑う。

「ん~……特に用があるわけじゃないんだ。ただ何となくって言うか……」

 曖昧なミミの物言いに、レインはやれやれと肩から力を抜いた。

「緊張してるのか?」

「……分かる?」

 ミミは観念したように両眉を下げた。幾多の苦難に遭いながらも、皆の力を合わせて進んで来た航海は順調であり、明日には海賊島に着くと予想されている。ナーバスになっても仕方がないだろう。

「失敗したらどうしようって考えてると、ちょっと落ち着かなくなっちゃって……」

 ミミは申し訳なさそうに目を伏せた。しかし、レインにそんな彼女を責めることは出来ない。

 ただでさえ、この作戦の失敗で失う物が大きいと言うのに、その交渉相手は数多の海賊達の頂点に立つ七王なのだ。ウンディーネの血を引く以外、普通の少女でしかないミミの双肩にかけるには重過ぎる重圧である。

「失敗した時のことなんて考えるなよ。たとえ失敗したとしても別の手を考えればいいさ。というか、ジョゼットとナイが行ったのだってその保険みたいなトコがあるんじゃないか?」

 レインはその時のことを思い起こす。

 唐突に船を降りると言い出したジョゼットは、(運悪く)通りがかった未踏破海域の調査船をレイモンド達に押さえさせて、ナイとともに未踏破海域を出て行ってしまった。

 彼女が言った『やること』は、ミミが失敗したとしても十分にそれを取り返せる一手だ。

「……まあ、成功するかは分からねえが」

 ジョゼットの策に弱点があるとすれば、それは実現性の低さ――つまり失敗の可能性が大きいことだ。それこそ、海賊島の者達を説得することよりも困難だろう。

「何とかするよ、ジョゼットなら。そう言ってたもん! ……でも、私は……」

 ミミは自信有りげにそう言った。しかし、次の瞬間には空気が抜けた風船のように、船縁にもたせかけた腕に顔を埋める。

「ふっ」

 彼女の様子に思わず笑ったレインは、ミミの責めるような瞳を向けられて咳払いする。

「悪い。でもよ、さっきのジョゼットなら何とかするっていうの、ジョゼットも言ってそうだなと思ってよ。『ミミなら何とかしますわ』ってな」

 ミミは目をパチクリさせていたが、すぐに「フフッ」と笑声を漏らした。

「そうだね。私なら大丈夫だって信じてるから、ジョゼットは自分の役目を果たしに行ってくれたんだもんね」

 少し元気が出て来た様子のミミを前に、レインは視線を上に向けながら頬を掻く。

「まあ……どうしても不安だったら、俺が横で支えてやるよ……」

 ミミからの返答はなかった。レインが内心で焦りながら隣に視線を向けると、表情をポカンとさせたミミがまじまじとレインを見つめていた。

「……今、すごくカッコイイこと言ってない、レイン?」

「そう思うんならわざわざ指摘するなよ! 恥ずかしいだろ!?」

 赤面したレインが文句を言おうと身体ごとミミに向き直った時だ。

「じゃあ、遠慮なく」

レインの動きを押さえ込むようなタイミングで、ミミが彼の胸に身体をもたれさせた。

唐突なことに固まるレイン。そんな彼を気にしたふうもなく、ミミは弛緩した吐息を漏らす。

「――レインの心臓の音が聞こえるわ。……なんか早いよ大丈夫?」

「ああ、うんダイジョーブダイジョーブ……」

 レインはそう答えるのが精一杯だった。ミミは目を閉じて頬ずりするように頭を動かす。

「……やっぱりレインは男の子だね。ジョゼットと違って固い感触」

 けど、とミミはクスッと小さく笑う。

「支えてもらえる安心感って言うのかな……そういうのがあるね」

 甘えるように緩んだ声音で言ったミミは、スッとレインから身を離すと後ろ手に手を組み、晴れやかな笑顔を浮かべる。

「ありがとうレイン! 元気出たよ。明日に備えてもう寝るわ」

 おやすみ~、と船内に駆け戻って行く少女の背中を呆然とレインは見送る。そして十秒後、彼は船縁にもたれかかって深々と息を吐き出した。詰めていた空気とともに身体を強ばらせていた緊張が抜けていく。

「ミミの奴、本気で無防備過ぎるぞ……」

 ここまでの疲れを一度にぶち込まれた気分だった。

「あー……どっと疲れたせいか身体が重い気が……」

「それはテメエに向けられる憎しみの重さだ」

 悪寒を誘う低い声がレインの背中を撫でる。

 慌てて振り向くと、そこにはたくさんの影が蠢いていた。暗い目をしたレイモンドとその部下達だった。

「アンタ等……! 宴会してたんじゃ?」

「ミミちゃんが居ないのに宴会なんかしても面白くねーから探してたんだよ……。そしたらこんな所でさらに面白くない物見せられるとはな」

 レイモンドは妙にギラつく視線でレインを睨む。総勢五十名あまりに詰め寄られたレインは、船べりなので下がることが出来ずに顔を引き攣らせる。

「ち、違うっ! 別にそんなんじゃ……!」

 必死に抗弁するレインだが、嫉妬に狂った海賊達は聞く耳を持たない。

「野郎共、やっちまえ」

 レイモンドの号令とともに海賊達がレイモンドに襲いかかる。

 哀れな少年の悲鳴が夜の海に響き渡った。

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