表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空と海と水精と  作者: 数え唄
6/13

襲撃(2)――運び屋のプライド――

 予期せぬ強襲によってアルセイユの船内は騒然としていた。

 だが、そこはベテランの船乗り達である。ただ逃げ惑うのではなく、自分なりに状況を把握して対処に奔走しているのだった。

 そしてそれは、艦橋でも同じことだ。

「何だと!? そりゃ本当なのか?」

 調べさせていた相手の船籍を聞いて、さしものゴールも驚きに目を見開いた。

「間違いないですよ。奴等の船籍は登録してありますから」

 報告してきた通信士が動揺を隠さないまま言う。

「さっきから攻撃を止めるよう呼びかけてますが、応答はありません」

 通信士の言葉で操舵手が頭を抱える。

「なんてこった……生き残りがいたってことか? それがどうして我々を攻撃するんだ!?」

「そんなこと知るか! お前は操船に集中しろ」

 航海士が苛立ち紛れに怒鳴る一方、レーダーを眺めていた観測士が言う。

「クソッ! 逃げるのも無理だ。十隻くらいで囲まれてる」

 絶望的な情報が次から次へと飛び交っていく。

 ゴールは険しい表情でそれらを聞いていた。彼はこれまで得た経験と培った知識を全て引っくり返して、現状への対処法を探っているところだった。

「船長!!」

 そんな時、慌ただしく駆け込んで来たのはレインだった。続いてナイとともに現れたジョゼットがすぐさま問うた。

「ゴール船長、状況はどうなっていますの?」

「やばいな。完全に囲まれて逃げ道がねえ」

 想像以上に逼迫した状況を前に、ナイが険しい顔で尋ねる。

「この船の装備は?」

「……対人用なら。戦艦を突破出来る武器はねえ。あったとしてもこう数に差があっちゃな」

 無念そうに息を吐くゴールにレインは尋ねた。

「奴等は何で撃って来てるんだよ? 正体は? それも分からないのか?」

 すると、ゴールは表情の険しさをますます深める。

「……目的は分からん。だが、奴等の正体は分かってる。――ダイゼンの戦艦だ」

 告げられた事実にレインは目を見開く。

「嘘だろ!? あそこは壊滅したんじゃないのか!?」

 驚くレインとは対照的に、ジョゼットとナイは密かに「やはり」という表情になる。ゴールはそのことに気づきつつ、あえて触れることはないまま告げる。

「実際に目の前に居て撃ってきてるんだ。幽霊船じゃないのは確かだな」

「くそっ! それがなんだって俺達を襲ってくるんだよ。意味分からねえ」

 ガリガリと髪を掻き乱すレインを見下ろして、ゴールは小さな溜め息を(こぼ)した。

「お前は生意気で口は悪いが、人の()い馬鹿だよ」

「あん? どういう意味だよ?」

 レインが眉間に皺を寄せて聞き返す背後で、ゴールの言葉の真意を察したジョゼットとナイは渋い顔になる。それには構わず、ゴールは静かに続ける。

「とりあえず慌てる必要はねえ。どうやら問答無用でこっちを沈める気はないようだからな」

「何でそう言い切れるんだよ!」

 苛立ったレインの質問に答えたのはナイだった。

「先程から雨のように降ってくる砲弾が一発も船に当たっていません。分かり易い脅しですね」

「そうだ。まずは向こうが通信してくるのを待つ。後のことはその交渉次第だ。――ところで」

 ゴールは艦橋の出入り口を一瞥した。

「ミミ嬢ちゃんはどうした? いざとなったらあの子に動いてもらった方がいいんだが……」

「ミミならウェーブライダーで待機中ですわ。いつでも出られるように、と」

「そうか。おい、敵から通信が入ったらあの子にも回せるようにしとけ」

 ゴールが指示を出してすぐのことだった。

「船長! 来ました、敵からの通信です!」

 通信士の報告によって皆が静まる。ゴールは険しい面持ちで手元の通信機を取る。

「こちらは貨物船アルセイユの船長のゴールだ。そちらは?」

 ゴールが名乗ると、会話を出力するスピーカーからザザッと音がする。

聞こえてきたのは男の声だった。

『こちらは新生ダイゼン艦隊の総司令リグル・アズベルトだ。そちらに送った艦隊が手荒い手段を取ったことをまずは詫びよう』

 リグルと名乗った男の発言にアルセイユの面々は顔を見合わせる。

「新生ダイゼン……? 何言ってんだコイツ。……ジョゼット?」

 怪訝な表情になったレインはふとジョゼットの変化に気づく。

「リグル……アズベルト……!」

顔を強張らせて唇を引き結び、色が白くなるほど拳を固めている様子は、彼女の中に渦巻く強い怒気を感じさせた。

 ゴールもジョゼットの様子には気づいていたが、とりあえず通信機越しの相手に集中する。

「詫びはいい。それより、どういう理由で我々を襲うのか聞かせてもらおうか」

 それはこの場の誰もが抱く疑問だ。アルセイユは仕事で何度かダイゼンには行ったが、攻撃を受けるようなことはしていない。考えられるのは亡国の徒による追い剥ぎくらいだ。

 しかしながら、リグルが口にしたのはそんな理由ではなかった。

『用があるのは貴君等の船に乗っているはずの少女だ。名前は――』

 リグルは勿体ぶるように言葉を溜めて、劇の台詞(せりふ)を諳んじるように告げる。

『ジョゼット・リップバーン。ダイゼン都市長キリウス・リプバーンの娘だ』

 衝撃の事実とはこのようなことを言うのだろう。レインを初めとするほとんどの船員の視線がジョゼットとナイに集まる。

「お前等ダイゼンの生き残りだったのかよ」

 レインの呟きには答えず、ジョゼットは無言のまま目線を床に落とす。

「何の話だ?」

 ゴールが間髪入れずリグルに答える。沈黙が肯定と取られることを嫌ったのだろう。すると、リグルはくつくつと笑った。

『調べはついているから誤魔化しても無駄だ。大人しく彼女に代わってもらおうか』

 ゴールははっきりと舌打ちしてジョゼットとナイに振り向く。差し出された通信機の受話器を受け取り、ジョゼットは表情を消して口を開く。

「まさか、もう嗅ぎ付けるとは思いませんでしたわリグル……」

『辛辣な挨拶じゃないか。こちらは必死に探してようやく探し出したというのに。まあ、何にせよ生きていてくれて安心したよ』

リグルが涼やかに言うと、ジョゼットの目尻がぐいっと釣り上がる。

「ぬけぬけと……! ダイゼンを火の海にした貴方が何を言いますの!?」

 ジョゼットは火薬に火が点いたかの如き剣幕を通信機に叩きつける。しかし、それを向けられたリグルは意にも介さない。

『それについては反省しているよ。よもや(にせ)の海図を掴まされたとは思わなかったからね。宝の地図をダイゼンと一緒に燃やしたかと思った時には、さすがの俺も肝が冷えた』

「……もっと早く貴方の野心に気づくべきでしたわ。そしたら……」

 ジョゼットの表情に悔恨の色が浮かぶ。小さく笑う気配の後でリグルは彼女の言葉を継ぐ。

『ダイゼンが火の海になることはなかったかもしれないな。……確かに、俺の(くわだ)てに気づくとしたら君だけだった。君だけがダイゼンを救えたんだ。何せ、アレの存在を教えてくれたのはジョゼット……君なんだから』

 その瞬間、ジョゼットの美貌が歪む。まるで真新しい傷口を深く抉られたような顔だった。

「それは……信じていたから。……貴方なら間違えないと思ったから(わたくし)は!」

 必死に抗弁するジョゼットだが、リグルは無情にもそれを切って捨てる。

『男を知らない小娘を(たぶら)かすのは、とても簡単なことだったよ。婚約者殿?』

 リグルに揶揄されたジョゼットはかあっと赤面する。羞恥と怒りで咄嗟に言葉が出ないジョゼットを見かね、ナイがジョゼットの手から通信機を取り上げる。

「戯言はそこまでにしてもらいましょう」

 字面は平常だが、聞く者の背筋に悪寒が走るほど殺気立った声だ。

『その声はナイか。ジョゼットを連れて、あの猛火の中からよく逃げられたものだ。さすがと言っておこうか。お前の師として鼻が高いばかりぞ』

「僕はもう、貴様を師だとは思っていない。……そろそろ要求を言ったらどうなんだ?」

 ナイのにべもない口調。しかし、リグルは気を悪くしたふうもなく言う。

『分かってるだろう? お前達が持ち去った例の海図だよ』

 スピーカー越しに聞いていたジョゼットが静かに下唇を噛む。レイン達船員側の脳裏に過ぎったのは、未踏破海域を記した例の海図だ。

(紙切れ一枚にこの仰々しい包囲。一体何なんだあの海図は?)

 内心に浮かぶ疑問をレインが口にする前に、ナイが険しい顔で言う。

「あれが貴様の手に渡れば最悪だ。それが分かっていて渡すわけがない」

『なるほど。――だが、君はどうかなジョゼット?』

 水を向けられたジョゼットが肩を跳ねさせる。彼女の様子を見通したようにリグルは続ける。

『素直に渡せば全員見逃してやろう。しかし俺の要求を蹴れば、その時点で攻撃を開始する。その船をダイゼンの二の舞にすることになるんだ。君にそれが出来るかな?』

 ジョゼットが目を見開いて色を失くす。彼女の横顔を盗み見てレインは内心で舌打ちする。

(アルセイユ(おれたち)は人質ってわけかよ)

 事情はさっぱり飲み込めないが、ジョゼットの決断がレイン達の命運を分けることは分かる。

 当のジョゼットは身体を引き裂かれているかのような表情で悩んでいる。彼女の中に渦巻く凄まじい葛藤が見て取れた。

『少し考える時間をあげよう。五分後に返答を聞く。賢明な判断を期待する』

 そう言ったきり、リグルからの通信は途絶えた。後に残されたのは、呼吸も憚られる重苦しい空気だけだった。

 ナイが苦み走った表情で通信機を元あった所に置くと、ゴールが厳しい表情をさらに険しくして口を開いた。

「……いろいろ聞きたいことはある。が、それよりもまず確認しとく。あの海図を渡したとして、奴等は本当に俺達を見逃すか?」

 ジョゼットが静かに首を横に振る。

「ありえませんわ。リグルは目的のために邪魔になる者は全て排除するでしょう。要求に応じようと応じまいと、彼等の行動は変わらないと思いますわ」

「そうか」

 ゴールは小さな吐息とともに呟くと目を閉じる。

黙考するかのような沈黙が数秒。

 やがて、瞼を上げた彼は言った。

「なら、取るべき手は一つだわな」

 彼の視線が艦橋内の乗組員一人ひとりに向けられる。

全て心得ているという顔の彼等が頷く。

ゴールは最後にレインに目を向ける。

「な、何だよ?」

 不穏な空気を察したレインが引き気味に訊くと、ゴールは一歩彼に近寄って言葉を投げる。

「レイン。アルセイユのモットーは?」

「う、受けた依頼は必ず果たす! ……だろ。それがどうしたんだよ?」

 ますます怪訝な表情になるレイン。そんな少年を見下ろすゴールは満足げにフッと笑った。

「そう、それが運び屋のプライドだ。……忘れんなよ」

 そう告げた後、ゴールはミミに通信を繋げてから〝策〟を話し始めた。

 

                  ◇


 リグルの通信から三分が経った頃、突然アルセイユが動き始めた。

「艦長! 目標が動き始めました!!」

 アルセイユ正面に陣取っている戦艦――その艦橋に副艦長の声が響いた。

「奴等血迷ったか! 隣の艦と連携して左右から挟み込め。動きを止めるんだ」

「ラジャー!」

 連携を取った二隻の戦艦はアルセイユへと向かう。

 だがそこで、甲板の兵士の一人が通信を入れて来た。

『報告! 前方の海の上を人が走ってきます!』

 荒唐無稽な知らせに、艦橋は呆気に取られた空気に包まれる。

「……? どういうことだ? 何を言っている?」

 艦長は訊き返すが、相手の方はそれどころではないようで、呆然とした口調で呟く。

『来る……早いぞ……! ……青い髪の……女?』

「青い髪の女だと……? まさかっ!?」

 艦長が正体に気づいた時にはすでに、ウンディーネの少女は戦艦の真横を駆け抜けていた。直後、水を跳ね上げる爆音とともに船体が揺れる。

「……っ!? 報告しろ!」

「ス、スクリューをやられました! どうやら機雷を直接叩きつけられたようです」

「機雷を直接……だと!? 何て真似をするんだ、命が惜しくないのか!?」

 艦長は椅子の肘置きを拳で叩く。そこに再び報告が入る。

「隣の船もやられました! ……まずい、こちらとぶつかります!」

 艦長はハッとして外を見る。左側からゆっくりと戦艦の舳先が見え始めている。しかし、スクリューが破壊された以上は転身も難しく、そもそも距離的に間に合わない。

 艦長に出来たのは、一言指示を出すことだけだ。

「総員、対ショック姿勢――――!!」

 二隻の戦艦が互いの身体を擦り合わせるようにしてぶつかり、その衝撃で船中の人々がなすすべなく転げ回る。

 その隙をついたアルセイユは進路を右に変え、素早く彼等の脇を通り過ぎて包囲を抜ける。ぶつかった二隻は攻撃どころではなくそれを見逃すしかない。

 他の戦艦達が泡を食って攻撃を開始するが、船足で勝るアルセイユは瞬く間に射程から逃れてしまう。

「上手く行った!」

 アルセイユと併走するミミは歓声を上げた時、その耳に着けたインカムから声が来る。

『ミミ嬢ちゃん、もう十分だ。行ってくれ』

「もう少し。もう少しだけ一緒に……!」

 ゴールの指示にミミは必死の思いで抗う。ミミは事前に聞いていた作戦については、その有効性を認めつつも反対だったからだ。

(せめてアルセイユの皆が逃げ切れるだけの距離を稼いでから……!)

 そう考えた時、ミミは両足の装甲越しにも感じる海流の動きに違和感を覚える。

(何、この変な感じ? 何か向かって来て……っ後ろの砲撃がうるさくて上手く読めない!)

人生でも体験したことがない修羅場な上、諦めの悪い背後からの砲撃が海面を滅茶苦茶に掻き乱しているせいだ。

(大きい物……水中を来てる…………何か出した!? 速い! これってまさか!?)

脳裏に閃きが走った瞬間、ミミは間髪入れず叫んだ。

「右に避けて!」

 しかし、警告は致命的に遅い。

 ミミの感覚が捉えたのは、海面から三十メートルの深さに潜行していた潜水艦だ。発射された一発の魚雷は海中を斜めに駆け抜け、アルセイユの船底にぶつかってその威力を発揮した。

 アルセイユの真下で膨らむように盛り上がった海水が、次の瞬間ドパアッと弾けて大波を生む。波に煽られたミミは一気にアルセイユから引き離される。

「くっ、皆……!?」

 ミミはすぐさまアルセイユに向かおうとするが、寸前でゴールの声が待ったをかける。

『来るな! そのままこの場を離れろ』

「で、でも……でも……!!」

 ミミは苦悩で美貌を歪め、震える声で反論しようとする。ミミから見る限り、アルセイユの船底には間違いなく穴が空いている。だが、ゴールは強くミミを跳ね除ける。

『ここでアンタに出来ることはねえ。大丈夫だ。俺達だってそう簡単にはやられねえ。ジョゼットから預かった奥の手もあるしな』

 ゴールがそう言った直後、インカムから他の船員達の声が聞こえてくる。

『そうだぜミミ! 俺達のことは気にすんな』

『あとは頼んだぞ! 運び屋の意地ってヤツを見せてやれ!!』

「皆……」

 ミミの不安を吹き飛ばすような威勢のいい声だった。ミミは唇を噛んで己を律し、泣きそうな表情のままで言い放つ。

「絶対だよ! 約束破ったら私、すごく怒るからね!!」

『そいつは怖ぇ。意地でも生き延びなきゃな』

 ゴールが失笑気味に言ったのを最後に、アルセイユがゆっくりと方向を変えていく。東へと船首を向けたアルセイユの船足は、先程までの軽やかさが嘘のように鈍い。

 軍艦は負傷した獲物を追い詰める肉食魚の群れの如く、アルセイユの後を追って行った。ミミはしばしその後ろ姿を見つめていたが、やがて未練を断ち切るように踵を返して走り出す。さっきまでアルセイユを中心とした囲いが出来ていた方向だ。

 ミミは見つからないよう気をつけながら軍艦達とすれ違い、波間で揺れる物体を見つけて近寄る。大きな黒い布を被せたそれにミミは声をかける。

「ごめん、お待たせ! もう出て来ていいよ」

 布の下でもぞもぞと動きがあった後、それを跳ね除けるようにして三つの頭が顔を出す。レインとナイとジョゼットだった。

 ゴールが出した案とは囮作戦だった。概要は秘密裏にレイン達を乗せたボートを海に下ろし、目立つアルセイユとミミとで敵を引き離すというものだ。夜間であるため仕込みを見られる可能性は低く、黒い布を被せればまず見つからないと踏んだが、どうやら賭けには勝てたようだ。

「さっき爆発音がしたぞ!? 何があった?」

 ミミの顔を見るなりレインが詰問してくる。ミミは唇を噛んで俯きながら答える。

「……魚雷が当たって船底に穴が空いたの。ごめん。私が潜水艦に気づかなかったから……」

「――っ! クソ! マジかよ……」

 レインは苦々しい表情で、遠くなっていく軍艦達を睨む。艦影は夜闇に紛れてほとんど捉えることが出来ない。

「お渡しした海図が役立てば良いのですが……」

 レインと同じ方向を見ていたジョゼットが言う。例の未踏破海域を描いた海図のことだ。

「持って来なくて本当に良かったの?」

「内容は完全に覚えたので、もう私には必要ありませんわ。ならせめて、アルセイユの方々の命を守る材料にしてもらうのが一番です」

 そう言ったジョゼットにミミは頷く。軍艦の狙いがジョゼットとナイであることはミミも聞かされていたが、アルセイユの面々を気にかけるジョゼットの表情に偽りは見て取れない。

「……そっか。ありがとうジョゼット」

 ミミの言葉にジョゼットが暗い顔で頭を振る。礼など言わないでくれと言いたげだった。

 そこへ、ボートを動かす準備を終えたレインが口を開く。

「とりあえずここを離れようぜ。このままここに居たんじゃ見つかるかもしれねえ」

「けど、一体どこへ向かえば……?」

 ナイは辺りを見回す。夜闇のせいで、遠くの島影どころか辺りの様子を伺うことも難しい。

「ミミ!」

「ちょっと待って! すぐに見つけるから」

 レインに頼られ、ミミは即座に頷いた。ウンディーネの海流を読む能力を使えば、近くにある陸地を探すことも難しくはない。


 その時、遠くで爆発音がした。


 四人は振り返った水平線に、夜の海上に煌々と輝く赤を見た。それが何であるのか、どういう結果を示しているのか、想像するのは容易だった。

「……っ!!」

 ミミは目を見開いて口元を押さえる。その目尻から一筋の雫が滑り落ちた。

「畜生っ……! 畜生畜生畜生!!」

 レインが表情を怒りで歪めながら、拳をボートの操縦桿に何度も叩きつける。

「……」

 ジョゼットは痛みを堪えるように胸元を押さえ、遠くの赤を見つめていた。その胸中に渦巻く物を知るナイが、自身も痛ましそうな顔で声をかける。

「お嬢様、見ない方がいいです。……これ以上は傷を広げるだけですよ」

「……いえ、見ておかないと。――これは、(わたくし)の罪なのですから」

 ギュゥッと服の布を掴んでジョゼットが言う。それに対し、ナイは首を横に振った。

「違いますお嬢様。我々の罪です」

 そんな彼等の悔恨と悲哀を嘲笑うかのように、炎はいつまでも夜闇の中で燃え続けていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ