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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
思い出のなかの君
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「……もうそうなのよ。由衣ちゃんたら、ちっとも言わないんだから」

 さっきから愚痴をこぼしているのは、由衣の母親、宣子である。由衣に対して色々と言いたい事があるらしく、目の前の親戚に対して延々と喋り続けていた。

「しょうがないんじゃない? 由衣ちゃんももう一人前に生活しているんだから」

 そういうのは、由衣の叔母である角川晶子であった。晶子は宣子の兄である角川慎介の妻だ。宣子とは幼馴染らしく、現在においても仲が良い。

「お前が干渉したがるのも分けるけどねえ。信じて見守ってあげる事も大事だと思うよ」

 慎介が言った。慎介は妹である宣子が由衣に干渉したがるのを、以前からたしなめていた。見た目は子供ではあるが、由衣は立派な大人だ。そこのところをよく考えていかないといけない、と、いつも言っている。

「まあ、由衣ちゃんは見た目が全然変わっていないからなあ。ある程度は気持ちもわからないでもないが……」

「でもねえ、兄さん。由衣ちゃんったら全然帰ってきてくれないんだもの。お正月なんかも、せめてひと晩くらい泊まっていけばいいのに、すぐ帰るって……」

 再び宣子の愚痴が始まる。

「うちだって、昭司も景子もなかなか帰ってこないのよ。特に昭司なんて、本当に正月とお盆くらいしか帰ってこないんだから」

 今度は晶子まで愚痴りだした。

「それは、昭ちゃんも景ちゃんも東京の方にいるんでしょ。遠いからなかなか帰っては来れないわよ。由衣ちゃんなんて、車で三十分くらいなのに……」

「しょうがないとはいえ、もうちょっと近くにいてくれると、いいんだけどねえ。特に昭司は」

 晶子の愚痴も、しばらく止まりそうにない。

 昭司は、慎介の長男で、要するに由衣の従兄弟である。景子はその昭司の妹だ。ふたりとも、成績優秀で、関東の某有名大学に進学、そのまま昭司は東京の大手上場企業に就職。そんな昭司も今では一児のパパである。景子も東京の有名企業で働いた後、現在は結婚して夫とふたりの子供と共に、神奈川県に住んでいる。

 由衣とは子供の頃は、家が割合近かった事もあってお互いよく会っていた。しかし、中学生くらいからさっぱり会わなくなって、その後は祖父母の葬式だとか、そんな時に会うくらいだった。

 近年では、由衣が入院していた時に、見舞いに来ていたが、それ以降は特には会っていない。なかなかお互いの都合も合わない事もあって、お互い会おうと思いつつも、まだ実現していなかった。



 この日、由衣の実家に角川夫妻が遊びに来ていた。というか、慎介が定年後に自分で作っている野菜が豊作だったらしく、それを早川家におすそ分けに持ってきたという事だ。

 それで、応接間でのんびりとお茶を飲みながら世間話をしているのだった。

「もう、由衣ちゃんたら、知らない人を連れてきて一緒に住もうだなんて、危機意識が足りないわぁ。本当に大丈夫かしら」

 宣子はどうも不満げである。どうも由衣が友達を自分のマンションに連れてきて、一緒に住んでいるというのが気になるらしい。つい二日前に、由衣が早紀を連れて実家にやってきており、その時に紹介された。

 美人で優しそうな容姿は、宣子には好印象ではあったものの、素性がよくわからないのが気になっていた。どこかの国の政府の職員だったとかなんとか……と説明されているが、そんな小難しい事など、宣子にはよくわかっていなかった。

「……なんていう人なの? その由衣ちゃんと住んでいる人は?」

 晶子は友達という人に興味を持ったらしく、詳細を聞き出そうとした。

「なんて言ったかしら? シラカワさん? だったかしら……」

「ふぅん、ここらではあまり聞かない苗字ねえ」

 晶子は少し考えてつぶやいた。

「どこの人だったかしら……小さい頃に岡山に住んでいたって言ってたわねえ」

「そうなのかい。じゃあ、どこか余所に住んでて最近岡山に戻って来たのか?」

「そうなのよ。ああ、そうそう。オーストラリアに住んでいたらしいわ」

「なんと、外国からか」

 慎介は驚いた。

「遠いわねえ。南半球よ」

「そうなのよねえ、そんなところからよくやってきたものだわねえ」

 本当はオーストリアだが、どうやらオーストラリアと勘違いしている様子だ。ちなみに苗字も、白鳥と早川がごっちゃになって混ざってしまっている様だ。


「シラカワさん……下の名前は何ていうの?」

「ユキ……だったかしら? そんな名前だったわあ」

 宣子は呆けているわけではないのだろうが、間違いだらけである。名前の方も混ざってしまっている。もしかすると宣子は、早紀に由衣を取られたと感じて、少し嫉妬しているのかもしれない。それが記憶違いに現れたという事だろうか。

「シラカワユキ――ふぅん。……ああ、そういえば、ユキさん……懐かしいなあ」

 慎介は、何かを思い出した様子でつぶやいた。

「……誰? 友達?」

 晶子が言った。

「ああそうだよ。お前、憶えてない? 白鳥さん。白鳥行弘さん。若い時分に岡山の豊成に住んでた事があっただろう。その時に隣に住んでた……二、三年くらいだったけど」

 慎介は言葉を続けた。

「シラカワじゃなくてシラトリだけどね。似てたから、ふと思い出したよ」

「……ああ、そういえばそうねえ。白鳥さんって、あの外人の奥さんの?」

 晶子もその人物を思い出した様子だ。

「そうそう。確かオーストリアだったかな」

「オーストラリア?」

 宣子は言った。

「違う。オーストリア。ドイツの隣の。ヨーロッパだよ。似てるからよく間違えられるらしいけどねえ」

「ふぅん、そうなの」

 宣子は、オーストリアとオーストラリアの違いなど、あまり興味がなさそうだった。


「いやぁ、懐かしいねえ。ユキさん、バイク好きでね。僕も当時好きだったから、時々ふたりでツーリングに行っていたなあ」

 慎介にとってはとても懐かしかった。すでに三十年以上前ではあるが、当時、慎介の周囲にバイク好きがいなかった事もあって、親しくなってからは、本当によくバイク談義に花を咲かせていた。

「僕はヤマハでねえ。彼はカワサキが好きで……」

「そういえば、白鳥さんとこの子、ひとり娘だったわね。どしてるかしら?」

 晶子は、昔の記憶を思い出しつつ言った。

「ああ、さっちゃんだね。早紀ちゃん」

 慎介は笑顔で答えた。とても懐かしそうである。

「ああ、そう。さっちゃん。確か、おとなしい子だったけど、可愛らしい子だったわねえ。あんまりハーフという顔立ちじゃなかったけど、目が青くて……」

 晶子も懐かしむ様につぶやいた。娘の景子がよく遊んであげていた事もあって、当時よく知っていた。

「……ああ、そうだわ。そういう名前だったわ」

 宣子は突如、思い出した様に言った。

「え、何が?」

 晶子が宣子に尋ねる。

「名前よ。由衣ちゃんと一緒に住んでる人。白鳥早紀っていうんだったと思うわ!」

 宣子は得意な顔で、ふたりに向かって言い放った。

「ええ? 本当に?」

「お前、いい加減な記憶だなあ」

 慎介は呆れた。

「まさか……でも白鳥なんて苗字は、そんなに見かけないし、ましてや同姓同名……でも、まさか」

 それを聞いたふたりは、ひと息おいて驚きの表情に変わっていった。

 慎介は信じられないという気持ちと共に、もしかしたら、また再び会えるのではないかという期待もこみ上げてきた。

「その人、由衣ちゃんみたいな<発症者>らしいわ。歳も由衣ちゃんと近かったって言ってた様な……今はすごい若くて美人だったけど」

「それじゃ、ますます……もし本当だったら、こんな奇跡はないな」

 慎介は少し興奮している。

「宣子、由衣ちゃんと連絡取れないかい? いつでもいいから一度そのお友達に会ってみたいと伝えてくれないか」

「ええ、まあそれはいいけど……ちょっと持って」

 宣子は携帯電話を手にとって、由衣のスマートフォンに電話をかけた。



 由衣はリビングのソファに寝転んで、iPad miniをいじっていた。由衣は最近こうやって、のんびりとネットサーフィンをして過ごす事が気にいっていた。

 足を放り出して、行儀の悪い格好でくつろいでいる。そばのテーブルには早紀の淹れてくれたコーヒーがあり、おいしそうな香りが由衣のもとに漂っている。

「うん?」

 由衣はテーブルに放り出していたスマートフォンに着信があるのを見つけた。

「誰だろ? ああ、母さんか……」

 由衣は、のろのろとスマートフォンを手に取ると、着信のボタンをタップした。

「もしもし……どうしたの?」

『ああ、由衣ちゃん? どう? ちゃんと食べてる? お部屋はちゃんと掃除してる? 綺麗にしてなきゃだめよ。それから……』

「いや、そんなのどうでもいいじゃないか。そんな事を言う為に電話してきたわけ?」

『いや違うのよ、別の事よ。別の事』

「一体、何の用?」

 由衣はもう電話を切りたくなっていた。

『由衣ちゃん、あのお友達……白鳥さんだったっけ? お友達をまた連れてこられる?』

「どうして? 何の用があって……」

『兄さんが会いたがってるのよ。その、白鳥さん――もしかしたら、兄さんの知り合いかもしれないって』

「ええ? まさか。どこからそういう話が」

『兄さん昔、豊成の方に住んでいたでしょ。その頃に近所に住んでいたそうよ。もしかしたら他人かもしれないけど、一度会ってみたいって』

「ふぅん、慎介おじさんがね……まあ、ちょっと待って。早紀に聞いてみる」

 由衣はリビングを見渡した。ふと、廊下の方から早紀がやってきた。先ほどトイレに行ってきたところで、再び戻ってきた様だ。

 早紀は、由衣が電話片手にこちらを見ていたのに気がついた。

「どうしたの?」

「早紀、うちの叔父さんが早紀に会いたいって言ってるんだけど、どうする?」

「別にかまわないわ。会ってみるわね」

 早紀はたいして考える様子もなく、会う事に決めた。

「そう、わかった……もしもし」

『どうだった?』

「会うって言ってる。今日にでも行ってみようか? 特に用事ないし」

『そうしてくれると嬉しいわあ。じゃあ待ってるわね』

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