表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
バニラ・スカイ 後編
42/43

 前方、右側には岡山市役所が見えてきた。この市役所のそばにある交差点を北上すると、もうすぐに岡山駅である。残りあと十分少々、駅構内を進む時間を考えると、時間は迫っていた。

「ちっ、ここはやっぱり渋滞ね。やっぱ時間帯が悪いか」

 滝澤は、目の前に続く車の大群に舌打ちした。車線は多いが、それ以上に交通量が多く、完全に前がふさがっている。

「先生、もう他には……ここで待つしか……」

 由衣は、不安そうな表情で呟く。

「こんなの待ってたら、間に合わないでしょ!」

 滝澤は、意を決してアクセルを踏んだ。

「せ、先生?」

「まだ道はあるわよ……こっちにね!」

 滝澤は、路側帯の切れ目から反対車線に入ると、そのまま逆走した。

「ちょっと、先生! それは無茶な」

「無茶は承知よ!」

 もはや走れそうなのは、比較的空いていた反対車線しかないと判断したのだ。ただ、これはあまりにも派手で、すぐに通報されて厄介な事になりかねなかった。

「しっかりつかまってなさい!」

 目の前から対向車やってくる。急ブレーキの音が鳴り響く、滝澤はそんな事はおかまいなしで構わず走らせる。

「し、信じられない……」

 由衣は目を丸くして、右に左に振られていた。


 再び元の車線に戻ると、さらに車の合間を縫う様に走らせる。実は今まで、一台も接触していない。あんなに際どい隙間を、すれすれのところであたらない様に走らせるのは、相当に優れた運転技術だ。これにはさすがに由衣も驚きである。

 イオンモール岡山近くまでやって来たところで、再び大量の車が目の前に現れた。この渋滞では、間をすり抜けて進む事は難しい。

「ホントに厄介ね!」

 滝澤は目の前をにらんだ。そんな滝澤の横顔を見ていた由衣は、何気なく後ろを見た。一瞬、赤い光が見えた。またパトカーが来た様である。

「せ、先生。パトカーかも」

「ちいっ! やむを得ないわね」

 滝澤はアクセルを踏み込むと、急にハンドルをきった。

「い、一体どう――」

「由衣、衝撃に備えなさい!」

 滝澤は、歩道に乗り上げて、ちょうど歩行者の少ない瞬間を狙って、大幅に追い越しとショートカットを試みた。

 路肩の段差に乗り上げて、大きな衝撃が伝わってくる。

「だ、大丈夫なんですか?」

「任せなさい!」

 歩道には、大勢の人がいる。そこに一台の車が飛び込んで来た。逃げ惑う人達。何事だ? と建物の中から見ている人達。

 ――ほ、本当に無茶苦茶だ……この人は……。

 由衣はもう、どうにでもなれと思いつつ、早紀の事を思った。

 ふと正面に、岡山駅の建物が見えた。もう少しだ。


 歩道を抜けて、再び車道に戻る滝澤のインプレッサWRXは、またすぐに渋滞に阻まれた。赤信号の様だ。滝澤は、再び歩道に入って、一直線に駅を目指す。

 しかしそこに、中年サラリーマンが目の前に飛び出て来た。通りの大騒ぎに、まさか自分の目の前に、その騒ぎの原因が出てくるとは到底思えなかっただろう。

「――しまっ!」

 ハンドルをきって回避しようとしたが、そのままスピンして、斜め前に弾け飛ぶ様に滑った。そして、そのまま左側のリアフェンダーを、駅の敷地への入り口にあった鉄柱に激突して止まった。かなり豪快に激突したせいか、フェンダーは大きく曲がり、ボディもかなりのダメージを受けた様に感じた。ホイールも大きく破損している様だ。もう走れそうにない。

「……あいたた。由衣、大丈夫?」

「う、うん……先生は?」

「大丈夫よ。……由衣。しょうがないけど、もう走れそうにないわね。さあ、駅の前までは来たわ――行きなさい」

「せ、先生……でも」

「いいから行きなさい! 早紀を連れて帰ってくるんでしょ!」

 滝澤は叫んだ。

「……先生。すいません」

 由衣は頭を下げた。滝澤は、由衣の頭を優しく抱きしめた。

「絶対よ。由衣」

「――はい」


 由衣は車を降りると、駅の中に向けて走っていった。何度か後ろを振り返りつつ、走っていく。

 滝澤も車を降りて、走って行く由衣の背中をみた。ざわつく周囲。野次馬が大勢集まってくる。遠くからサイレンの音が鳴り響く。しかし、滝澤は気にしていない様子だ。

「……絶対、約束よ。由衣」

 そう言って、由衣に向けて親指を立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ