六
前方、右側には岡山市役所が見えてきた。この市役所のそばにある交差点を北上すると、もうすぐに岡山駅である。残りあと十分少々、駅構内を進む時間を考えると、時間は迫っていた。
「ちっ、ここはやっぱり渋滞ね。やっぱ時間帯が悪いか」
滝澤は、目の前に続く車の大群に舌打ちした。車線は多いが、それ以上に交通量が多く、完全に前がふさがっている。
「先生、もう他には……ここで待つしか……」
由衣は、不安そうな表情で呟く。
「こんなの待ってたら、間に合わないでしょ!」
滝澤は、意を決してアクセルを踏んだ。
「せ、先生?」
「まだ道はあるわよ……こっちにね!」
滝澤は、路側帯の切れ目から反対車線に入ると、そのまま逆走した。
「ちょっと、先生! それは無茶な」
「無茶は承知よ!」
もはや走れそうなのは、比較的空いていた反対車線しかないと判断したのだ。ただ、これはあまりにも派手で、すぐに通報されて厄介な事になりかねなかった。
「しっかりつかまってなさい!」
目の前から対向車やってくる。急ブレーキの音が鳴り響く、滝澤はそんな事はおかまいなしで構わず走らせる。
「し、信じられない……」
由衣は目を丸くして、右に左に振られていた。
再び元の車線に戻ると、さらに車の合間を縫う様に走らせる。実は今まで、一台も接触していない。あんなに際どい隙間を、すれすれのところであたらない様に走らせるのは、相当に優れた運転技術だ。これにはさすがに由衣も驚きである。
イオンモール岡山近くまでやって来たところで、再び大量の車が目の前に現れた。この渋滞では、間をすり抜けて進む事は難しい。
「ホントに厄介ね!」
滝澤は目の前をにらんだ。そんな滝澤の横顔を見ていた由衣は、何気なく後ろを見た。一瞬、赤い光が見えた。またパトカーが来た様である。
「せ、先生。パトカーかも」
「ちいっ! やむを得ないわね」
滝澤はアクセルを踏み込むと、急にハンドルをきった。
「い、一体どう――」
「由衣、衝撃に備えなさい!」
滝澤は、歩道に乗り上げて、ちょうど歩行者の少ない瞬間を狙って、大幅に追い越しとショートカットを試みた。
路肩の段差に乗り上げて、大きな衝撃が伝わってくる。
「だ、大丈夫なんですか?」
「任せなさい!」
歩道には、大勢の人がいる。そこに一台の車が飛び込んで来た。逃げ惑う人達。何事だ? と建物の中から見ている人達。
――ほ、本当に無茶苦茶だ……この人は……。
由衣はもう、どうにでもなれと思いつつ、早紀の事を思った。
ふと正面に、岡山駅の建物が見えた。もう少しだ。
歩道を抜けて、再び車道に戻る滝澤のインプレッサWRXは、またすぐに渋滞に阻まれた。赤信号の様だ。滝澤は、再び歩道に入って、一直線に駅を目指す。
しかしそこに、中年サラリーマンが目の前に飛び出て来た。通りの大騒ぎに、まさか自分の目の前に、その騒ぎの原因が出てくるとは到底思えなかっただろう。
「――しまっ!」
ハンドルをきって回避しようとしたが、そのままスピンして、斜め前に弾け飛ぶ様に滑った。そして、そのまま左側のリアフェンダーを、駅の敷地への入り口にあった鉄柱に激突して止まった。かなり豪快に激突したせいか、フェンダーは大きく曲がり、ボディもかなりのダメージを受けた様に感じた。ホイールも大きく破損している様だ。もう走れそうにない。
「……あいたた。由衣、大丈夫?」
「う、うん……先生は?」
「大丈夫よ。……由衣。しょうがないけど、もう走れそうにないわね。さあ、駅の前までは来たわ――行きなさい」
「せ、先生……でも」
「いいから行きなさい! 早紀を連れて帰ってくるんでしょ!」
滝澤は叫んだ。
「……先生。すいません」
由衣は頭を下げた。滝澤は、由衣の頭を優しく抱きしめた。
「絶対よ。由衣」
「――はい」
由衣は車を降りると、駅の中に向けて走っていった。何度か後ろを振り返りつつ、走っていく。
滝澤も車を降りて、走って行く由衣の背中をみた。ざわつく周囲。野次馬が大勢集まってくる。遠くからサイレンの音が鳴り響く。しかし、滝澤は気にしていない様子だ。
「……絶対、約束よ。由衣」
そう言って、由衣に向けて親指を立てた。