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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
バニラ・スカイ 後編
41/43

「――退きなさい!」

 滝澤の運転は無茶苦茶だ。車と車の間をすり抜ける様に追い越していく。凄まじい勢いで、ドリフトしながら交差点を曲がる。もちろん赤信号は無視だ。

 交通違反云々よりも、事故を起こすのではないかという恐怖が襲う。由衣は心配そうな目つきで、チラリと滝澤を見た。しかし、前をみる滝澤の真剣な眼差しは、由衣を少しだけ落ち着かせた。

 岡山西バイパスを、西長瀬交差点を猛スピードで滑りながら右折していく。車は多いが、車線が多いせいか、間を縫ってどんどん先へ走る。

 歩道を歩く人が、何事かと驚きの様子でこちらを見ていた。

 ユニクロの前を通り過ぎ、もう少し走ると、岡山ドームが見えてくる。春の事件で騒動のあった場所だが、今はその様子はまったく見られない。

「先生、かなり渋滞してる!」

「ちぃ! まずいわね」

 その先、ちょうど岡山ドームを過ぎてすぐのあたりで完全にふさがっている。通り抜ける事はまず無理だ。

「左へ入るわよ。山陽本線沿いをいくわ!」

 岡山ドームへ入る信号を強引に左折すると、そのまま東側沿いを北上し、山陽本線の線路に到達したところで、鮮やかなドリフトで線路沿いの道を東に進んだ。走っている対向車に掠りそうになって、由衣はヒヤヒヤした。


 野田地下道の側道までやってくると、南に走って、野田西交差点にやってきた。

「もしかしたら厳しいかもしれないけど――もうちょっといってみるわ」

 滝澤は交差点を左折して、岡山駅を目指した。

 今度は山陽新聞社のビル前で、再び大渋滞が前方に見えた。この通勤時間帯は、やはりどこも簡単には走らせてはくれない様だ。

「なかなかそう簡単には行かせてくれないわね」

 滝澤はどうするか、迷った。そこに由衣が叫んだ。

「先生、高架をすぐ右折して!」

「わかった!」

 滝澤はすぐさまハンドルをきった。

「一度、南から行った方が早いと思う。混み具合が違うよ」

「信用するわ、由衣!」


 高架の下を南に向かう。歩道の人は皆驚いている。前方に先行車が見える。ピンク色の軽自動車だ。

「先生!」

「邪魔すんなぁ!」

 滝澤は叫ぶと、クラクションを二度三度と鳴らした。前を行く軽自動車は、完全に恐怖に狩られたのか、すぐに路肩に寄せて止まった。その脇を急加速して走り抜けて行く。

「……だ、大丈夫なんですか?」

「問題ないわよ。こんなところでモタモタしてる場合じゃないでしょ!」

 猛スピードで走る滝澤の車を、高校生が慌てて避ける様に逃げていく。

「む、無茶苦茶だなあ……」

 由衣はシートにしがみつく様にして呟いた。


「先生、このまま行くと渋滞です!」

「どう走ったらいい!」

「次、左折してください! 向こうの道路に出ましょう!」

 由衣は先の道路状況を予測して、滝澤をサポートする。

 一七三号線に出てくると、またすぐに急加速する。この道路は片側三車線の大きな道路なので、多少混んでいても走れるだろう。

「邪魔よ!」

 滝澤はかなり強引に、斜め前を走るトラックの前に出た。ふとサイドミラーに映る、トラックの運転席が見えた。金髪にピアスをした若い男が、怒鳴っているのがわかった。

「せ、先生――無茶をしますね」

「そんなのかまってらんないでしょ!」

 滝澤はさらにアクセルを踏み込んで加速した。しかし、後ろを見ていた由衣が不安そうな顔をして言った。

「先生! あれもしかして、パトカー?」

「パトカー? そりゃ、やばいわね……」

 どうやら誰かに通報されるかして、追われている様だ。非常に不味い事態だ。滝澤は、とにかく距離をとる為に、素早く、さらに斜め前の車間の間に滑り込んだ。


「うわっ! な、なんだ! あのクソ野郎!」

 現場から帰る途中の、金髪頭の若い男は、自分の運転するトラックに体当たりスレスレで追い越していった、青いスポーツカーに怒鳴った。

「……まったく、無茶な奴がいるな」

 助手席に座る中年の男が、呆れた表情で走って行く車を見てつぶやいた。

「何なんすかね、あぶねえっすよ」

「困ったやつだ……うん?」

「どうしたんすか?」

「あ、あれ……は!」

 中年の男は、あのスポーツカーの凄まじいドリフトを見て驚愕した。次第に目を見開いて、震える様に呟いた。

「ま、間違いねえ。……睦美さん……睦美姐さんだ!」

「誰っすか?」

「おめえは知らねえだろうけど……俺が若えころ、金甲山で伝説の走り屋だった人だ」

「で、伝説?」

「ああ、『金甲山の赤い稲妻』って言われててな。姐さんの、真紅のRXー7は岡山最速だったんだ。本当に誰も勝てなかった。広島とか神戸とかの、生意気な走り屋が殴り込んできやがったけどよ。全部、姐さんがぶっちぎってやった。奴らの悔しそうな顔ったらなかったぜ」

 中年の男は嬉しそうに、昔を思い出しながら喋った。


 当時の滝澤は、まだ二十代半ばから三十歳までの頃で、帝大医学部の助手をやっていた頃だった。時々、地元である岡山県に帰って来ては、愛車のサバンナRXー7(FC3S)で、実家から割合近いところにある、小島半島の金甲山に走りに行っていた。

 初めは所詮は女、と見下されていた様だが、誰も勝てない様になると、その性格と容姿(発症前から美人だった)とも相まって、周囲から「姐さん」と呼ばれ慕われる様になった。しかし滝澤の兄は当時、警察庁のキャリアであり(現在は岡山県警本部長)、妹の無法振りを相当苦々しく思っていたらしく、現在でもあまり仲は良くない様だ。

 ちなみに、特に裕福でもない実家で、本人も大してお金を持っていないにも関わらず、どうやってスポーツカーを手に入れて、乗り回していられたのかは不明だ。


「そ、そんなすげえ人が……?」

「ああ。歳はもう、今だと五十代くらいになるかもしれねえな。でも走りのキレは変わってねえよ」

 しみじみ語っていると、後方からサイレンの音が響いてきた。パトカーだ。前の青い車、止まりなさい! と叫んでいる。

 中年の男は前を見て、何かを閃いた。そして、運転する若い男の腕を掴むと、強引に引っ張った。

「うわぁ! な、何するんすか!」

 急にハンドルをきってしまい、スピンしそうになった。ちょうどパトカーの走行を阻む様な格好になって止まった。

「あわわ……」

 若い男は青くなっている。パトカーから警察官が降りてきて、怒鳴りつけてきた。

「おい! 何をしてくれるんだ!」

「そ、そんな……俺は別に……」

「……姐さん。何があったか知らねえですけど、邪魔もんは退けたんで安心してください。懐かしく、いいもん見させてもらいましたわ」

 男はフフ、と笑うと、外で怒鳴る警察の要望を聞いて車を降りた。


「――先生、さっきのトラックがパトカーにぶつかりそうになって、パトカーを足止めしてくれた様になったみたいです」

「……ふふ、そうね。――ありがと」

 滝澤は、バックミラーに移るトラックを見て呟いた。

「え?」

「ううん、こっちの話。あのトラック追い越した際にね、ちょっと懐かしい顔を見た気がしたのよ」

「そうなんですか?」

「ええ――さあ、行くわよ!」

 滝澤はアクセルを踏み込んだ。

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