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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
バニラ・スカイ 前編
33/43

「え? まさか……」

 由衣は、一瞬耳を疑った。病気知らずの父がまさか……いや、歳もとっているし病気のひとつやふたつはあってもおかしくないだろう。いや、病気とは限らないが多分そうなのではないかと考えた。

「一体どうして倒れたの? 何があったわけ?」

『よ、よくわからなくて……ソファに座ってテレビを見てたら、突然辛そうな顔をして……』

 突然、何かが起きた風だ。心筋梗塞とか、危険な病気ではないかと予想して、顔を青ざめた。

『もう、私……どうしたらいいか……』

「お、お母さん。落ち着いて」

『いま、一緒に救急車で病院に来ているの。由衣ちゃんも来て欲しいの……』

「それはわかった。それで、どこの病院?」

『ここよ、この病院』

「――ここじゃあわからないから、名前を言って」

『ああ、ええと……ごめんなさいね。由衣ちゃん、ごめん』

 かなり気が動転している様子だ。由衣もつい大きな声になった。

「いいから、病院の名前を言って欲しいんだ!」

『ご、ごめんなさい、ごめんなさい……』

「……だから、どこの病院なの?」

『ええと、す、瑞正会よ、瑞正会病院』

「瑞正会病院だね。わかった。すぐにいく」

 そう言うと、由衣は電話をきった。早紀がすぐに声をかけた。

「由衣、何があったの?」

「……うちのお父さんが、倒れたって……」

「ええ?」

「それは大変だ。さっき瑞正会病院がどうとか言ってたけど、あそこに運ばれたのかい?」

「そうです。行かなきゃ」

「うん、早く行った方がいい。そう遠くないしすぐに行けるだろう」

 中村は心配そうに由衣を見た。

「由衣、行きましょう」

 早紀が言う。

「う、うん」

 ふたりはすぐに店を出た。


「多分、十分程度で到着できると思うわ」

 早紀は車を運転しながら、隣の由衣に言った。

「うん……」

 由衣は気持ちが沈んでいる。心配している様子だ。早紀は、うつむく由衣の横顔を見るのが辛くなって、運転に集中した。


 瑞正会病院、岡山県下では日赤と同規模くらいの大病院である。全国にあり、グループの規模においても日本最大級の病院だ。岡山県では、旭川の西岸を国道二号線から降りてすぐのところにある。二号線から大きな建物が見えるのだ。

 中村の店「Y&H」からは、車で普通に来れば十分もあれば来れる距離である。あっという間に到着し、有料駐車場のゲートを抜けて、空いた場所に車を向かわせた。

 駐車場に車を止めると、足早に受付に急いだ。そこで、父の居場所を聞くと、すぐにそこに向かった。

 由衣は、瑞正会病院には来た事がない。しかし、地図を頭に記憶しておけば、特に迷う事はなかった。

 現在は診察室から入院病棟に移されており、そこへ急いだ。五階だと聞いて、エレベーターで上がる。

 病室の前まで来ると、早紀は「向こうで待っているわ」と言って、ナースステーションのそばにあった談話室へ向かった。そして由衣は部屋の中に入った。


「お父さん!」

 由衣は、父、光男がいる部屋に駆け込んだ。

 そこには、普通にベッドに寝て、看護師と話をしている父がいた。

「あれ? おとう……さん?」

「――ああ、由衣か。来たのか」

「う、うん。たおれて、なんだか深刻そうで……お母さんが」

「たおれたけど、まだ大丈夫だ」

 父は答えた。別に受け答えもしっかりしていて、深刻そうな雰囲気はない。そこに、そばにいた看護師が由衣に声をかけた。

「あの、お孫さんですか? お祖父様は、病気ではあるけど、まだ深刻な事はないのよ」

「どう言う事ですか?」


 光男は胃癌だった。去年くらいから体調の変化に気がついていたらしい。しかし、病院にかかるのが嫌いな光男は、胃の調子が悪いだけだと勝手に判断して、そのままずっと放置していた。それが次第に悪化して、二週間ほど前から日常生活が少しづつ辛くなり、とうとう今日の昼過ぎに激痛で倒れた。それで救急車で運ばれて来たのだった。

 もともと病気とは縁のなかった健康な人だっただけに、宣子はそうとうに焦った様だ。


 二十分くらい経っただろうか。宣子が病室に入って来た。

「あら、由衣ちゃん! 来てくれたのね、嬉しいわ!」

 宣子は由衣の顔を見るなり、嬉しそうにつかづいて来た。

「なんか、あんまり大変そうじゃないみたいだけど」

「そんな事はないわよ。癌なのよ。大変よ……」

 不安そうな表情で、光男の方を見た。そこへ白衣の男が入ってきた。多分担当医だろう。

「早川さん、どうですか?」

「ああ先生。今はもう大丈夫です」

 光男は、少し照れくさそうな顔をしている。しかし、宣子は必死だ。

「せ、先生! 夫は大丈夫なんですか」

「お、奥さん。落ち着いてください。進んではいますが、今のところは問題ないでしょう。検査の結果次第ですが、病状は良い方だと見ています」

「お、お願いします、夫を助けてください!」

 宣子は半泣きで、医師にすがる様に訴えている。

「ええ、大丈夫ですよ。まだこれからですが、我々も全力で治療にあたりますので、任せてください」

 医師はそう言って、笑顔を見せた。

 どうやらとりあえずは、検査待ちという事でここでできる事はなく、一度帰る事になった。今日からしばらく入院だという事で、入院するにあたって必要なものを持って来るなどしなくてはならない。検査も結果は三日後だという。

 由衣と宣子が病室を出ると、病室の近くまできていたらしく、早紀が近づいてきた。

「由衣、お母様」

「あら、ええと、白鳥さんでしたっけね。わざわざ来て来れていたの? 由衣ちゃん、どうして部屋に連れて入らなかったのよ。外で待たせるなんて……ごめんなさいね」

「あ、いえ。私は他人ですし、ご家族の中に割り込むわけには……」

 早紀と宣子は、お互いに頭を下げあっている。それに由衣が割り込んだ。

「早紀、悪いけど、お母さんを家まで送りたいから、実家に行ってくれる?」

「ええ、わかったわ」


 実家に到着すると、由衣は宣子に必要なものを用意する様に言った。

「ええと、これと……これも。それから」

 宣子は必要なもののリストが描かれた用紙を見ながら、タオルやら、替えの服やらを出している。

「お母さん、明日午前十時に来るから。それまで用意しててね」

「ええ、わかったわ。でも、由衣ちゃんもう帰るの? もう少しゆっくりしていってもいいんじゃ。それに白鳥さんもいるのだし」

「いや、もう帰るよ。長居しててもしょうがないし」

 いつも通り、由衣が帰ろうとするのを引きとめようとする、宣子に別れを告げて実家を出た。

 帰りの車の中で、早紀は由衣に言った。

「そんなに深刻な状態ではない様だし、少し安心したわ」

「うん、検査次第ではわからないけど、まずは普通に喋れるくらいだから、大した事ないのかもしれないね」

 そう言って、由衣は少し笑ったが、早紀には、由衣の表情に不安の色が見えている事に気がついていた。


 翌日、由衣は実家にやって来た。今回は由衣がひとりで車を運転してきた。今日は早紀は仕事に行かないといけないし、自分で車の運転ができるのに、早紀に連れてきてもらうのはわがままというものだ。

 庭に車を突っ込んで駐車すると、玄関を開けて中に入った。しかし、

「お母さん、大丈夫?」

 宣子は、どうにも気分が沈んでいる。表情が暗い。

「……ごめんねぇ、由衣ちゃんに心配ばかりかけて……本当、お父さんは困った人ねえ……」

「お母さん……」

 由衣は次に言う言葉が思いつかない。


「何か食べた方がいいよ。わたし、久しぶりだけど、何か作るね」

 とは言ったものの、由衣は何を作ったらいいか迷った。はっきり言って、自分で料理する事は滅多にない。特に早紀と暮らす様になってからは、まったく作っていない。

 台所など、あちこちを探して食パンを見つけると、トーストを作る事にした。はっきり言って作ると言うほどのものではないが、それでも何か用意しなくては、と思った。

 四苦八苦しながら、トーストとコーヒーを用意すると、それを母の部屋に運んだ。宣子はそれをみて笑顔になった。

「まあ、由衣ちゃんが? 嬉しいわあ。由衣ちゃんは料理、上手ねえ」

 コーヒーをひと口飲んで、トーストをひと口食べる。

「まあ、美味しいわあ! 由衣ちゃん、美味しいわあ!」

 先ほどの沈み具合が嘘の様に、はしゃぐ宣子。――まあ、いいの、かな? と、あまり深く考えない様にした。

「善彦は?」

「部屋じゃないかしら?」

「連れてくるよ」

 由衣は、二階の善彦の部屋に向かった。


 由衣は二階に上がった。上がってすぐのドアは、由衣の弟、善彦の部屋だ。ドアの前に立つと、軽く二回ドアを叩いた。

 少し待ったが、反応がない。由衣は更に少し強めにドアを叩いた。しかし反応はなかった。――何やってんの! と憤りながら、思い切ってドアを開けた。

 もう何年も見ていない弟の部屋は、ゴミ溜めの様になっていた。かすかに嫌な匂いもしてくる。

「善彦!」

 由衣は大きな声で叫んだ。部屋の奥にあるベッドで丸くなっている、布団が、ごそごそと動き出した。

「起きなさい!」

 由衣は強い口調で命令する。のそのそと起き上がり、冴えない顔で由衣を見ると、そのままそっぽ向いた。

「あんたね、お父さんが大変なのに、呑気なもんだね! お母さんも辛そうなのに」

「……」

 善彦は視線をそらして、一向にこちらを見ようとしない。

「なんか言いなさい!」

「……」

 強く言ったが、変化はなかった。

 ――何なのよ、こいつは。前からコミュ障なのはわかってたけど、酷くなってない?

 もしかしたら、この少女の容姿のせいで、舐められているのかもしれないとも思った。

 由衣は、二度三度と善彦に向かって言うが、どうしても何も言わなかった。止むを得ず、「お母さんの体調がよくなさそうだから、あんたも看病しなさい」と言いつけて、部屋を出た。


「朝ごはん食べた?」

「とっても美味しかったわあ」

 宣子はとても満足げであった。

「九時には行くから、準備してよ」

 由衣は母にそう言って、荷物を車に運び込んだ。少しして、信子が奥から着替えと化粧を済ませてやってきた。

「由衣ちゃん、持って行くものは全部積んだの?」

「もう積んでるよ。あれ、善彦は?」

「あれ、いないの?」

 宣子は、二階の方を見た。「呼んでくるわ」と言って階段を上がっていった。


 由衣は、車に乗り込んで、iPhoneをいじっている。数分してふと家の方を見るが出てこない。何をやってるんだ、と思ったが、イライラしてもしょうがないと思い、ずっとまった。結局二十分ほど後に、宣子と善彦が出てくる。

「ごめん、ごめん。由衣ちゃん、さあ行こう」

 由衣は、やれやれ、と思いながら、変わってないな……と辟易した。

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