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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
夏の海
31/43

 翌日、いくら探しても手がかりがないので、海に行った。滝澤は途中、旅館の方をチラチラと見ながら愚痴っている。

「聞き込みをすれば、絶対手がかりはあるわよ——聞き込みをすれば」

「もう、勘弁してくださいよ。余計なトラブルの元だろうし」

「根拠もないのに犯人扱いされたら、揉めると思うわ。重大事件ならまだしも、下着泥棒くらいでは、旅館にも迷惑がかかるかも」

「まあ、しょうがないわね。もうこうなったら海で楽しみましょ。帰ったら捜査再開よ!」


「……いやあ、また会ったねえ!」

 そう言って現れたのは、なんと小野田だった。思っても見なかった人が現れて、由衣は驚いた。

「あれ? 今日から東京じゃないの?」

「いやあ、それがね。実は昨日、夜に電話があってねえ。一週間延期したいっていうんだよ。急遽都合が変わったらしくて」

「で、また来たわけ?」

「そうさ。家から三、四十分かそこらで来れるからねえ。いやあ、すぐに見つかってよかったよ!」

 小野田は嬉しそうに笑った。

「しかし、これだけ人がいてよく見つけましたね」

「運が良かったね。ふと見て、すぐに気がついたよ。早紀さんみたいな美女は目立つからねえ」

 小野田は再び早紀に会えた事が嬉しい様だった。


 少し雑談をしていると、ふと昨晩の泥棒騒ぎの事が話題になった。ちなみに、少し恥ずかしかったので、パンツである点は伏せておいた。

「――へえ、泥棒? そりゃあ、災難だったね。まだ捕まらないの?」

「そうなんですよ。本当に困ってるんです」

 早紀が言った。

「けしからん輩が出てくるもんだねえ。まったく。僕も協力させてもらおう」

 小野田は憤慨して、犯人逮捕に協力したいと申し出た。早速、由衣や早紀とあれこれ話し始める。しかし滝澤は、その後ろ姿を神妙な眼差しで見ていた。


「――由衣」

 滝澤が由衣をこっそりと呼んだ。

「どうしたんですか?」

「……怪しいと思わない?」

 滝澤は神妙な顔つきで由衣を見た。

「怪しい? 何がです?」

「何がって、下着ドロの事よ。あのおっさん……小野田さんって怪しくない?」

「ええ? まさか。いや、でも……ありえなくは……ないけど」

 しかしそうは言ったものの、懐疑的だ。

「でしょ? 今日、本当は岡山にいないはずなのに、急遽延期になったとか、怪しさ満点でしょ」

「いや、でも――小野田さんって結構有名な作家だし、下着泥棒なんてするかな」

「そんなのわからないわよ。あのおっさんのエロ親父っぷりは昨日見せてもらったわ。あれはまちがいないわよ」

「そ、そうかなあ」

 由衣にはどうも断定できない。いくら何でも、という気がする。

「そうに決まっているわよ。――早紀!」

 滝澤は早紀を呼んだ。早紀はどこかを見ていて、気がついていない。

「ちょっと、早紀?」

 早紀の方をたたくと、気がついた。

「あっ、先生。すいません。どうしました?」

「どうしたって、こっちのセリフよ。どうしたの?」

「いえ、また見られている視線を感じたもので」

 早紀はまた、誰かの視線を感じた様だった。

「ええ、本当に? まったく罪なオンナね。まあとにかく、それどころじゃないのよ。下着ドロを捕まえるわよ。ターゲットはあのエロ親父、小野田!」

「ええ? まさか」

 早紀は驚きを隠せない。しかし、滝澤は鼻息が荒い。

「まさかも、何もないわ。ヤツよ、犯人は。早紀、準備して」


「――な、なんだ! 君達、一体どうしたっていうの?」

 早紀によって、あっさりと組み伏せられてた小野田は、何がなんだかわからないという表情だ。滝澤はニヤニヤしながら、小野田の顔を見ると、「さあ、来なさい」と言って人気のない方に連れて行った。

「一体どうしたっていうんだ? 僕は何もしてないぞ」

「しらばっくれてもダメよ。観念しなさい!」

「何をしたって言いたい? わけがわからん!」

「あんたでしょ、由衣のパンツを持ってたのは。まったくこれだから、おっさんは」

「パ、パン――? いや、いや、ちょっと待ってくれ! そんなの知らん! 僕じゃない!」

 必死に抵抗する小野田。

「さあ、由衣のパンツを出しなさい!」

「だから知らんと言っとるだろう!」

 ひたすら言い争いを続けている。早紀が間に入った。

「とりあえず落ち着いて」


「僕は昨晩はずっと家にいた。寄り道せずに家に帰ったから、日が暮れる前には家に戻って来ていたんだ。なんなら、うちのカミさんに確認してくれてもいい」

 小野田は必死に弁明する。由衣としては、やはり犯人は小野田ではない気がして来た。

「そもそも君達が、どこに泊まっているのかを知らん。宿泊先は聞いてないし」

「本当にぃ? 嘘ついてない?」

「ついていない! 絶対に!」

 滝澤と小野田は、お互いに睨み合っている。


「あ、あの……」

 背後から声がした。振り向くと、そこにいたのは渋川荘の息子、翔太だった。

「あれ、翔太くん? どうしたの?」

 由衣は突然現れた翔太に声をかけた。それに、滝澤も気がついた。

「うん? どうしたのよ。あら、翔くんじゃないの」

「ご、ごめんなさい!」

 翔太は突然、頭を下げて謝罪した。

「え、ええぇ! まさか……」

「ぼ、ぼくなんです。持っていったのは……ごめんなさい……」

「ま、まあ、とにかく事情を話してほしいな」

 由衣はあまりにも意外な事に、かなり驚いた。――まさか、こんな子が。もう小学生なら興味を持つものなのだろうか……。

「はい……」

 翔太は消え入りそうな、か細い声で答えた。それを見ていた小野田は、周囲を見渡して得意になって言った。

「うむ、これで僕の疑いは晴れただろう!」

「ま、まあ……しょうがないわね」

 滝澤はどうも不満そうである。

「……僕を犯人にしたいだけじゃないだろうな。君は」

「そんな事はないけど……チッ」

「ああ、やっぱりそうなんだろう! ひどい!」

 またふたりで睨み合っている。由衣はあのふたりは放っておく事にした。そして翔太の方を見た。

「それで……持っていったものはあるの?」

 早紀が言った。

「はい……これ」

 翔太は後ろに持っていたものを、由衣達の前に差し出した。しかし、それは由衣達の探しているものではなかった。ピストルだ。もちろん、おもちゃ……これはエアガンの様である。

「え? ――あれ、これは?」

 由衣は手渡されたものを見て驚いた。

「……僕、どうしても触ってみたかったんだ。最初の日に、睦美おばさん達が海に行った後、おばさん達の部屋に用があって入ったんだけど、そこでカバンが開いてて……これが見えたんだ」

「ちょっと、どうしたの? ってそれ、エアガン?」

 滝澤がそばにやって来た。

「あ、もしかして私の?」

「うん……」

 翔太は母である女将から、先週泊まっていた客から、忘れ物があるかも、と連絡を受けて、翔太に確認に行かせた。翔太が探すと、すぐに発見されたのだが、ふと滝澤の開いたままのバッグからエアガンが見えた。翔太はそれに興味を持った。

 忘れ物を女将に渡してから、ちょっとだけ、と思って内緒で滝澤のエアガンを持ち出してしばらく遊んだあと、返しに行こうとすると、由衣達が帰ってきたので、返すに返せなくなった、と言う事だった。

 実を言うと、最初はもう少し前に部屋に行ったのだが、由衣達が着替えをしていたので、一度引き返していた。ちょっとだけ覗いてしまったのは内緒だ。

「なぁんだ、翔くんエアガン好きなの?」

「う、うん。かっこいい」

「だったら言ってくれたらいいのに。まあ、未成年の翔くんには撃たせられなけど、うちにきたらたくさんあるし、いくらでも見せてあげるわよ」

「え? おばさん、本当ですか?」

「本当よ、いつでもいらっしゃい」

「う、うん!」

 翔太は嬉しそうに答えた。

「それにしても……なんでエアガンなんて持って来てるんですか?」

「え、そりゃそうでしょ。やっぱり護身のためには、忍ばせておくのが普通でしょ」

「いや、普通なわけないし、そもそも護身用とか言いつつ簡単に持って行かれたんじゃ……」

「た、たまたまよ。こんな事はまれよ、マレッ!」

「しかも、いま気がついたんですか?」

「え? いや、まあ――」

 完全に忘れていた様だ。いい加減な話である。


 とりあえず小野田と翔太は違うと判明したが、肝心の犯人はまだ見つからない。

「や、やっぱり幽霊……いや、そんな……」

 由衣は青ざめている。幽霊など信じていないが、少し怖くなってきた。

「それは飛躍しすぎだわ……」

「とりあえず、考えても始まらないな」

「今は海水浴を楽しみましょう」

 早紀はそう言って、とりあえず保留する事を提案した。


 夕方、旅館に帰ってくると、ちょうど女将と出くわした。

「お帰りなさい。洗濯物、後で部屋に持って行くわね」

「ありがと、スミちゃん」

 滝澤は難しい顔をしたまま、従姉妹に返事した。


 女将が荷物の束を持ってやって来た。

「みなさん、洗濯物ですよ」

「あ。ありがとうございます」

 渋川荘では、旅館の方で服の洗濯をしてくれる。そのため、長く泊まる際にもそんなに替えの服を持っていく必要がない。

「どう。見つかった?」

「ダメね。まったく完全犯罪ね。困ったものだわ」

 滝澤は両手を挙げて渋い顔をした。そして、早紀が女将から洗濯物を受け取った。早紀はそれを、それぞれの持ち主に分けるために、一旦畳の上に置いた。その時、束の中にあった由衣のジーパンから、ふと白い小さい布が落ちた。

「あら、これは何かしら? ……下着だわ」

「え? そ、それは……」

 紛れもなく、紛失した由衣のパンツだった。

「あれ、どうして?」

「多分、洗濯物に紛れていたのかしらね?」

 早紀は、それが答えであろう事を口にした。

「ええ、そんな結末? ちょっと、そんなのアリなの?」

 滝澤はかなりガッカリしている様子だ。

 

 結局、洗濯物に紛れ込んでいた。

 真相は、持ってきた替えの下着をカゴに入れて、そのまま服を脱いでカゴに放り込んだ時、何かの拍子に脱いだ服に紛れていただけだった。具体的には、その時に履いていた七分丈のジーパンの内側に紛れ込んでしまったのだった。

 ない事に気がついた由衣が、慌ててカゴの中を漁ったため、さらに紛れて中に入ってしまい、結局そのまま洗濯された。しかし、運よく干されている間も落ちる事なくジーパンの中に引っかかっていたため、ここでようやく発見される事になった。


「真相がわかってしまえば、本当にくだらない事だったなあ……」

 由衣は、浮き輪に乗っかって浮かんだまま、つぶやいた。

「そうね、先生はあんなに騒いでいたけど……でも無事解決してよかったわ」

 早紀は由衣のそばで、同じ様に浮き輪に乗って浮かんでいた。

「由衣ぃ! 早紀ぃ! ちょっと、こっちきなさいよ。ボールで遊ばない?」

 滝澤が由衣達に向かって叫んだ。

「――うん、行くよ。ちょっと待ってて」

「夏の海」はこれで終わりです。次章の投稿は未定です。

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