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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
朝が来て
3/43

 ホームセンターサンディから再びマンション近くまで引き返してくると、近くのスーパーマーケット「タナカ」にやってきた。地元のスーパーで岡山市を中心に県内八店舗ほどある。野菜や果物などは地元産の物を販売しており、割と地域に根ざした店である。

 マンションからは歩いて五分くらいのところにあり、由衣も時々利用している店だ。

「さあ到着。そういえば、晩御飯は何を作るの?」

「由衣は何が食べたい?」

「そうだなあ……何がいいかな……」

 相変わらずだが、由衣は優柔不断なところがある。

「お店で食材を見て決める?」

「あ、うん。まあ、そうしようかな」

 結局決められなかったので、店の中で決める事にした。


 今は午後三時過ぎである。夕食の為の買い物に訪れる客はまだ少ない。入り口のカゴを取ると、早速中に入っていった。店内もそんなに客の数は多くなく、のんびり見て回る事が出来そうだ。

「あの……由衣」

 ふいに早紀が声をかけてきた。と思ったら、ふいに由衣の手をにぎった。

「早紀?」

 突然の事に由衣は動揺した。

「嫌?」

「そんな事……全然」

「——よかった」

 早紀は微笑んだ。

 由衣の手に、早紀の手のぬくもりが伝わってくる。とても力強く、そして、とても優しい、そんな相反する感覚が伝わってきた。そんな感覚に少しだけ我を忘れていた。

「……由衣?」

 早紀は、どこかおかしい由衣の様子に気が付いた。

「いや、なんでもない。なんでもないよ!」

 慌てて否定すると「さあ、なにが美味しいのかな!」などとつぶやきながら、早紀を引っ張るように店の奥に進んでいった。


 店内に入って、少し経つと……由衣は少々困っていた。

 それは、かなり目立つ事だった。とりあえず早紀はとても美人だ。背も高くプロポーションも良いので、そのスーパーの中では、とにかく人目をひくのだ。しかも上は白いTシャツだけなので、よく見ると薄っすらとブラジャーの形が見えていた。――これはよくない。周囲に見せないようにしたいが、指摘するのも変だろう。どうにかしたかったが、どうにもならなかった。

 また、早紀は笑顔で由衣の手を握って歩いている。早紀は周りの目など、何も気にしていない風だ。しかし由衣には、周囲の目が突き刺さった。

 夫婦で来ている買い物客の中年男性が、ジロジロと早紀を見ている。向こうにいるスーツのおじさんもだ。ちなみにそのおじさんは、何でこんな時間に店で買い物をしているのか不明だ。あっちにいる太ったおばさんも早紀を見ている。ちなみに由衣は気がついていないが、もちろん由衣も相当の美形であり、周りの人達の注目を集めていた。

「由衣、何か食べたいものが決まった?」

 ふいに早紀の声が聞こえた。

「え? ああ……ええと、ごめん。何て言ったの?」

「食べたいものは決まった?」

 再び早紀が言う。

「ああ、そうそう食べたいもの。食べたいものだね、うぅん」

 由衣は並べられている食材をジロジロと見回した。しかし、特に思いつかない。

「そういえば私、カレーライスの作り方を勉強したのよ。前にカレーが好きだと言っていたから」

「ああ、そうなんだ。あっ、そうそう。カレーだ。カレーがいいね。うん、カレー」

「カレーライスがいいの? じゃあ、そうするわね」

 早紀は由衣に笑顔を向けると、カレーの材料をさがし始めた。


「じゃがいも、にんじん、玉ねぎ……牛肉も。それから……」

 早紀は必要な具材を手にとってはカゴに入れていく。

「あ! しまった」

 由衣は突如思い出したように言った。

「どうしたの?」

「米……ご飯がない」

「え?」

「うちには炊飯器がないんだ。ご飯炊くの面倒くさいから……」

 由衣は炊飯器は買っていなかった。作るのが面倒だからというのが理由だが、由衣はあまり食べない事もあって、わざわざ焚くなら、少量のレンジで温めるタイプ……要するにレトルトのご飯を買ってきた方がよかった。

 近年、レトルト食品はかなり進化している。え? こんなものが? という種類の多さに付け加えて、味も相当なものだ。便利な世の中である。

「今日はレトルトを使うわ」

「うん、明日にでも家電量販店に行ってみよう」

 それにしても、由衣の記憶力は相当に凄まじいはずだが、日常では割と抜けたことをよくやる。由衣自身でも本当に優れた頭脳を持っているのか疑問を感じるのだった。


 惣菜コーナーに出くわした。

「いろいろあるね。あ、鶏の唐揚げだ」

 なかなかおいしそうに見える唐揚げだった。しかし、あまり量を食べられない由衣には、買ってもどうせお腹がいっぱいで、食べるのは無理であろう事が予想された。

「由衣は唐揚げが好きなの?」

「うん、そうだね。食べやすいし。今までも時々買ってたよ」

「じゃあ、また今度メニューに加えなきゃ」

 早紀はそう言って笑った。

「楽しみにしてるよ」

 惣菜コーナーの隣に移動すると、今度は寿司や弁当などが並んでいる。

「あら、お寿司だわ。安いわね」

 早紀はパックに入った、二百円のにぎり寿司セットを見つけた。この一角には、他にも値段の違うにぎり寿司がある。二百円のは一番安いものだ。

「ずいぶん安いな。でも、多分あんまりおいしくないと思うよ」

「そうなの? 確かにこっちの五百円の方が、見た目にもおいしそうに見えるわ」

 早紀は五百円の方を見た。

「わたしもそう思う」

「由衣はお寿司は好きなの?」

「おいしいと思うし、好きだったんだけど……」

「?」

「わたしね、実は生肉や魚が食べられないんだよね……体質的に。どうしてなのか、いまだにわからないけど、食べるとどうもお腹が痛くなって……」

「まあ、そんな事が……」

「ちなみに、焼いたり煮たりすると大丈夫なんだけどね。要するに生がダメで。野菜は生でも大丈夫なんだけど」

 由衣は生肉や、生魚が食べられない。今の姿になった後、どうも胃腸の調子がそれらを受け付けないのだ。サラダなど、生野菜は何ともない。おそらくアレルギーなどの体質的なもので、改善するかはわからないと言われていた。由衣固有の症状のひとつである。

「由衣は辛いのね。食事にまで制限があるなんて」

 早紀は由衣の手を少し強く握りしめて、由衣の顔を見た。

「――まあ、もともと好き嫌いが多いから別にいいけどね」

 苦笑いして頬を掻いた。

「由衣、食べられないものは教えてね」

「うん、えっとね……」


「これでよし」

 由衣と早紀は、買ったものを袋に入れて持った。大きな袋は早紀が持ち、由衣は小さな袋を担当した。

「じゃあ帰ろう」

「ええ」

「まだ帰ったらやる事多いからね。サンディで買ったものを部屋に持ち込まないと」

「そうね、たくさん買ったわ」

 そんな事を話しながら、ふたりは駐車場に向かった。

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