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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
サイクリング
22/43

 七月の上旬、ようやく梅雨も明けて、暑い夏がやってきた。由衣にとっては、苦手な季節である。いや、暑いのも寒いのも苦手なのだけど。


 由衣と早紀は、今日あるものを受け取りに行く。

 それは自転車だ。それもスポーツタイプのもの――ロードバイクとかマウンテンバイクだとかいう自転車である。

 由衣は発症前、自転車が趣味だった。会社への通勤は、片道十キロあったにもかかわらず、へっちゃらでクロスバイクで通っていた。現在は、この非力すぎる少女の身体であるがゆえ、自転車は大変で、長く乗っていない。以前はクロスバイクで通勤して、日曜日にはロードバイクで五、六十キロを走っていたのだが。

 そんな由衣が今頃になって、どうして自転車にまた乗ろうと考えたのか。それには少し時間を遡る事になる。


 二ヶ月ほど前……。

「――早紀、何を見てるの?」

「これよ。自転車よ」

 早紀がiPadで見ているのは、サイクリング関連のブログだった。

 そのブログは、知人の勧めでクロスバイクを買って通勤していたところ、次第にハマって現在では、ロードバイクで休日に百キロも走るなどして、それをブログで紹介しているのだ。

「へえ、ロードバイクかあ。いいね」

 由衣もクロスバイクで通勤していた事があり、少し懐かしい。現在では体力的に長時間走るのは大変だろうが、それでも自転車は乗りやすいといえる。

「ヨーロッパは自転車のスポーツが人気があるわ。小さい時に両親に連れられて、ツール・ド・フランスを見に行った事があるのよ」

「へぇ。わたしも興味あったけど、とても見に行ったりはできなかったなあ」

「まだ小学生の頃だし、あまりよくわかってなかったけど、あの迫力だけはまだ憶えているのよ」

 早紀は子供の頃、両親がまだ生きていた頃を思い出して、懐かしさに微笑みが漏れた。

「いいね。ロードバイクか……」

「お金が貯まったら、一台買ってみようかなと思っているの」

 どうやら早紀は、ロードバイクを買おうと思って、いろいろとネットを調べていたらしい。

「買うんだ。どのメーカーを買うの?」

「まだ決めていないわ。二十万円前後のものを買おうかと思っているんだけど」

「そんな安物買うつもりなの? もっと高いのを買えばいいのに」

 スポーツタイプの自転車というのは、値段を見るとピンキリだが、多くの人にとっては、「三十万円を超えるか」と、「二十万円を超えるか」という辺りが境目になるのではないだろうか。三十万円以上のモデルは、やはり高額モデルのイメージがある。二十万円以下のモデルは、いわゆるエントリーモデルで、買いやすいものの性能面では大した事はない。

「そんなにお金はないわ。それに十分よ。アルミ素材だし」

「やっぱりカーボンがいいよ。というよりも、わたしが買ってあげるから、もっといいのを買うべき」

「でも……いつも由衣に甘えてばかりじゃ……」

 早紀は困った顔をしている。しかし、由衣いからしたら、お金に困る事ないのだから、いくらでも使ったらいいのだ。確かに自分で働いたお金で買うというのは、とても良い事だ。しかし、せっかくだからカッコイイやつに乗って欲しかった。

「早紀はいつも遠慮しすぎだよ。もっと甘えてほしいくらいなんだから」

 実際には、由衣の方が早紀に甘えすぎているのも原因のひとつだが、それは言わなかった。

 結局、早紀は最後まで自分のお金で買うと言った。そのため、安いロードを買う事になるわけだが……。


 由衣達が自転車を買った店は、岡山市内にある割合新しい店だ。「サイクルベースSOMA」という。ここの店長である相馬一貴は、五年ほど前に大手自転車店から独立する形で、開業した。生真面目なところが面白くない、と言われる事もある様だが、逆にそれが信用できると評価されてもいる。

 基本的にとても優秀で、自転車に関して、技術も経験も県下では一目置かれている。

「見えてきたよ」

「楽しみだわ」

 早紀は五台停められる、広くない駐車場に車を入れた。三台止まっていたので、二台分空きスペースがあった。これはラッキーだった方で、午前中の早い時間にやってきたのが良かったのかもしれない。午後だとまず止められない事が多い。実は、初めて来た時は止められなくて、少し離れたところにある有料駐車場に止める羽目になっていた。

 店の入り口には、まさに「走っています」という自己主張の強いロードバイクが、設置されたスタンドに並べられている。由衣は少し興奮気味に目の前のロードバイクを見た。

「あるねえ、どれもかっこいいね」

「選手がいるのかしら?」

「いや、それはないんじゃない?」

 店に直接乗ってくる様な人は、どう考えてもアマチュア――ホビーレーサーというやつだろう。

「いらっしゃいませっ!」

 入り口の近くにいた店員が、笑顔で出迎えた。

 由衣と早紀は店の奥に入っていく。奥のカウンターに店長を見つけて声をかけようとして、反対に声をかけられた。

「いらっしゃいませ。ああ、白鳥さんと早川さんですね」

 店長は笑顔で話す。まだ来店二回目だが、顔を憶えてくれている様だ。

「できていますよ。どうぞ、こちらへ」

 そう言って、店内の一番奥のスペースに案内された。

「あ、いらっしゃいませ!」

 店長の奥さんが、そこに置かれた二台の自転車をチェックしていた。

「こちらが白鳥さんの、コルナゴCXーZEROです。それから、こっちが早川さんのトレックFXです」

 そうなのだ。実は、由衣も買っていた。以前乗っていた事もあり、今回がきっかけにまた乗りたいと思い始めたのだ。ただロードバイクは厳しいかもと思い、クロスバイクにしたが。もし楽しく乗れそうなら、後日ロードを買ってもいいと考えていた。ちなみに買ったのは、あまり高額なモデルではない。あまり高いやつを買って、マニアに目をつけられても面倒だと思ったからだ。自転車好きな連中は、知らない人でも割とすれ違いざまに挨拶したり、声をかけたりする。由衣は、自分がどのくらい走れるかまだ未知数だし、ろくに走れず、自転車ばかりが高級なのも格好が悪いと思った。

 そして、早紀のロードバイクはコルナゴである。有名なイタリアのメーカーだ。その中でも中堅クラスのもので、約三十万円ほどだ。随分高額なものを選んだと思うかもしれないが、早紀はもっと安いものを選ぼうとしていた。

 しかし店長は、安いものを買って、後で高いものに買い替えるよりも、初めから高いものを買ったほうが、結果的に満足できるという事と、この店では、カードが使える上にローンも組めるので、一括で払えなくても大丈夫だという。

 それに由衣の説得もあって、より高額なモデルを買う事にしたのだった。


「うん、これで大丈夫」

 店長と若い店員は、うまくフォレスターのラゲッジに二台の自転車を入れると、満足そうに微笑んだ。

「意外と入るものですね」

「うん、出す時も、こうやってこっちから出すと傷つけずに出せますよ」

 店の不要な段ボールなどを間に挟んで、うまく置けるようにしてくれたのだ。

「――ありがとうございます。それでは」

 早紀が店長達に言うと、店長の「ありがとうございました」という声に見送られて、由衣達は帰路についた。


 マンションの駐車場で自転車を下ろした。

「久しぶりに乗るなあ。うまく乗れるかな?」

 ニヤニヤしながら自転車をながめる由衣。

「大丈夫よ。ひと息ついたら乗ってみる?」

「いいね。そうしよう」


「——いいわ、いい調子よ」

 早紀は、ヨタヨタとゆっくり進む由衣を応援している。

「――い、意外と……乗れる、かな?」

 少し危なっかしい印象ではあるが、なんとか乗れている。スポーツタイプの自転車というのは、効率的にペダルを回せる様なサドル位置にセッティングされる。しかしこうすると、サドルに跨ったまま両足を地面につける事が出来ず、どうしても不安に感じてしまう。

「ガンバレ、由衣!」

 早紀は笑顔で手を振っている。由衣の表情は、真剣そのものだ。しばらく乗り続けて、少し慣れてくると、「ちょっとマンションを一周してくると言って、駐車場から出て行った。

 ――なかなかいい感じ。

 由衣は調子よく乗れている事に気分がよくなった。


 ちなみに早紀は、いとも簡単にロードバイクを乗りこなしていた。相変わらずだが、早紀はすごい、と由衣は思った。

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