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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
朝が来て
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「この部屋でいい? もうひと部屋あるんだけど」

 由衣は、自分の寝室の隣の部屋に案内した。

 ここは何も置いておらず、要するに使っていなかった部屋だ。広さは由衣の寝室と変わらない。使っていないだけに綺麗な部屋である。

 昨日、疲れからか居眠りしてしまった早紀が起きたのは、午後七時頃だった。それからふたりで夕食を食べに出て、それから早紀はホテルをチェックアウトする為に一度ホテルに戻った。その夜はホテルで眠って、早紀は翌日荷物を持ってやってきた。

 問題は、マンション側が新しい同居人に同意してくれるかだったが、意外にも誰も反対しなかった。

 由衣の住むマンションは、新しい入居者に対して審査があり、それを通らないと入居が認められない契約があった。煩わしいことだが安全性を重視して、この様な仕様になっている様だ。

 由衣は、早紀の素性……元ドイツの政府法執行機関の出身、などと言ったのが良かったのかもしれないと思った。セキュリティを破って侵入してくる様な、治安に不安を感じる様な事件があったし、そういう人が近くにいるというのは、心なしか安心できるという事だろうか。

 ちなみに……男性の住人達には、反対するどころか、歓迎ムードだった。鼻の下をだらしなく伸ばしたその表情は、情けないといったらない。

 ――まったく、おっさんどもときたら……由衣はその様子に呆れていた。


「いいお部屋だわ。とっても素敵よ」

「必要なものを買い揃えないといけないね。なんにもないし」

 由衣は、何もない部屋の中を見回して言った。

「そうね、何が必要かしら……着替えは必要かしら」

「着替えもそうだけど、ベッドとか家具が必要だと思うよ」

 由衣は来客用の布団すら持っていなかった。前のアパートでは予備があったが、以前コーヒーをこぼした時に汚れた為、引越しの際に捨ててしまった。

「そうね。でもすぐにはお金が……」

「お金は気にしなくていいよ。余るほどあるから」

 由衣は少し自慢げに言った。そして財布から一万円札を数枚取り出してニヤリとした。

「まあ。由衣はお金持ちなのね」

 早紀は、目を丸くした。

「まあね、お金なんかに困る事なんてないさ」

「でも……由衣から借りたとして、簡単には返せないかもしれないわ。これから仕事を探さないといけないし」

「別に返す必要なんてないんだ。一緒に暮らすんだし」

「でも……そんな、悪いわ」

 早紀は困った顔をして、視線を落とした。

「じゃあ、早紀がご飯作ってくれるとか、洗濯してくれるとか……それでもいいんじゃないかな」

 由衣は家事はさっぱりだったので、もし早紀がやってくれるなら、とてもありがたかった。

「うん――由衣、本当に何から何まで……ありがとう」

 早紀は少し潤んだ瞳で、由衣の顔を見た。由衣はそんな早紀の表情に、ドキドキしてきた。

 ――こんな時、男だったら早紀を抱きしめて、そのまま……ああ、いけない。いけない。そんなヨコシマな……。

「……由衣? どうしたの?」

「ああ――い、いや。別に抱きし……じゃなくて……」

「……?」

 早紀はキョトンとして、それから由衣を見て微笑んだ。

 ――ふぅ、やれやれ。変な事を口走ってしまいそうだった。気をつけねば……早紀に嫌われてしまう。そう思って気を引き締める由衣だった。


「近所にホームセンターがあるから、そこで買い物しよう。それからどこかで夕食でも……」

 由衣は時計を見た後、早紀に向かって言った。

「ええ、由衣」

「夕食はどこで食べようかな……」

「あの、由衣。できたら私が作りたいわ」

 早紀は少し控えめな風に提案した。

「早紀って、やっぱり料理とかってよく作るの?」

「うん、仕事で作れないこともあるけど、そうでなければなるべく自分で作っていたわ」

「すごいね。わたしは全然だしなあ……」

 苦笑いする由衣。実際に由衣はさっぱり駄目だった。料理そのものには興味があるが、どうも作るのは得意でなかった。包丁を持つ手も危なっかしいのだ。元は割と手先は器用なのだが、今の姿になって以来そうでななくなったらしい。

「じゃあ、早紀に作ってもらおうかな」

「ええ、がんばって美味しいご飯作るね」

 早紀はそう言って微笑んだ。


「――そろそろ買いに行こうか」

「ええ」

 由衣と早紀は一階に降りてきた。

このマンションの一階は、エントランスや管理室以外の部分が駐車場になっている。居住エリアは二階より上である。

 駐車場は、建物一階の屋内部分と屋根のないマンションの敷地部分の二箇所あって、住民には基本的に屋内に二箇所分用意されている。それ以上は屋外にも有料でスペースを持つ事が出来た。

「まあ、これが由衣の車なの? すごいわ」

 早紀は由衣の車、フォレスターを見て言った。

「いや、別にすごいという車でもないけどね」

 早紀にはすごそうに見えるらしい。あまり良い生活ではなかったらしいから、フォレスターでも高そうに見えるんだろうか、と思った。ちなみにフォレスターはミドルサイズのSUVであり、高級車とはいわない。

「さあ行こう」

 由衣は車を発進させた。


 由衣達はとりあえず、ホームセンターにやってきた。車で十分くらいのところにある「ホームセンターサンディ」だ。中国地方を中心に店舗を展開しており、岡山県に本社を持つ地元の会社である。

 さすがに本拠地である岡山にはたくさん店舗があり、実は車で五分もかからないところにも店舗があった。しかし、そこよりも今来た店舗の方が大きくて、家具専門の店舗が併設されている為、わざわざこちらにやってきたのだった。どうせだったらたくさん見られる所の方がいい。

「由衣、たくさんあるわ」

 早紀は、嬉しそうに店内をキョロキョロと見ている。

「あるねえ……さて、どれがいいかな」

 ベッド、テーブル、椅子……いろいろある。とりあえずベッドのコーナーにやってきた。

「どれがいい?」

 由衣は数台置かれているベッドを触ったり、座ってみたりしながら早紀に聞いた。

「どれがいいかと言われると、私にはわからないわ。どれがいいのかしら?」

「ううん、どうだろう……」

 由衣もどれがいいかは判断がつかない。家具を製造するメーカーに勤めていて、かつその設計までしていたにもかかわらず、意外と役に立たない由衣だった。

 早紀が迷っていると、店員が近づいてきた。

「いらっしゃいませ。ベッドをお探しですか?」

「ええ、そうです」

 店員は三十代くらいの女性店員で、あまり派手な感じのしない、落ち着いた雰囲気の店員だった。

「どれを選んだらいいんでしょうね?」

 由衣が尋ねると、「どれくらいの予算を考えていますか?」と聞かれた。

「とりあえず七万円程度で」

 特に根拠はないが、近くに展示しているベッドの値段に近い金額言ってみた。

「それなら選択肢は広いですね。シングルですか? それともダブルが?」

「シングルです」

「なら、こちらなどが良いのではと思いますよ」

 店員は、五台ほどあるシングルベッドのところに案内した。ここにあるのはだいたい三万円から八万円程度のものだ。

「これは少し派手かもしれませんが、こちらのはデザインもシンプルで、落ち着いた印象もあってお勧めですよ」

 そう言って勧めてきたのは七万円のベッドだ。

「値段の割に構造がかなりしっかりしていて、非常に丈夫です。また、組み立てもよく考えられていて、女性でも無理なく組み立てられますよ」

 由衣には見覚えのあるベッドだった。当然だ。――これはフジイのベッドじゃないか。

 フジイは、由衣が以前勤めていた会社だ。家具インテリアなどの製造販売を主としているが、現在はもっと多方面に商品展開している。

 フジイはベッドも二、三点製造したが、オフィス家具がメインだったので、ベッドなどはあまり製造していない。由衣が辞めた頃にはもう製品ラインナップにはなかったはずなので、それ以前からの売れ残りなのだろう。

 由衣はこのベッドの図面を思い出した。自分で設計したものではなかったが、図面は憶えている。構造や特徴も忘れていない。確か、実売価格は十万円程度だった。はっきり言って、これはかなりお買い得だ。

「ふむ、よさそうですね。早紀はどう?」

「うん、由衣がいいのなら私もいいわ」

「じゃあ、これにしようか」

「ありがとうございます」

 店員は笑顔で言った。

「それから……椅子と机も一緒に買おう」

「それじゃあ、こちらへどうぞ」

 店員は、さらに椅子と机まで買ってくれそうなので、とても嬉しそうだ。

 案内されたところは、椅子の売場である。隣に机の展示もしていた。由衣はフジイの製品がないか見てみたが、椅子や机にはなさそうだった。あのベッドはどこか別のところから、たまたま流れてきたものだろうか。

「文章の読み書きができれば、特には何でもいいわ」

 早紀はそう言った。が、由衣は見た目に気に入ったのを選びたいらしく、あれでもない、これでもない、と見比べたりして選んでいた。

「これもいいけど……やっぱり、この部分が……」

「……では、これはどうですか?」

「うぅん、どうかなぁ」

 どうも、いつまでたっても決断できない由衣に、店員は内心苦笑いしているのだろうが、それを表に出さないのはさすがは商売である。


 結局、およそ一時間くらいずっと迷って、ようやく決まった。最後は早紀がこれがいい、と決めたのが決め手になった。

「――では、これらを明日、午後に自宅にお届けいたします。それから、組み立てはお客様でされるという事で」

「はい」

「では、どうもありがとうございました。またのご来店お待ちしています」

 店員はにっこり笑ってお辞儀をした。

 家具類は明日届けてもらい、布団などは今日持ち帰る様になった。男性の店員が台車を持ってきて、買ったものを全部載せた。

「じゃあ、次はスーパーだね」

 由衣と早紀は駐車場に向かった。

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