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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
出会う人達
16/43

「ええと、まあ。これは、どうも……」

 由衣は目の前の男――宇多川真一郎の顔を見て言った。

「こちらこそ。どうも初めまして」

 涼しげな表情の宇多川は、由衣の顔を見たまま、ひと言だけ言ってずっと黙っている。

 ――この人何なんだろう? なんか居づらい……。

 本日の客はふたりだ。宇多川とその秘書、川辺である。

 宇多川は、四年前の二〇一八年に初当選をした、岡山一区選出の衆議院議員だ。三十代と若い上に、まだ大して大きな事はできないであろう、当選一回の新人議員である。

 川辺は丸々と太った大男で、まあ言うならば力士の様な体格の男だ。実際ただ太っているわけではなく、結構体格もゴツい。顔つきも少し怖い。


「あの、今日はどういう用件で……?」

 緊張感あふれる、その場の空気に耐え切れず、由衣の方から話を振った。

「——突然のところ、申し訳ございません」

 川辺が座ったまま、小さく頭を下げた。

「率直に申し上げますと、早川さんに我々の選挙のお手伝いをお願いできないかと、こうしてやってきた次第です」

「はあ、選挙ですか」

 由衣は気のない返事である。それもそうだ。選挙の手伝いなどしたくないからだ。今の生活が気にいっていて、余計な事をしたくないのだ。

「ええ、今年の九月に衆議院選挙が予定されております。宇多川先生はまだ新人でして、再選するにも地盤が完全に固まっているとは言い難いのです。それで、この選挙に勝つためには優秀な方々に協力をお願いしているのです」

「うぅん、わたしはちょっと……そういうのは……」

 由衣は困った。やりたくないので、何を理由に言い訳にしやろうかと考えた。。

 しかし、そもそも宇多川は新人議員とは思えないほど、有能だとテレビなどでも評判である。一年前の国会にて、野党の政府批判に対して完璧な反論を返した挙句、野党の不備を徹底的に指摘した。それに対して野党側はまともに言い返せず、テレビで大恥を晒させた。これで大きく知名度を上げたため、今回の選挙など、新人ながらお国入りせずとも当選確実ではないか、などとジャーナリストは言っている。

 鋭い目つきが、若干怖い印象に感じるかもしれないが、背が高くハンサムな上に、とても弁がたつので、そもそも人気があるのだ。

 ――今年は二〇二二年。今年の九月には衆議院議員選挙がある。無論、もっと早期に解散すれば九月より早いだろうが、今のところ岡沢総理は解散する様子はない。

 二年前の参議院議員選挙は、与党にとっては辛勝だった事もあり、与党の議員は今選挙では必ず圧勝すると、鼻息を荒くしている。


「早川さんの素晴らしい能力を、ぜひ我々の選挙で発揮してもらいたいと思うのです」

 川辺は拳を小さく掲げ、一生懸命力説していた。そんな川辺の横に座る宇多川は……涼しい顔をして、ずっと黙っていた。

 ――この人は……うぅん。由衣は横目で見ていたが、なんだかなあ、という気持ちであった。

 要するに、宇多川はなぜ、由衣のマンションにやってきたのかというと、要するに選挙への協力を求めに来たのだ。さらにいうと、自身の側近となってほしい意図がある様子だった。さっきから秘書の川辺が、その事を小難しい言葉遣いで話していたのだ。

 ――やれやれ。まいったな。


「……飲み物をどうぞ」

 早紀は、宇多川と川辺の前にアイスコーヒーを置いた。

「これはどうも、いただきます」

 宇多川は微笑むとカップを手にとって、ひと口飲んだ。そしてようやく口を開いた。

「——早川さん。早川さんは去年、会社員を辞められていると伺ったのですが」

「はい。そうですよ」

「今はどの様な仕事をされているのですか?」

 宇多川は極めて冷静だ。由衣も何を考えているのか、その表情からはうかがい知れない。

「……えっと、今は、投資をぼちぼちやってます」

「ほう、投資。どうですか?」

「まあまあですかね」

 実際には、まあまあどころではないが、とりあえずそう答える由衣。

「投資は難しいですね。私も若い頃、父に勉強になると勧められまして。なかなかうまくいかないものですねえ」

「はは、そうですね」

 由衣は会話は得意ではない。あげくに政治家などと何を話すのか……結局、「そうですね」と「はい」ばっかりである。


「――まあ、選挙とは別の話ですが……早川さんは、国連が計画している<発症者>の協会をご存知ですか?」

 突如、興味を引かれる話題が飛び出した。由衣の表情が少し変わった。

「協会、ですか?」

「ええ、来年早々に設立するとか。いろいろと話が進んでいるみたいですね」

「ああ、何かネットだったかで見た覚えが……実際どんな感じのものになるんですか?」

 由衣もこれは気になっていた。

 <発症者>というのは、今の社会において受け入れられている様で、やはりどこか壁を感じている。ある会社でも、<発症者>は<発症者>だけで構成される部署に転属されたりしている。特に特別な業務でもないというのにだ。

 どこでも、というわけではない。だが世間では、あまりそれとは関係ないにもかかわらず、よく分からない存在として、普通の人と区別したがる傾向がある。

「私には詳しい事はわかりません。秋頃になればもっと詳しい事がわかってくるのかもしれないですね」

「そうなんですか。<発症者>のためになる組織になったらいいんですけどね」

「そうですね。日本でも団体がありますが、あれがうまく機能しているのかは、正直疑わしいです。我々政治家も、どうにかしなくてはと思ってはいるのですが」

 宇多川は、苦々しい表情をしているつもりの様だが、由衣にはあまりその様には見えなかった。宇多川は役者には向いていない様だ。

「は、はあ……そうですね」

「日本でも協会設立を支援しています。厚労省は忙しい様ですよ」


「早川さん。今は投資家をされていると言いましたが、やはり<発症者>の方は優れた頭脳の持ち主ですから、得意なのでしょうね」

「ええ、いやそんな事は……」

「すごい事です。できたら、この日本の将来を『予知』してもらえたら、とても素晴らしいのですがね」

「予知……ですか?」

「ええ、早川さんの卓越した頭脳は、もはや『未来を予知する事ができる』のではないか、と私は思っているのですよ」

「いやいや、そんな事できるわけないですよ。超能力者じゃあるまいし」

 由衣は、苦笑いしながら否定した。しかし、宇多川はその鋭い視線で由衣の目を見て微笑した。

「ふふ、では――『予測』してもらえたら、と思うのですが」

 由衣の顔に緊張が走った。

 ――この人……気がついている。わたしが……未来を、情報があればあるほど、正確な『予測』ができる事を。

 由衣は情報さえあれば、未来の状況を正確に予測できる。ありとあらゆる可能性を、常識の枠を遥かに超えた頭脳が計算し、正確な未来を瞬時に導き出すのだ。あくまで予測ではあるが、その正確さは人知を超えている。

「いやまあ、そんなの無理ですよ。はは……」

 由衣は、焦りを誤魔化すように、言葉を濁した。

「と、とにかく。わたしは、政治は無理ですから。すいません」

「どうしても、無理でしょうか?」

「はい、すいません」

 由衣はきっぱりと言い切った。そうすると、宇多川は拍子抜けするくらい、あっさりと諦めた。

「そうですか。いや、早川さん。わざわざお話を聞いてくださって、どうもありがとうございました」

 宇多川はそう言って、軽く頭を下げた。川辺も一緒に頭を下げる。由衣もつられて「あ、いえいえ、そんな。こちらこそ……」と言いながら頭を下げた。


「では、早川さん。気が変わったらいつでもご連絡ください。また、何かお困りでしたら、私に力になれる事もありましょうから、気軽にご連絡くださいね」

「え、ええ……」

 由衣は思った。

 ――宇多川真一郎。どこか危険な男だ。とにかく考えが読めない。何をしたいんだろう?

 宇多川は、ネットなどでいろいろと噂になっている人物だ。いつも涼しい顔をして、清廉な政治家を演じているが、裏では何をやっているかわからない、と。

 与党自由党の中でも、まだ当選一回の新人議員であり、本当に末端の議員である。にもかかわらず、どこか異様な存在感を感じる。

 政治活動も、まだまだ、あまりパッとしない。当然だろう。しかし、何か思惑があって動いている様に感じる。

 ――しかし、わたしの知力は誤魔化しているはずなのに。クリスと同じ<性転換>だから? いや、でも……。

 由衣は何か気味の悪い感覚を覚えた。


 帰りの車の中で、川辺は神妙な顔つきで宇多川に話した。

「――先生」

「なんだね? 川辺さん」

 宇多川は川辺の方を見ず、涼しい顔をしたまま答えた。

「彼女は……早川さんでしたかね。そんなにすごい人物なんでしょうか?」

「君も見ただろう。あの結果を」

 結果とは、数年前から行われている<発症者>の知能を調べる検査である。由衣も以前受けており、なかなかの結果であった。しかし、由衣は大きく注目される事を嫌って、わざと低めになる様に結果を調整した。

「ええ、まあ確かに優れた結果だと思いますが……それでも目を見張るような結果ではないと思いますが」

「そうかね? 僕は彼女ほどの英知を持ち合わせた<発症者>は存在しないと思っているが」

 宇多川は、相変わらず表情を変えずに話している。川辺は、宇多川があの結果で、どうしてそこまで評価しているのか、さっぱり理解できていなかった。ましてや、見た目が完全に子供である。川辺が低く見るのは無理もない。

「私にはわかりません。国内では高いほうだと思いますが、クリス・ハワード……はさすがにと思いますが、フィリップ・ウィルソンやアラン・メルシエらにも遠く及んでいないと思いますが」

 ウィルソンもメルシエも、人類最高峰の頭脳と言われている。ハワードは春頃のある事件で現在刑務所に収監されているが、改めてその知能を検査したところ、なんと測定不能で、もはや「魔法使い」とまで噂されるレベルであるという。

「私から見たら――彼女は、クリス・ハワードに匹敵する「魔法使い」だと感じているよ」

「何が――何が、先生をそこまで……やはり、彼女がハワードと同じ<性転換>だから……ですか?」

「ふむ、まあ――それも当然ある。まあ、とりあえずは……勘、と言ったところかな。川辺さん。今はとりあえず、そういう事にしておいてくれないかね」

「は、はあ……」


「早紀、喉が渇いたぁ」

「はいはい、由衣。アイスコーヒーよ」

 早紀は、ふたつトレーに乗せてやってきた。ひとつを受け取ると、ストローで少し飲んで、ひと息ついた。

「やれやれ、緊張したなあ……」

「政治家の人というのは、珍しいお客様ね」

 早紀は由衣の隣に座った。

「うん、もう来てほしくないけどね。本当に疲れる」

「うふふ、由衣、本当に緊張してたわ」

「もう、しょうがないよ。あんなの。はぁ……」

 由衣は早紀の方に倒れて、早紀の太ももに頭を乗せた。そのまま目をつむってぐったりした。

「――由衣」

 早紀はしばらく、膝枕したまま由衣の頭を優しく撫でていた。由衣の反応はない。いつの間にか寝てしまったようだ。

「今日はお疲れ様。おやすみなさい、由衣」

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