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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
出会う人達
13/43

 今日は島崎に会いに行く。彼女は山陽医科大学病院の看護師だ。去年、二人目の子供を出産し、現在は育児休暇中である。

 島崎友里子看護師。由衣にとってはお世話になった看護師の中では、最も信頼していた。優しく真面目で、どんな時も一生懸命に対応してくれた。本当にお世話になっていた人なのだ。

 しかし退院後、それまで勤めていた会社を辞めて、「フジイ」に就職して以降あたりからは会う機会が少なくなった。忙しくなったのもあるが、生活環境の変化も大きい。それから一年も経たない頃には、妊娠して育休を取って病院でも会う事がなくなっていた。

 その後、職場復帰して時々会う事があったけど、以前ほどではなくなった。

 今回会うのも、思えばとても久しぶりだった。


「こんにちは、原田さん。柴田さん」

 由衣がやってきたふたりに挨拶すると、ふたりともそれに笑顔で答えた。

「おっす、由衣。元気してた?」

「こんにちは。じゃあ行きますか」

 島崎の家には柴田の車で向かう。理由は柴田が一番立場が低いのと、最近車を買い換えたからだ。

「新型アクア、いいですね」

 由衣は後部座席から運転席の柴田に声をかけた。

「ふふふ、いいでしょう。すごく燃費もいいし、ふふふ」

 柴田は少々自慢げな気分だった。

 この柴田のアクアは二代目モデルで、去年マイナーチェンジがあって、フロント周りや内装のデザインが変更されている。特に快適装備が充実している上、内装は質感のアップに重きを置かれた変更で、前期型に比べてかなり良くなっていた。

「かなり人気らしいし、納車長かったんじゃないですか?」

「そうです、四ヶ月待ちですよ。私、車の納車がこんなに長引いたのは初めてです」

 このアクアはマイナーチェンジ後に、さらに人気が加速して、納車が追いつかない状況にまでなっていた。

「しっかし、それでよく買ったわねえ。私じゃ待てないわ」

 原田は呆れていた。

「原田さんは我慢が足りないんです。待ち続けたからこそ、無事乗る事が出来るたんですよ。ふふふ、そして私はまだ待ち続ける。まだ見ぬ、素敵な旦那様の助手席に座るその日まで!」

 柴田は急にスピードアップした。

「ちょ、ちょっと柴田! 落ち着きなさい!」

 その後しばらく、怖い思いをする由衣と原田だった。 


 島崎の家は、岡山市北区西小松にある。ちょうど宇野線の、JR大元駅から割合近い場所だ。歩いて五分くらいである。

 実は、中仙道にある由衣のマンションからは、そんなに遠くない。車で十分かそこらで行ける距離である。そんな近くだったら、時々訪ねていってもよかったなとも思った。

「ここが、島崎さんの家か」

 由衣は島崎の住むアパートを眺めて呟いた。三階建ての少し小ぶりなマンションで、十世帯分部屋がある。比較的新しいのか、綺麗な建物だ。

「由衣の高級マンションとは比較しちゃだめよ。失礼だから」

 隣の原田は由衣を見てニヤニヤしている。

「しませんよ。わたしのマンションと比べても、しょうがないでしょう。島崎さんは島崎さんだし」

「ふたりとも何やってんですか、行きますよ」

 柴田が二階に上がる階段の前で由衣達に向かって言った。由衣と原田は柴田に続いて階段を上っていくと、二階の一番奥のドアの前に行った。柴田がインターホンを押すと、少しして、ドアが開いた。

「あら、いらっしゃい」

 島崎は相変わらずの穏やかな表情で三人を迎え入れた。

「島崎さん、お久しぶり! 元気してた?」

「ええ、退屈するくらいよ。うふふ」

「ど、どうも。お久しぶりです」

 由衣は少し緊張した顔つきで挨拶した。

「早川さん、本当に久しぶりですね。元気でいました?」

「え、ええ。全然元気ですよ」

「そう、よかったわ」

 島崎は微笑んだ。その時、由衣の視線の下の方に気配を感じた。そちらを見ると、そこには男の子がいる。島崎の足に抱きついて、じっとこちらを見ていた。

「早川さん、初めてよね。この子、長男の和也よ」

「ああ、えっと……和也くん、こんにちは」

 由衣は少々引きつった笑顔で和也に話しかけた。

「ほら、和くん。ごあいさつは? こんにちはって」

 母親に促され、小さな声で「こんにちは……」と言った。大人しい子の様だ。

「和くん、久しぶりねえ。元気にしてた?」

 原田はそう言って、和也の頭を撫でてやった。和也は少し嬉しそうに「うん……」と答えた。

「まあみんな、入って。飲み物用意するわ」


 島崎の家は、よくある2LDKのアパートだった。以前由衣が住んでいたアパートとも、割合似た様な間取りの部屋だった。

「綺麗な部屋ですね。さすが島崎さん」

 由衣はキョロキョロと見渡しながら島崎に言った。

「ありがとう。綺麗に掃除しておいてよかったわ」

 島崎は笑った。原田は、今日が土曜なのに島崎の夫がいない事に気がついた。

「ねえ、そういえば旦那さんは?」

「ああ、今日は仕事なのよ。先週から忙しくて、来週も休日出勤になるって言ってたわ」

「忙しいんですね。家族の時間が欲しい時なのに」

「この間、主人も同じ事を愚痴っていたわね。でも五月は、毎年忙しいからしょうがないわ」

 島崎は苦笑いしていた。島崎の夫は、県南部に大きな工場を持つ、大手化学会社の社員だった。この時期は、担当する生産設備の定期修理期間であり、なかなか休めないのだった。

「ま、とにかく今回の主役にまず会わせて欲しいわ」

 原田が島崎に言うと、島崎は「隣よ」と言って、居間の隣の部屋に来客を招き入れた。


「わぁ、かわいい!」

 原田はまだベビーベッドの上に眠る島崎の娘を見て、目を輝かせた。静かに眠るその姿はとても愛らしく、見る者に自然と笑顔がこぼれた。

「素敵ですよねえ、ああ、やっぱり私も早く結婚したい……」

 柴田は頰に手を当てうっとりしていた。

「ねえ、名前なんていうんだっけ?」

「真奈美よ」

「かわいいじゃない。いいわねえ! やっぱりいいわよねえ。私も頑張って早く作らなきゃ」

「うふふ、そうね。原田さん、頑張って」


 再び居間に場所を移して座談会が始まる。

「――職場復帰は……正直ちょっと心配だわ」

「え? どうしてですか?」

 柴田は皿の上に盛られたクッキーをひとつ摘むと、ひと口食べた。

「最初の子の時はそうでもなかったけど、やっぱり二回目となると……」

「大丈夫だって、そもそも長期に育児休暇で休んでたんだから、誰もそんなに要求しないでしょ」

「それよりも結構人手不足が……今年とか新人の数減ってますし」

「そうよね。それに派遣の人が増えたわよね」

 原田は少し不満そうな顔をしている。

「看護師のなり手が減っているのもあるんだろうけど。だからって派遣でっていうのもね……」

  近年、派遣看護師は増えていた。患者数の増加と、それに伴う激務で正規看護師をやりたがらない人が出てきた。看護師はどこも人手不足で、派遣といっても職を失う事はほぼ無いに等しい為、正規より業務が楽な派遣を選ぶのだ。年収も派遣とはいえ四百万円近くになる為、生活に困る事もなかった。また、准看護師は数年前からなるべく減らす方針で、看護師は正規か派遣かという区分けになりつつあった。

「派遣の人って残業できないし、辛いわ……」

 原田は、隣に座ってる柴田にぐったりともたれかかった。

「何してるんですか、まとわりつかないでくださいよ」

「柴田ぁ、疲れたわあ」

「だからって私に!」

 ふたりのじゃれあいを由衣と島崎は笑顔で見ていた。


「二、三年前は患者数がだんだん増えていってたけど、最近はむしろ減ってますよね」

 柴田が言った。

「そうなの?」

 由衣が言った。無限に増加傾向にあるとは思っていなかったが、思ったより早く頭打ちになったものだと思った。

「それでも由衣が入院してた頃よりはまだまだ多いわよ。うちでも三十六人よ」

「三十六人もいるんですか?」

 由衣は驚いた。自分の入院していた頃に比べて随分増えている。これで減っているとは……。ちなみに最も多かった時は、四十八人だった。

「手は回ってるの?」

 島崎は少し心配そうな面持ちで原田や柴田の方を見た。島崎の育休前も近い患者数ではあったが看護師の数も減っているというし、大変そうだと感じた。

「結構厳しいです。<発症者>へ対応できるスタッフも多くないし」

「治療できないっていうのが、そもそも厳しいのよね。発症が始まったら、止まるまで苦痛を和らげるしかないっていうのがね……」

 原田は柄にもなく苦渋の表情だ。

「せめて、痛みをどうにかして除いてあげたいけど、薬も個人差があって、思う様にいかないのも問題ですよ」

「この間さ。岡本先生、<若返り>で苦しんでる患者さんの両親に詰め寄られてて、対応に困ってたよね。気持ちはわかるんだけど、先生だって、私達だって必死なのに」

「ヤブ医者呼ばわりされてましたね。さすがにひどい。大勢の前で」

 柴田は不満そうな顔をしている。

「治療が確立できてないだけに辛いわね」

「どうにかならないものですかね。一番不味いのは、対応がいつも後手に回っているって事ですよ」


「それじゃあ、また遊びに来るわ」

「ええ、いつでもいらっしゃい」

 島崎は由衣達三人に笑顔で手を振った。

「和くん、またね」

 原田は島崎の息子、和也に向かって手を振った。和也は原田を不思議そうに見つめながら手を振った。

 由衣は島崎がすでに母親である事、そして時間は流れているという事を、改めて実感させられた。

 ――島崎さんももうそんな歳なんだな。私が入院してから、かれこれ七年経ってる。

 由衣は車の窓に映る自分の顔を眺めた。この顔に変わってしまって以来、まったく変わっていない。

 ――私の周囲は時が流れて、私はずっとその流れに取り残されたまま。このままもっと差が離れていくのだろう。

「由衣、どうしたの?」

 助手席から原田が声をかけた。

「ううん、なんでもない」

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