五
「滝澤先生……これは何の冗談ですか?」
由衣は緊張感をにじませながら、滝澤を睨んだ。
「あら、そんなに怖い顔しないで。好奇心旺盛な子猫ちゃんは、長生きできないわよ」
早紀に銃口を向けたまま、不敵な笑みを浮かべる滝澤。早紀は表情を変えず、口を開いた。
「目的は?」
「――秘密組織ブラックキャット……の一員、だとしたら?」
妖しげな眼差しで早紀を見て口端を釣り上げた。
「ブラックキャット……聞いた事がないわ。何を目的に動いているの?」
普段の温和な表情がなりを潜め、極めて冷静に言葉を発する早紀。しかし、由衣はどうも違和感を感じていた。
「ふふふ。そうね、世界征服とでも言っておこうかしら……でもそんな事を聞いてどうするの? あなたはここで終わるのよ」
滝澤は、絵に描いた様な悪党のセリフを吐くと、引き金を引こうとした。が、早紀はそれよりも素早く、しゃがみこむ様にして滝澤の懐に飛び込むと、銃を持った右腕を殴打し、そのまま足を掴んで滝澤を転倒させた。
「きゃっ!」
拍子に落としてしまった拳銃を、早紀は素早く蹴って遠くに離すと、腕を締め上げて押さえつけた。
「観念しなさい!」
「あいたたた……ちょ、ちょっと! 冗談よ、冗談! 本気にしないでよ!」
早紀に組み伏せられた滝澤は、慌てて叫んだ。もう片方の腕をバタバタさせて必死にもがいていた。締め上げられて半泣き状態だ。
「冗談で済む問題じゃないでしょう!」
「だ、だから――よく見てよ、それ! 本物じゃないでしょ!」
「どういう事?」
滝澤の言葉に早紀は戸惑った。
由衣は滝澤が持っていた拳銃を手にとって見た。この銃の事はある程度、知っている。シグザウエルP226E2――高い信頼性から、非常に評価の高い拳銃だ。スライドにプリントされたE2の文字と、このエルゴノミクスグリップが特徴だ。また、このプラスチックのボディは……え? いや、P226は金属製のはずだ。
案の定、よく見たら……エアガンだった。
「早紀、これ……おもちゃ……」
由衣はあっけにとられた表情のまま、早紀を見た。早紀も驚きの表情である。
「どういう事?」
「と、とりあえず……放してくれないかしら」
「え、ええ……」
早紀は滝澤から離れた。ゆっくり起き上がると服をはたく仕草をした。
「あの……滝澤先生。これは?」
「これはも何も、私の趣味よ。私、銃が好きなのよ」
少し照れ臭そうに喋った。
「いわゆる、ガンマニアっていう……」
「ええ、そうよ。何か?」
滝澤は由衣を少し恨めしそうに睨んだ。
「――あ、いや……何も」
「もう、せっかく余興でちょっと格好つけて驚かそうとしたら、すごい勢いで組み伏せられるんだから。私の方が怖かったわよ」
「あ、あの……すいません……」
早紀が申し訳なさそうに頭を下げた。
「まあ、いいけど。私の方こそ冗談が過ぎたわね。それにしても早紀さんって何か格闘技でもやってるの? とても一般人には思えないけど」
「ま、まあ、いろいろあるんだ。早紀にも」
「ふぅん。まあ、触れられたくない過去もあるわよね」
滝澤は、部屋のトラップを解除すると、ふたりを招き入れた。由衣は部屋をぐるりと見回して驚いていた。
「もちろん、これらはすべてエアガンよ。ガスに、電動に……」
「……これ、全部エアガン……なんですか?」
由衣はあまりの事に、あっけにとられている。
「ええ、そうよ。よかったら持ってみる? すごく興奮するわよ」
早紀は手前にあったM4ライフルを手に取った。早紀は本物を撃った事がある。覚えのある重量感と質感だった。
「よくできているわ。ぱっと見では判断がつかないかも」
「そうでしょ。それはアメリカのメーカーのものね。精巧さに定評があるのよ——」
滝澤は得意になって語り出した。この種の人は趣味について語りだすと長い。案の定、長々と説明している。いつまで経っても終わらないので、由衣はうんざりした。
壁の一面には二十から三十丁はあろうかと思われるライフルが飾られている。
「ふふふ、いいでしょ。これなんてステキなのよ」
滝澤は、SCARーLというアサルトライフルを手に取った。ベルギーのFNハースタル社の開発したアサルトライフルである。滝澤が所持しているのは、フラットダークアースというベージュ系のカラーをしたライフルだ。銃というとブラックカラーのイメージがある為か、由衣には新鮮だった。
「次世代よ。ふふふ、うふふふふ……」
「あ、あの……先生?」
由衣は少し心配になった。
「そういえば、さっきの秘密組織とかいうのはなんですか?」
「え? 別に……ちょっとカッコイイじゃない。私は秘密組織のエージェントっていう役で。ちなみに私のコードネームはスカーレットよ」
滝澤は得意そうに語っている。由衣はそれを聞いて、あまりの事に、ぽかんとしていた。
「……もしかして、ごっこ遊びか何かだったのかしら」
早紀は少々、拍子抜けの様子だ。
「ああ、何? なんか文句あるのかしら? いい大人がやっちゃ悪い?」
滝澤はふたりを睨みつけた。
「い、いえ……そういうわけじゃ」
「ていうか先生、中学生みたいですね……ふふっ」
凄んでくる滝澤に、由衣はもう笑いがこらえられていない様だ。
「なんでスカーレットなんですか?」
「なんでって、かっこいいからに決まっているじゃない。世界を裏から支配するべく結成した秘密組織ブラックキャット! そして私は、美しき暗殺者スカーレット!」
滝澤はエアガン片手にポーズを決めた。格好良く決めたと思ったらしく、得意な表情である。
「……ぷぷ、ふふふ……そ、そうですか……ふふ」
「な、何よ! あなた達、失礼ね!」
怒る滝澤を尻目に由衣は大笑いした。そして、早紀も少し吹き出しそうだった。
自宅に戻ってきた由衣と早紀は、リビングでのんびり雑談に花を咲かせていた。
「滝澤先生、面白い人だったわ」
「……面白いっていうか、相当奇抜な人だと思うけど。あそこまでの人はそうそういないなあ」
由衣は、岡本が奇抜な性格の人だと言っていたのを思い出した。しかし、あれではそれ以上ではないか、と思った。
「お医者様として優れた人だと思うし、別におもちゃの銃が好きでもいいと思うわ」
「まあ、それもそうだけどね」
由衣は自分の部屋から、エアガンを一丁持ってきた。
「わたしは先生ほど好きなわけじゃないけど、時々撃ってみたくなる時はあるね」
「ふふふ、ダーツみたいな的当てのゲームとして遊ぶ分には楽しいでしょうね」
由衣は、リビングの奥に置いてある樹脂製の的に向かって一発撃った。ギリギリ的に当たったものの、少しづれていたら壁に当たっていただろう。由衣は以前から時々撃っているが、割と下手である。
「早紀、撃ってみる?」
「ええ」
早紀は由衣からエアガンを受け取ると、すぐに狙いをつけて撃った。――見事、的の中心に命中した。続けて二発三発と撃つが、すべて真ん中に命中していた。
「やっぱり早紀はすごいね……」
「慣れもそうだし、銃の癖を理解すると狙い通りに当てやすいと思うわ」
その夜は滝澤のことで話が弾んだ。当初のクールな印象より、かなり奇抜で子供っぽい人だとわかっただけでも、今後も親しく付き合っていけそうな気がした。
「今度、うちに招待したらどうかしら?」
「いいね、そうしよう」




