四
由衣と早紀は滝澤の自宅に招かれた。
「さあ、入って」
滝澤がふたりを招き入れた。滝澤は終始笑顔である。
「お邪魔します……」
ふたりは奥の部屋に案内された。
「この猫のぬいぐるみ、可愛いわ」
早紀はチェストの隅に置かれた大きめの猫のぬいぐるみを見て言った。丸っこい体型のキジトラである。
「そうだね、ここにも猫の置物がある」
由衣は、サイドテーブルに置かれていた、陶器かと思われる猫の置物を見た。これはスマートな体型の白猫だ。
「私ね、猫のグッズを集めるの好きなのよね」
「ああ、そうだったんだ。そういえば、この前も猫グッズがあったなあ」
思い出せば、結構あちこちにあった記憶がある。滝澤は得意になって「まだあるわよ」と言って、奥からあれこれ持ってきた。
「そんなにあるんですか?」
「ふふ、そうよ。このキーホルダーとか、カワイイと思わない? よかったらプレゼントするわよ」
滝澤はそう言って由衣に微笑んだ。
「それでね……」
三人で雑談に花を咲かせている時、ふいに玄関のベルが鳴った。
「あら、誰か来たみたいね。ちょっと行ってくるわ」
滝澤はそう言ってリビングを出ていった。
「……わたしもね、本来はこのくらいの大きさが丁度よかったなあ」
由衣は室内を見回してつぶやいた。滝澤がすぐに戻ってこなかったので、ついあちこち見て回っていた。
「そうね、確かにひとり暮らしだと、由衣のマンションは広すぎるわ」
「今は早紀もいるからそこまででもないけど、それでも空き部屋あるからなあ……」
「たぶん四人家族くらいで丁度いい広さだと思うわ」
「だよねえ」
由衣の住むマンションは基本的に四人家族くらいが生活する事を想定した設計の様で、実際、由衣が買うと決めた際は、不動産会社の担当に驚かれた。
当初、マンション側は本当に住めるのか疑問視したが、想定よりもさっぱり売れていない状況に背に腹は変えられない様だった。
しかし大見得切って、高い買い物をしたくて広すぎるにもかかわらず購入した。
「ま、早紀がいてくれてちょうどよかったんだ。まさに早紀と出会う事を予見して買ったんだ。なんてね」
「うふふ、由衣はすごいわねえ」
「あ、いや……冗談だけどね……」
「ていうか、先生まだ戻ってこないね」
「そうね」
早紀は、リビングの入り口から玄関の方を覗いた。なにやら話し込んでいる様子で、まだ終わりそうにない。
「まだかかりそうだわ」
「ま、しょうがないね」
由衣はそう言って、リビングの隣の部屋を見た。リビングとは引き戸で仕切られているが、半分開いていたのだ。
「こっちの部屋もきれいにしてるなあ。ってここは寝室かな?」
よく見ると奥側にベッドがあった。センスの良さそうな机と椅子もそばにあり、洋書と思われる英語の背表紙が本棚に並んでいる。タイトルを見るに、遺伝子やら免疫やら、果ては進化論だとかいう本まである様で、さすがは医者だと思った。<発症者>に関する本も十数冊ある。和書だけでなく洋書もある。タイトルがドイツ語の本を手にとって開いてみたが、当然内容もドイツ語だ。読めるが、興味がないのですぐに閉じた。
「あら、こっちにもドアがあるわ」
早紀は、入ってきたところとは別のドアを見つけてつぶやいた。
「うん? もしかしたら、そっちが本来の出入り口なんじゃないの。そこから廊下に出られるんじゃ」
「なるほど、そうね」
早紀は納得したのか、リビングの方に戻ろうとしていた。由衣はドアから廊下に出てやろうと、ドアを開けてみた。
「こ、これは……」
由衣は驚愕した。ドアの向こうは廊下ではなかった。そこは部屋だった。
そして、その部屋の中には……おびただしい数の銃があったのだ。
「早紀……これ……」
由衣の声に早紀がやってくる。
「どうしたの? まあ……これは。すごい数ね。一体どういう事かしら」
早紀は、部屋へ顔を入れずに、ドアから入ってすぐ側面を覗いた。物騒な部屋の様子に、早紀の顔にも緊張の色が見える。
「とりあえず見てみよう」
そう言って由衣は部屋に足を踏み入れようとした。
「――待って」
早紀は部屋に入ろうとする由衣を制止した。早紀はドアの付け根の下を指差した。そこには何らかの小さな装置が取り付けられていた。
「え? これは……」
何らかの光学センサーと思われた。全く気がつかなかった。更に早紀がドアの付け根の反対側を指差すので、そこを見ると、そこには拳銃の銃口がこちらを向いていた。センサーはどうやらそこに繋がっている様子だった。
「こ、これって……まさか……」
由衣は驚愕の表情だ。早紀も表情が険しくなった。
「そのまさか、かもしれないわ」
早紀は滝澤を問いただす為に振り向こうとした。
「何をしているのかしら?」
ふいに背後から滝澤の声が聞こえた。振り返ると――そこには銃口が向けられていた。
「あら、あなた達……ダメよ。そんな事をしちゃ。いけない子猫ちゃんね……ウフフ」