1-5 ハングリー精神あふれる《狼男》事件
その後のお話。
エジソンさんはスーツに細工がしてある事を、そして細工したスーツを渡したのがこの店のスーツ担当であるオートク・チュールさんであると突き止めた。
警官の何人かは納得出来ていないようでしたがそこは大人の権力と言うか、グレアム刑事の人望の厚さによって皆なんとか納得できた……と言うか、させたみたいです。
私はと言うと今回の、安い賃貸料の下宿先を探した事で事件に巻き込まれた事を、警察を通じて本国に伝わったみたいで、本国からの要請によってタレイア音楽大学の外部寮、私なんかが住むだなんておこがましいほどに立派な寮に特例として住む事を許されました。
庶民派で、貯金精神を母からしつけられていた私としては、出来る限りお金は温存と言うか、使わないように心掛けていたのですが……。
タレイア音楽大学に無事に入学出来た私は友達を作って、授業は日本語でないこと以上に専門的だったり日本とは曲の感じ方が違ったりと、大変な事もありますが精一杯音楽の勉強をさせていただいております。
さてこれはその後の、《狼男》事件についての後日談です。蛇足のような、話なのですが、よろしければ読んでくれればいいなと思います。
ー1873年9月23日
タレイア音楽大学一回生 滝廉華よりー
◇
学生寮に来た私宛ての連絡が来ました。ワシントン州にある自宅のアパートに来ないかと言う、エジソンさんからのご連絡でした。
私としては、もうトーマス・エジソンさんに会うことはないだろうと言う面持ちで居たので、正直予想外の事ではありましたが、文面に添えられていた言葉が気になったので行く事にしました。
『あの事件の、《狼男》事件の真の黒幕が分かった。話してやるから来い』
アパートへと入ると、エジソンさんが紅茶を飲んで待っていました。私の顔を見るなり、「ふむ、来たか」と言っていました。
とりあえずソファに座るように、目の圧力だけで命じていたので私は反抗するまでもなく、ソファに座っておきます。
「日本人は緑茶が好きだと聞いているが、紅茶で構わんよな?」
「え、えっと……は、はい」
「ふむ。なるほど、ではこのとっておきの緑茶はまたの機会に披露させていただこう」
そう言って緑茶をしまって、紅茶を汲むエジソンさん。
……いや、あるんだったら普通に緑茶が飲みたいんですけれども。
「ほら、飲め」
「は、はぁー……」
流石ですね、エジソンさん。
人が飲むペースとか、いつ飲むかという事を全く配慮していない発言ですね。
「……《狼男》事件の事なんだが」
「は、はい!」
「あの《狼男》事件の、オートク・チュールに指示を出していた黒幕の正体が遂に判明した。そしてこの間グラハム刑事に指示を出して逮捕させたから、事件に少し関わった君にもその情報を教えてあげようかなと思ってね」
あの事件って……確か犯人であるオートク・チュールさんを、エジソンさんが魔法で燃やしたという事件でしたよね? その事件の黒幕とは一体……。
「オートク・チュール、あんなバカな彼が人を《狼男》に変える魔術をどこで覚えたのかが気になっていたんだ。つまり、《狼男》に変える魔術を誰が、あの男に教えたのかと言う事を探っていたのだ。
もし彼になにか助言出来る立場にあるとしたら、彼が尊敬する相手だと思ったのだ。そしてそれが誰かと言うのが分からなかったんだが――――つい先日、特定出来た」
そう言って、エジソンはメモ用紙に達筆な文字で書いていた。
「これが犯人の名だ」
「えっと……これって漢字ですよね?」
「そうだな、『八社宮 祝詞』と書いたのだが、どうだ? きちんと書けてあるだろう?
日本の文字はとにかく多くて、さらに形も様々だ。米国で使われるアルファベットのように26文字以上あって、使われている文字が多すぎて覚えるのに苦労するね。こんなのを日本人全員が覚えているとは思いもしなかった。日本がこんなに勤勉化が進んでいる国だとは、考えを改めるべきだな」
どうしよう、まったく褒められている感じがないんですが……。
「……でこの八社宮祝詞って、誰でしょうか?」
「なにって会ってはいないけれども、名前は既に見ただろう? あまり記憶力に自信がないボクも覚えているのだが、どうしてお前は覚えてないんだ? それともこれくらい覚えてないのか?
『テイラー・キング』の二階で注文品や女物の担当と書いていたノリト・ハサミ、それがこいつだよ」
「あれって……名前だったんですね。しかも日本人……」
てっきり『ノリとハサミ』なんて名前的に、なにかの冗談かと思ったんですが……。
「『祝詞』とは調べた所、日本の言葉では"神を祭り神に祈るときに神主が神前で申し述べる古体の文章"という意味なのだろう? つまり、超自然的存在に対して呪文を唱えるという意味では魔術となんら変わらないのであろう。
つまりはこの『八社宮祝詞』という女性は、なんらかの魔術と関係していると見ていたのだが、それが見事に当たってしまってな。どうやら彼女は魔女だったらしい」
「ま、魔女?」
「あぁ、それはもう間違える事なき、完璧な魔女だった"らしい"。彼女の住んでいた家には、多くの魔術的な品があり、そのうちの1つにあの人を《狼男》に変える魔術の糸を作成するための道具があった。
らしい、とはこの人物が獄中に入ると共に死んでいるからなのだが、このような表現になったのだがな」
八社宮祝詞さん。この人がどう言った人物なのかは逮捕する際の情報程度しか入って来なかったみたい。それでもエジソンさんはお話をしてくれた。
八社宮祝詞、日本出身であってその家系は神道に関わる血筋だったみたい。要するに超人的な事を行う、魔女と言っていいものだそうなんですが、私には正直よく分からない。
そんな彼女は日本から、海外の進んだ裁縫技術を取り入れるためにこのアメリカのワシントンに来た人なのだそうですが、技術を取り入れるために行った場所でイギリスの人に日本人だからとろくに技術を学べなかったらしい。
それによってイギリスを恨むようになった彼女は、魔法という才能を使ってドレスなど女物が作りたかったオートク・チュールを利用してイギリスという国に復讐する事を選んだというのが、エジソンさんの見解らしい。
「まぁ、今となっては彼女が日本に居る時か、それともアメリカに渡った後なのかという魔術をいつ手に入れたのか、分からない点は多々ある。しかし既に彼女は死んでしまっていて、確かめる術はもうないのだから仕方がないと言うのが全てなのだが」
「は、はぁ……うん、そうですね」
結局、真実は闇の中と言うのが正しい表現なのでしょうか。
まぁ、黒幕だと思われていた八社宮祝詞さんも死んだのだから、これ以上は調べられないと言うのが見解なので、これ以上は分からないので仕方がないんでしょうけれども……。
「……ところで忘れていたのだが、お前が通う大学ってなんという名前だったか? 確か……音楽大学だってのは覚えているのだが」
「え、えっとタレイア音楽大学ですけれども……」
「ふむ、タレイア音楽大学か……」
「なるほど、なるほど」と、なんか納得したように頷いているエジソンさん。
「……まぁ、気を付ける事だな」
「な、なにを!?」
えっ? な、なんのことなんでしょうか?
独自の能力で事件を嗅ぎ当ててるエジソンさんに言われると、なんか説得力がすごくあって怖いんですけれども……。
「……ともかく、強く生きてくれ。――――ところで、お前は誰だっけ?」
「だ、だから滝廉華ですって!」
これが、今回の事件の後日談。
この事件であった謎の男性、トーマス・エジソンさん。まさかこの事件以降も会う機会があるだなんて、その時は思いもしませんでした。
……そう、タレイア音楽大学の七不思議である、あの《吸血鬼》の事件で会う事になるとはその時の私は、思いもしなかったのでした。
次回予告(仮)!
タレイア音楽大学で学生として、学んで行きながら毎日を過ごす滝廉華。
しかし、学園の先生が居なくなった事で事態は急変する。
焦る生徒達、夜間外出禁止令、倒れる生徒達、広がる感染者という《吸血鬼》。
そして存在しない二〇四五号室に居ると言う、真祖の《吸血鬼》。
全ての流れが人以外の犯行を示すとき、彼は再び彼女の前に現れる!
第2話、二〇四五の《吸血鬼》事件。
COMING SOON(嘘)
と言う事で完結です。続きを書くかどうかはポイントと感想によって決めさせていただきます。
皆様、ご愛読ありがとうございました。