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1-4 ハングリー精神あふれる《狼男》事件

「――――これが《狼男》化のトリックだ」


 そうやってエジソンさんは私の首筋にそっと手を添えて、そこから"汗"を取って見せていた。

 ……え、えっと私が身構えたのは一体、どうなったんでしょうか?


「あ、あの……もう良いでしょうか?」


「……ん? もう良いぞ。と言うか、そんなに身構えてくれなくて構わないぞ。犯人を追いつめている状態で、キス待ちをしてるだなんて非常識だね」


 いきなり女性の顔に顔を近づけて来る男性の方が、よっぽど非常識だと思いますけれども……。


「そんな事よりも、今重要なのは汗だ。ボクが知る限り、汗をかかない人間は存在しない。

 背中や胸、そして頭などに汗をかくが、これは主に体温調節や緊張した時などとして用いられる。重要なのはこれが頭に見られる事だ。首筋に汗をかくのは自然な事であり、別に可笑しな事ではないだろう。

 一説には首筋にかく汗は虚弱な人や精神不安の人などに多く見られ、つまりはストレスによってかく汗だと言えよう。就活の面接に緊張していた者ならば、かいてもおかしくない汗だ。

 恐らく、そこに並んでいるスーツに細工がしてあり、ある程度の量の汗をかくと《狼男》になるように細工していたのだろう。スーツ担当ともなれば、ある程度自分の自由に使う事が出来るだろうからね」


 そう言って、エジソンさんはスーツのうちの一着を手に取る。

 スーツの首筋のところの布地を触っていたエジソンさんは、その布の裏から赤黒い糸を取り出して納得していた。


「この赤黒い糸に魔力が込められているのかな? 明らかに既製品のスーツに取り付けられる糸ではないようだね。そしてこの糸は首筋に縫い付けられているみたいであり、この布地は他よりも薄いみたいだね。

 この布のおかげで肉体と赤黒い糸とは直接的に触れる事はないようだが、汗と言う水分を含む事によって肌と魔力の糸が混ざり合って、《狼男》として変容するというプロセスなのかな?


 事件が起こったのは鉄道会社を中心にレストランや自動車製造会社、さらには屈強な警備で有名な蒸気機関の軍事施設にまで及んでいたみたいだけれども、その企業全てアメリカではないイギリスの会社だ。

 イギリスの会社に就活するのだったら、19世紀にイギリスで生まれたスーツを着るのが普通だ。より良く見られたいと思う就活生ならなおさらだね」


 「これに気付いたのは先日の、ホショウ・ダイーさんの事件だよ」と付け加えていた。


「スーツ担当ならば就活生にスーツを勧めるふりをして、どこの会社に行くのかという世間話や汗をかきやすいという体質などの話もするでしょう。店長や2階の女物担当の人がスーツを勧めるよりかは、スーツ触れる機会も、細工をする機会も十分に多いだろう。

 ホショウ・ダイーさんの一件はと言うと、彼が就活の面接の時は緊張せずに汗をかかずに、内定を取れた嬉しさで走ってかいた汗で《狼男》になったという話だろう。それで本来殺すはずの鉄道会社の幹部ではなく、母親殺しになってしまったのは計算外なのだろうけれども。

 つまり、オートク・チュール。君は就活生が特に緊張する場面、面接の時にかく汗で《狼男》になるように仕組んだという事だ。それがお前の犯罪、《狼男》事件の結論だ」


 そう決めつけるように、いや結論付けるようにしてエジソンさんは推理を終えた。

 理屈として通っているその話に、オートクさんはと言うとぶつくさとなにか呟いていた。


「え、えっとオートクさん?」


「……分かるはずがない。この事件は《あのお方》が考えたこの策が、こんな青二才なんかに見破れるはずがないのだから。そんな事でこの我の行動は止まる事がないのだ、そうこの行動は止まる事がないのだから――――」


 そう言ってオートクさんは上着を脱いで、並べてあった新品のスーツを手に取ってそのまま自分に着込んでいた。


「"我変わる、故に我変わるなり"」


 そうやってオートクさんが呪文を唱えると共に、彼が着た新品のスーツが白く光り輝く。

 そしてむくむくと、まるで空気でも入るかのようにして巨体へと変わり、そして両腕が人間ではない獣の腕へと変わっていく。そして顔が完全に獣のそれに変化した瞬間、銀色の《狼男》は大きな獣としての唸り声をあげていた。


『アォォォォォーン!』


 銀色の《狼男》と化したオートクさんを見て、エジソンさんは「素晴らしい! 興味深い変身だな」と言っていた。


「……なるほど、ノルウェーなどに伝わる北欧神話の狼の毛皮を着た者(ウールヴヘジン)のようだな。狼の毛皮を被って狼と転じるあれと同じように、スーツという服を着て転じるのか。なかなかに興味深いな。

 まぁ、あれだけ追い詰めれば背中に汗もかいていただろうし、本人自身も変化できるというのは予定の範囲内ではあるな」


「か、感心してないでなんとかしてください!」


「ふむ、そうだな。とりあえずは――――これで様子見だ」


 そう言ってエジソンさんが懐から取り出したのは、銀色の銃であった。片手で持つにしてはちょっと大きめのその銃には、銃身(バレル)の上に蒸気を圧縮する蒸気機構が取り付けられていた。


「蒸気銃エア・シューター!」


 エジソンが引き金を引くと共に、白い蒸気の塊が《狼男》に向かって放たれていた。

 しかし銀色の《狼男》はと言うと、まったく相手にしてないような感じでこちらに向かって来ていた。


『ガルルルルゥ!』


「ちょ、ちょっと! ぜ、全然効いてないみたいですよ? あ、あの魔法は使わないんですか?!」


 私が焦った声で尋ねるも、エジソンさんは「無理だ」と答えていた。


「魔法にもきちんと条件があり、あの時は《狼男》の身体から魔力が漏れ出していたから使えたのだ。

 今回はと言うと銀狼の《狼男》から魔力が出ていないので、魔力の"m"が足らなさすぎるから使えないのである。いや、もし使えたとしてもあの時の相手とは強さが桁違いだろうから、あの時使った魔法ではけん制にしかならない。それでも――――魔法には色々な方式があるのだ」


 エジソンさんはそう言って、蒸気拳銃を今度は新品のスーツに向けていた。そして引き金を引くと、銃から発射された破壊力のある蒸気の塊がスーツへとぶつかり、そのままスーツは細切れの絹となって宙を舞う。


「魔法とは一種の才能が居るものであり、常人には絶対に出来ないと思われているのかもしれない。

 でも、私は――このトーマス・エジソンにとっては違う。魔法とは確かな法則性に導かれた立派な式である。

 今こそ見せよう。魔法の才能を一切持たないこの私が、才能を必要としない魔法を使う"科学"を」


 そう言いながらエジソンはヘッドフォンを指で叩いてトントンと鳴らす。すると、小さな音でヘッドフォンから起動音のような音が鳴り始めていて、機械の内部で音楽のような物が鳴り始める。


「スーツを切り裂いて生まれた魔力を"m"、魔力の動く速度"c"の二乗を"d"と仮定し、そして魔法の発動を"W"とする!

 大量の魔力を持って爆ぜて消えよ!  ――――発現したまえ、『W=md』!」


 エジソンさんの魔術式によって作られた魔法は、大量の爆炎が銀色の《狼男》を包み込んでいた。

 真っ赤な火炎が包み込んで銀色の《狼男》は、業火の中で焼かれて悶え苦しんでいた。そしてゾンビのようにゆっくりとこちらに歩み寄っていた。


『グォォォォォォーン!』


魔力(m)よ、我が声に応えて速く(c)! もっと速く(c)!」


 《狼男》を燃やしていた赤い炎はさらに大きく膨れ上がり、魔力の速度が上がることによって高温へとなっていき、高温の炎の証たる青い炎となって燃やしていた。

 そしてまず尻尾と耳が焼け落ちて行き、そして身体がだんだんと真っ黒な炭となって崩れ落ちていく。



「消え去れ、我が街を汚す《害悪》よ」



 汚れきった、けがらわしいものを見るような顔で、エジソンさんは犯人が崩れ消え去る様を見ていたのであった。その姿が、なんとも私にはおぞましいものに見えていた。


 その後にやって来た警察はエジソンさんのお話を聞いて、真っ黒なすすを容疑者として断定して――――《狼男》事件は容疑者死亡で落ち着いたのでした。

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