1-3 ハングリー精神あふれる《狼男》事件
エジソンさんはとっても強引だった。エジソンさんは足が速くて私が何度も、もう少し足を遅めて欲しいって言ったんだけれども、話を聞いてない様子でさらに足を速めていくばかりでした。
そしてヘトヘトになってなんとか辿り着いたのは、ワシントン州の大通りに店を構える大きなお店でした。看板に黒い文字で『Tailor King』と書かれており、二階建てと言う今の日本では考えられないくらい大きな店でした。
「……テイラー……キング?」
「英語で『仕立て屋の王』と言う意味を持つ言葉だよ。簡単に言えば、ここは洋服店と言う事だ。しかも、この街唯一のイギリスの服も取り扱った店だ。その証拠に……ほら」
エジソンさんの指差す先にはこの店の各階ごとに何を売っているのかが英語で書かれていて、この店の中がどうなってるかが詳細に書かれていた。
『店案内 店主;マスカレード・タキシード
一階……既成品、スーツ・シャツなど男物 担当;オートク・チュール
二階……注文品、ドレス・スカートなど女物 担当;ノリト・ハサミ』
「凄いですね、これならば店の中に何が書いてあるか一目で分かりますし……すぐに故郷でも使えそうですね。早速、メモして置きませんと。
……でも、これがどうしてイギリスの店だと分かるんですか?」
「そんなの、この店案内からすぐに分かって来る事でしょう。君は英語をきちんと学んで来たのかい?」
一応、これでも日本に来た英語教育誌などを読んできちんと英語も学んでいるつもりだったんですけれども……。
「はぁ、一応教えといてやろう。米国式と英国式では階数表示の英語が違い、米国式英語において一階のことは『First Floor』と訳され、それ以降はSecond、Thirdと増えていく。一方、英国では一階のことは『Ground Floor』と訳された後、First、Secondと増えていくのさ。
つまり、一階を『Ground Floor』と書いている事からイギリスの店である事は分かると言う事さ」
「な、なるほど」
「この程度の知識など、イギリス英語を学ぶものとしては当然の知識だがね。一般の日常英会話程度で良いのならば、この知識は知らなくても良いのだが」
私はアメリカにイギリス英語を学んできたのではなく、音楽を学びに来たんですけれども……。
「……それで、このお店に《狼男》事件の犯人が居るんでしょうか?」
「あぁ、多分すぐにでもこの街を苦しめている悪党の顔が拝めると思うぜ。なにせ、もう既にその人物が何者かと言う事が判明しているのだからな。
この事件の謎はもう既に、科学的考察によって全てが紐解かれた」
そう言って、エジソンさんは『テイラーキング』という仕立て屋の扉を開けていた。
扉を開けると、そこには全身真っ白なスーツ服を着た50歳くらいのナイスミドルと言う言葉が相応しい、白い髭の叔父さんが現れました。
「いらっしゃいませ、仕立て屋の王様たる『テイラーキング』へようこそ。私は店主であるマスカレード・タキシードと申します。今日はなんの用でしょうか?」
「トーマス・エジソンだ。スーツ担当の人を――――既製品を売っているオートク・チュールさんを呼んで貰えますかな?」
そう言うと、マスカレード・タキシードさんは「少々お待ちください」と言って奥の、イギリス製のスーツが多く並んだフロアから1人の男性を呼んで来た。
頭に英国マダムが被るようなつば広帽子を被って、首から巻き尺をネクタイのように垂らした緑色のコートの男は、こちらにやって来るといきなり私の手を取っていた。
「美しいご婦人よ!」
「へっ!? ご、ご婦人!?」
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか、ご婦人よ!
あぁ、美しい白魚のような指先に可憐な柔肌とその全てが愛おしい、あなたのお名前は……」
「えっと……滝廉華です」
「タキ! レンカ! あぁ、なんとお美しいお名前なのだろうか!
全ての女性の安寧と平和を願う紳士! 私の名前はオートク・チュールと申します、ミス・タキレンカ嬢!」
そうやって私の手を取って艶めかしく、どこか変態さを感じるような指使いをしてくるオートク・チュールさん。
……ううっ。指使いがなんだか、とっても性的でなんだか嫌ですね。
「オートクだか、テートクだが知らないけれども、とりあえずお前がスーツ担当と言う事でよろしいか? まぁ、なんとなく想像は着くがな」
「……え、えっとあなたはもしや警察組織に多大な影響持つ発明家探偵のミスター・ナニガシさんでよろしいのだろうか?」
「トーマス・エジソンだがな、ナニガシではないのだがな。
突然で悪いがオートクよ」
そう言ってエジソンさんは人差し指を立てて、オートクさんを指差していた。
「――――《狼男》事件。犯人はお前だ、仕立て屋オートク・チュール」
そうエジソンさんに犯人だと断言された相手、オートク・チュールさんは「どう言う話でしょうか?」と普通に疑問を浮かべた答えを出していた。
「《狼男》事件ってあれでしょ……? 最近、新聞とかでも良く取り上げられている10件以上にも及ぶ企業の幹部殺人事件、でしたっけ? その事件の犯人が私だと?」
「鉄道会社を中心に、レストランや自動車製造会社、さらには屈強な警備で有名な蒸気機関の軍事施設という12件の殺人事件。ここでポイントになるのは2点だよ」
そう言って2本の指を立てるエジソンさん。
「1点目は屈強な警備で有名な蒸気機関の軍事施設に《狼男》が侵入しているという事。つまり屈強な力で強行突破したのか、もしくは中から招かれたか。このどちらかだが、《狼男》事件の肝は元々は普通の男性が狼男となって幹部を殺すと言う事件なのだから、中から招かれたと考えるのが自然だろう。そしてそれを解くカギはこれだ」
そう言ってエジソンさんは店に並んでいた、就活のための冊子を――――《テイラー・キング就職者募集》の張り紙を取り出していた。
「就活……?」
「そう、就活。犯人がこの事件で活躍する生贄の羊達を就活生として送り込んでいたのならば説明がつく。つまり、普通に彼らは就活として会社へと入り、そして犯人の手によって《狼男》へと変えられたのだ。
就活ならば、面接の際に人事部長や社長と言った幹部が居ても可笑しくはない。つまりは、犯人はそうやって目標を殺していたのだ」
「な、なるほど……」
犯人は、《狼男》に変えられる人間を就活生として企業へと送り込んだ。
就活生自身はまさか自分が《狼男》として事件に利用されるだなんて思っておらず、そうやって事件は続発して行ったという感じでしょうか?
「そして2点目。どうやって犯人は人間を狼男にしたのかと言うのが問題なのだ。つまりは犯人の目的が問題になってくる。
1点目のどうやって犯行が行われたのかも、無能ながら頑張り屋が多い警察の事だから、就活生が使われていると言う事には気付くだろう。問題はそれがどうやって《狼男》にされたか、だ。
就活生と言っても、彼らは人間だ。企業訪問の前に駅に乗ったり、食事を取ったり、はたまた行かないという可能性もある。そんな彼らに、いかにして操り、犯人が使ったと考えるとこれはまた別問題の難しさだな。単純に手当たり次第かと思ったが――――それも理由が分かった」
「理由が分かった? そもそも私は、女の子を守る紳士であって、そんな低俗な狼に変える魔法使いではないのだが、もし私が犯人ならばどうやって事件を起こしたというのでしょうか?」
オートクさんの言葉にエジソンさんは、私を見て一度頷く。そしてそのまま私の首筋に手を――――って顔!?
「ちょ、ちょっと! い、いきなり何を!?」
「――――動くな」
いや、動くなって言われても!?
いきなり人の首筋に触って、そのまま顔を触れるか触れないかぐらいにまで近づけると困るんですけれども!? 主に、私の倫理観的な意味で!
「――――静かにしてろ、直に済む」
「な、なにを言って――――」
そうやって、ゆっくりとエジソンさんは私の顔に自分の顔を近づけ、分かり易く言うと今にもキスが出来そうなくらいにまで近付けて、そして私の首筋に手を添えて。
「――――これが《狼男》化のトリックだ」