1-2 ハングリー精神あふれる《狼男》事件
オキャク・ダイーさんを殺した人外の化け物、《狼男》を倒したトーマス・エジソンさんに、米国警察に連絡してくれと頼まれました。連絡くらい自分でやったらいいんじゃないかと思うんですけれども、「今は忙しい。面倒な事は人に押し付けるに限る」と言われて、無理矢理押し付けられてしまいました。
今の通信設備は英国と米国が共同開発したとされるグラハム式蒸気通信機――通称、『シグナル』という物しかありませんが、それは政府の関連施設である警察や国連にしか用意されていません。
一対二個で情報をやり取りする機能を持つ『シグナル』は米国の全ての交番に配備されており、市民は交番に事件の報告をするだけで、警察本部と即時に連絡して事件現場に警察が来る仕組みが出来ている。そのシステム自体は書物を読んでしっていたんですけれども、まさか米国に来てその日のうちにそのシステムを使う事になるとは思っても見ませんでした。
「なるほど……で、日本からの留学生のレンカ・タキさんでしたっけ?
大学に通うために下宿先を探して安い賃貸料で貸していたオキャク・ダイーさんの所にやって来たら、いきなり《狼男》に殺された。そして《狼男》を倒した人がトーマス・エジソン、という事か。それでよろしいでしょうか?」
「え、えっと……そうです。はい」
「なるほど」と米国警察本署の刑事、グレアム・レストレードさんは私の言った事を調書にメモとして取り終わると、エジソンさんを見て嘆息を吐く。
「また君かい、トーマス・エジソン。自警団気取りは結構なのだが、いつも君は事件の中心に居るなぁ。
君は事件を解決する名探偵であると同時に、事件を呼び込む死神かなにかなのかい?」
「グレアム刑事、その事については記憶力に自信がないこのボクでも、君に何回も説明したと覚えているよ。ボクはワシントン中に私的に張り巡らせた蒸気式魔力感知器――『スチャーム』によって、街の魔力の異常を検知する事が可能になっているのだよ。魔力の異常事態から事件の発生を知ったのだよ。
この家で魔力の異常を検知したから来ただけであって、確固たる結果に基づいたものなのだよ。だから《死神》などと言う不名誉な称号は止めておいて欲しいのだよ」
「勝手にパイプに私設の装置を取り付けるなと、企業から文句が来てるのだがね……」
「はぁー……」と、グレアム刑事は鳥の巣のようなぼさぼさヘアーをかき乱しながら再び嘆息。そして私の方を見て、「大変だったねぇ」と言ってくれました。
「しかし、これで《狼男》関連の事件も13件目か。こいつも多分、生贄の羊だろうし、こりゃあ、この解決は難しいかね」
「スケープゴート……ってどう言う意味ですか?」
と、私が聞くと、ぼさぼさヘアーをかき乱して、「そいつの事さ」と狼男の状態から元の人間に戻った、全身に汗をかいている大柄の男を指差す。
「《狼男》ってのは、要するに人間から狼の姿になった者の事を言うんだが、ね。この事件は普通の人間が、なんらかの細工をされて《狼男》にされて、企業のお偉いさんを殺させていると言う事件でね。だから、スケープゴート――――"生贄の羊"と言う意味の、《狼男》を皮肉った隠語さ。この事件に関わってる者は、皆そう呼んでるよ。
つまりは犯人は自分の手を汚さずに、第三者を《狼男》にむりやりさせて犯罪を行っているという事。警察は、その細工をした大元を探しているのだよ」
なるほど、と頷く私。
「そしてそれ以上に警察としては、これがどう言う犯罪なのかが警察としてはほとほと困り果てているのですよ。協力者の名探偵が言うには、これは企業への恨みを持った人間の犯行らしくてね。
一企業への恨みを持つ人物ならばある程度どう言う人物が犯人か目星を付けられて、事件としてはすぐに済むんだがね……」
「簡単に要約させて貰えれば、これがどう言う――――具体的にはどの企業を目的にしている事件なのかが分からないと言うのが警察上部の判断という事らしい、と言う事だ。今回の事件は特定の会社や業界を狙った犯行ではないからな。さらに担当区域を越えて、犯罪は起きている。
まったく……アメリカ警察同士で手柄をどの部署が持って行くかなんていう、くだらない話を延々としているだなんて本当に馬鹿げているとしか思えないな」
「エジソン君、そう言った地道な手柄の譲り合いがより良い関係を築くんだよ。もっとも、君からしてみれば非常にくだらなく見えてしまうかもしれないけどね」
警察と言うのは、人々の守護の要であると同時に英雄の見せ場の取り合いであると、グレアム刑事はそう言った。
窃盗ならば三課、殺人事件ならば一課などの、事件によって場合分けがきちんとしているのだと教えてくれたのだが、問題となって来るのはそれが合わさった場合だと言う。
例えば仮にとある殺人事件で追っていた犯人が別の場所で窃盗を起こしていた場合、どちらの手柄になるのかという話であり、この調整が難しいのだと言う。
今回は多くの企業、それも社長クラスの幹部が殺されているので、慎重な作業が要求されるのだとか。
「企業に恨みを持つ人物って言っても、このご時世で企業は恨みの一つや二つを買っているでしょうしね。ほら、就活とかで無責任に、それでいて無慈悲に落としたりするのは別に可笑しくないですからね。だから、どこまでを容疑者として絞り込めば良いかって。
それがほとほと難しくて。いやはや、無能な警察と言われても仕方がないですかな。ハハッ」
自虐的な笑いをするグレアム刑事に対して、「全くその通りだね」と答えるトーマスさん。
……もっと労わってあげてくださいよ。
「で、刑事よ。この被害者の身元は分かったのかい? 勿論、生贄の羊として、本当の黒幕に使われたであろうこの元《狼男》の身元だが」
「あぁ、それね。どうも、やはりこのうちの家の子……ホショウ・ダイーさんで間違いないようだね。
《狼男》になる際に、例によっていつものごとく服は破けてしまったけれども、素性の調査は色々とあるから、まず間違いなく彼が犯人で間違いないでしょう。そんなホショウさんなんですが……今日は叔父のリエキ・ダイーさんが人事部長を務めている鉄道会社へ向かった事が、調査によって裏が取れてますなぁ」
「特に変わった事とかは……?」
私がそう聞くと、「いや、何もなかったそうだ」とそう答えていた。
「そもそも、話を聞いてみるとね。一種の親戚の叔父さんという立場を利用しての、出来レースだったみたいだったようだしね」
「出来レース……そう言えば……オキャクさんも――――」
私はそう言って、オキャクさんの言葉を思い浮かべる。
『まぁ、でも大丈夫よ。なんたって、今回のは大丈夫だって分かってるから。うちの息子も、すごくリラックスした状態でやって、内定もきっと手に入れて帰ってくるわよ』
息子本人の口から結果を聞くまでもなく、既に話の結果が分かっている。そう言う感じであった。
なるほど、人事部長の叔父さんに頼んで就職させて貰うように頼んでいたら、それは安心でしょう。
「ホショウさんはどうも成績などは良いみたいだが、その代わりに人に対して緊張してしまう性格だったみたいでね。本来の力を持ってすれば内定の1つや2つくらい取って当然の人材なのらしくてね。
だから叔父さんなりに、彼の緊張を解いてあげたのだそうですよ。それからは出来レースを抜きにして、他の人達も満場一致で彼を認めたらしくてね。そこになんの不正も見つからなかったので、特に気にしてはないんだがね」
グレアム刑事の言葉を聞いたエジソンは頭の中で繰り返し考えて、そしてポンと自分の手を叩いていた。
「……ふむ、なるほど。緊張してしまう彼は今日は緊張せずに就活を終えた、と言う事か。
なるほど、それで彼は"スケープゴートになれなかった"と言う事なのか」
そんな意味深な言葉を言って、エジソンさんは考え込んでしまう。
「スケープゴートになれなかった……? エジソンさん、よろしければどう言う意味なのか教えてくれると――――」
「――――時間がない、その意味くらい自分で考えろ」
そう言って、エジソンさんは立ち上がるとそのままトボトボと外へと出ていく。
「犯人の目星は着いた。この事件はとってもくだらない、それこそどうでも良い事件だった。
早くこの人物を捕らえないと、ワシントンの街がさらにくだらない血で汚されてしまう。そのために、早く取り押さえないと――――」
「目星が着いたんだな、流石はワシントンの守護の要と言うべきトーマス・エジソンだね。警察も真っ青の、推理力と言うべきでしょうかね。
……ふむ、しかし後処理とかがあるから、今すぐ私は出られないし。困ったな……」
グレアム刑事はどうしようかと悩んで、私の方を見る。
「そうか、君が居たか! 丁度いい、そのエジソンと一緒に犯人の所に行ってくれないかい?」
「え……!? い、いきなりそんな事を言われても……」
人をあんなに恐ろしい《狼男》に変えるような人物なんかに、好き好んで会いたいとは思えません。
私は断ろうと思ったんですけれども、グレアム刑事は「どうか頼む」と懇願してきました。
「エジソンを1人で行かせると言う事自体が怖いからね。彼は推理力は凄いんだけど……それとは逆に人とのコミュニケーションは全然だから。
別に止めろと頼んでいる訳ではなくて、あくまでもある程度コミュニケーション取って欲しいだけだからさ。頼むよ、日常英語ちょっとは出来るだろう?」
「そ、それは……」
その後グレアム刑事に頼まれるようにして、私はエジソンさんの犯人を追いつめるのに協力させられる事になったのです。
これが私がそれからも、エジソンさんと事件をするきっかけになるんですが。
まさかグレアム刑事に、この時点で面倒を押し付けられてたなんて、留学初日の私はそんな事を考えていませんでした。