2-6 二〇四五の《吸血鬼》事件
グラハム刑事から淡々と、この事件の基本的情報とニコラ・テスラさんの名(?)推理という考察を聞いていたエジソンさんは頭を抱えていた。
「こんな駄作としか思えない考察を聞いて、推理として成り立っていると思われる人が多い事こそが信じられないよ。なにせ、この考察には明らかに可笑しな点がいくつか存在しているからな」
そう言って、エジソンさんは皆に見えるように指を3本立てる。
「まず一つ目は、アニータ・ビスマスにかかっていたとされるシーツ。これがホテルのシーツであるから、ホテル業を営んでいる娘であるフランチェスカ・ブロンズが犯人と言うのは明らかに間違った推理である。
わざわざ人に見られないようにするための布という役割ならば、ホテルのシーツでなくても良いはずだよね。むしろベットのシーツとか、あるいは楽器保管室の埃よけカバーでも良いはずだ。だけれどもわざわざ入手し辛いホテルのシーツを選ぶのはむしろ誰かに罪を被せたい、あるいはただ単に自分の近くにあったのかは分からないが、自分の正体をばらすと言う目的ではないね」
「し、しかし! アニータ・ビスマスの手には濡れた格安ホテルのクーポンがあった! それならばこのシーツは被害者の、犯人からの告発だという事も!」
「被害者の告発と言うのは基本的に、被害者が死ぬような事件だ。今回の事件で、一度たりとも犯人――――《吸血鬼》は人を殺すような事件を起こしていない。それにそのクーポンは容疑者の、君が指摘しているフランチェスカ・ブロンズの会社の物とは違う。
シーツは犯人がかけた物だし、今まで《吸血鬼》は証拠らしい証拠を出していないんだから、これが犯人に直接繋がる証拠ではないんじゃない?」
最初に、クーポンがフランチェスカの会社の物ではないと前提条件のように言っていたのは、そこに居るニコラ・テスラさんだった。
その言葉に、ニコラさんは反論が出来ないようでした。
「次に2つ目。この事件が起き始めた時期だ。この事件が起き始めたのは確か……7月か、8月だったはずだよね。ちゃんとした時期は覚えてないけれども、確か夏季休暇の間でも数件、《吸血鬼》が起こしたと思われる事件があったはずだよ」
「それがどうしたと言うのだ! 音楽大学には長期休暇中の間でも、コンクール準備のために学校に来ていた生徒は多い。そして来ていたと報告せずに学校に来て自主訓練していた者も多い。その中にフランチェスカ・ブロンズの名前があると考えれば……」
「彼女、フランチェスカ・ブロンズさんの家はホテル業なんだろう? そしてそこの大手。
そしてホテルと言うのは基本的に夏など、休暇中に人が増える業界である。そんな中、ただでさえ足りないであろう人手を親が手放すとは思えないが?」
……そ、そう言えば私の近所でも家の仕事を長期休暇だからと言って手伝わされてる子が居ました。
親にとっては子供を働かせる事によって、お金を抑えられたり、それから家の仕事を覚えて貰う事にもなるからむしろ積極的に行ってる気がする。
「そ、そう言えば、うち。7月から8月の間は実家のホテルを手伝わされた覚えがあるわぁ。ベッドメイキングとか、お客様のクレーム処理とか、それから旅行プランニングもやってた気もするわぁ。あまりにもいつもの事すぎて、印象なかったけどなぁ」
旅行プランニングってなんだろうと思っているとリジーさんに、旅行そのものをお客様に提案する仕事である事を教えられました。あと、少なくとも普通のホテルの従業員、それも一介の学生がするような仕事でもない事を。
「そして、3つ目。凶器がまず見つかってない」
「ふっ、ぬかったな! 我が永遠のライバル、トーマス・エジソンよ!」
待ってました、とばかりに大きな声でそう宣言するニコラさん。
「確かに所見には、アニータ・ビスマスさんの頭の傷の大きさと完全に一致する凶器は見つかっていない。しかし、ある程度の誤差ならば問題はないはずだ! そう、現場に落ちていたこの指揮棒! 大きさこそ一致はしないが、経常なら完全に一致したという報告が上がっている! ならば、この指揮棒を凶器と断定するのが自然のなg……」
「大きさ、確かに違うけれども。この所見、どうも頭の傷の大きさから指揮棒よりも少し大きいみたいだが?」
「えっ!?」
まさか、と言う形で本当に驚いた顔をするニコラさん。そして彼女の横にすっと、まるで最初からそこに居たかのような自然さで移動したハダリーさんがごにょごにょと指摘する。
「ふ、ふん! そ、それくらい知っていたさ! この天才発明家にして名探偵の、ニコラ・テスラにかかればそのような些事、大した問題でも……」
その言葉を皮切りに、いやスイッチとしてエジソンさんはまくしたてるようにニコラさんに詰め寄りながら喋り出す。
「些事を気にするのが、事件を解くカギであり、発明家として大切な気付きにもなる。小さな異変に気付けないような奴が、大きな事を成すのは不可能だ。
いくら形状が同じでも、物体で付ける傷と言うのは小さくはなっても、大きくはならん。この大学には同じ型の指揮棒が数個あったが、事件現場に落ちていたあれが一番大きいサイズだったらしい。むしろその、大きめのサイズの指揮棒を探す事こそが、今回の事件を解決するキーになると思うが? グレアム刑事、事件の捜査ならその線から洗う事をお勧めしよう。
と言うかそんな事も分からないのかい、それで良く名探偵と言う肩書きを名乗れたものだ。
事件と言うのは、発明と良く似ている。きっかけは些細な事であろうとも、それが積み重なり、さらにそれを一般に、どんな人であろうとも使えるように、分かるようにする。いきなり犯人が分かったり、発明のアイデアが突如出て来て実現できるのなら、我々の脳が存在する意味はないのだ。
――――つまり、ニコラ・テスラ。君の年齢は確か17歳だったか? だったらその17年間は全く持って無意味で、無価値で、どうしようもない屑鉄のような物だ」
「え、えっと……あの……」
「がっかりだ。アメリカにようやくボクと並び立つ可能性がある人物が居るからと、グレアム刑事に言われて来たのだけれども、これなら会わない方が良かった。
その方がまだショックは少なかったよ」
がっくしと、うなだれるようにしてその場に膝をつくニコラさん。
ハダリーさんはそんなニコラさんがこけないように、肩を支えていた。
「ふんっ! とんだ茶番ね! てっきりわたくしはそこの、人を殺してもなんとも思わなさそうな銀の誰かさんの犯人かと思いきや、いきなりポッと出で現れた1年生が犯人かと思って期待してたのに! とんだ茶番ですわ!
早く帰って、ゆっくりしながらピアノでも弾こうかしら! シビラさんにカノンさん! 伴奏をお願いするわ!」
「はいっ! 勿論です、ショコラ様! 私のトランペットの音色で、ショコラ様の気を癒す手助けを致します!」
「……フルートの音色は、気持ちを癒す作用があると思います」
「あら? 流石、わたくしが選んだ2人ね! 褒めてあげるわ! さぁ、行きましょう! オーホホホ!」
勝手に自己完結して、警察官の制止を親の権力で止めたショコラ・ゴルラドさんは2人の取り巻きを連れて部屋から出て行かれました。
「うーん……。この事件、いつになったら解決するのかしら? 私、心配だわ。ねっ、メロディちゃん?」
「…………」
「今日は疲れたわね、警察官さん。そろそろ か え ら せ て♡」
リジーさんは大人の女の人だけが持つ色気をむんむんと漂わせるようにして警察官にお願いして、メロディ・シルバニアさんと共に帰って行かれました。
「……ふむ、興が冷めてしまったな。よし、そこの日本人!」
「えっ、私!?」
既に一度会って自己紹介もしているはずなのに、私はエジソンさんに日本人という大雑把な呼び方で呼びかけられた。
「そう、君だ。後、そこの黒人教師!」
「私は黒人などではない! ただ単に日々のストレッチと鍛錬によって、筋力を維持して肌を日焼けしているだけの白人だ! ちなみに黒人と一般的に呼ばれる人々が住む地域はアメリカにも居るが、これは先天的な影響と環境的な影響で日頃から、他種の人間よりも日が多く浴びている環境で育って来た者達が――――」
「そんな生物学的観点は良いから、1つ頼まれて欲しい。
今からボクは、ある人物と会わなくてはならない。そこまで案内して欲しい」
ある人物? も、もしかして!
「こ、この事件の犯人!?」
「な、なにっ!? まさか我が永遠のライバル、トーマス・エジソンは既にこの事件の全容が見えて……」
そうやって復活して自分に詰め寄るニコラさんを、うるさいの一言で地面に思いっ切り叩きつけるエジソンさん。
……い、いま、ゴキッという鈍い音がしたんですけれども大丈夫でしょうか?
仮にも彼女は女性なんですが……。
「ふむ……そうだな! 君には我が校の生徒の疑いを晴らして貰った恩義がある! ならば、このチャールズ・ダーウィンは君を案内しようではないか! 行くぞ、ワーハハハ!」
そう言って場所も聞かずに、走り出してしまったダーウィン教授。
そしてエジソンさんは、私の顔を見て、
「さぁ、さっさと連れて行ってくれるか?」
「だからどこに……」
そう聞く私の質問に対して、彼はこう答えました。
「この学校で、最も危ない人」
……えっ?




