□☆/小学生の宗一は屋外に響く雷鳴に怯えているがニゴが優しく恐怖を和らげてあげているという設定
〈 □☆ 〉
「宗一さん、あーんしてください」
「え? いや、なんで……」
「いいですから、あーん」
平日の夜。俺は自室でベッドに寝転がりスマートフォンをいじっていた。
そしてそこへ現れたニゴ姉。
姉さんはなんか知らないけどスプーンを差し出して、あーんあーんとしつこくしてくる。
俺はあぐらをかいて背筋を伸ばし、メイド服のニゴ姉はちょこんと正座。スプーンに乗っているのは何故かたこわさびだが、恐らくニゴ姉にとってはなんでもよかったのだろう。なぜかというと――
「宗一さん、辛いものもちゃんと食べられましたね。えらいえらい」
「あのさニゴ姉、なんで突然俺を子ども扱いしたくなったの?」
「では宗一さん、次は膝枕してあげます。まったく甘えん坊さんなんだから。どうぞ」
ニゴ姉が俺の部屋に来た理由は、俺をひたすら子ども扱いしたいかららしかった。
どうして急にそうなったのかは不明だけれど、俺はニゴ姉のどこかピリピリしたような雰囲気に気おされ、言われるがままに寝転んでニゴ姉の膝に頭を乗せた。
ニゴ姉がこちらを見下ろすと、顔に影が差し、おかっぱの銀髪がさらりと流れる。
「宗一さん、今、ニゴの太ももが小さすぎて寝心地が悪いと思いましたか?」
「い、いや別に」
「宗一さん、髪が傷んでいますね。男の子でも身なりは大事です。今度ニゴが一緒にお風呂に入ってちゃんと洗ってあげましょう」
「いやいや」
「宗一さん、学校での四日前の小テストで満点だったそうですね。いい子いい子、よくできました。さすがはニゴの弟です」
「あの……怖いんだけど……なんかあったの?」
ニゴ姉はぴくりと眉を動かし、表情をやや曇らせた。
「怖いですか」
「いや、ごめん、でも絶対変だって」
「それほどまでに異常ですか。申し訳ありません」
「なんか小説とかの影響?」
「いえ、実は……」
ニゴ姉は俺に膝枕をしたまま数十分前のことを話し出す。
数十分前、ニゴ姉は、一階のリビングルームでテーブルの椅子に座り、新聞を読んでいた。
その前の席に姉貴がやってきた。シャワーを浴びた後で彼女の赤い髪はしっとり濡れているが、癖っ毛はまだ主張をやめない。
「ニゴみたいなちびっ子が真面目に新聞読んでると面白いよな」
「響さんも少しは新聞を読んでください」
「おれなんかが新聞読んだら宗一にキモがられるぜ。『姉貴が珍しく新聞を読んでいるというのに今日も空は青く澄み渡り鳥は羽ばたくのだ……』とか言いながら」
「そうでしょうか? 響さんのことを見直すと思いますよ」
くははっそれはねえな、と姉貴は笑い、コップの牛乳を飲む。
ニゴ姉は新聞に視線を戻すと、めくろうとして手を伸ばすが、紙面の端に手が届かない。
小さな口をやや歪ませて身を乗り出し腕をぴくぴくさせるが、小さな手のひらはやはり届かない。腕の伸縮機構を作動させようかと思うが、シャロ姉に「可愛くないからあんまり使っちゃだめよ」と言われているので少し迷う。
その時、姉貴が新聞をめくってくれた。
そして言われた。
「ははっ、やっぱニゴを可愛いと言うシャロの気持ちわかるぜ。今のとか完全に子どもだもんな」
姉貴はニゴ姉の頭をわしわしと撫でると、そのままリビングを去っていったという。
現在。膝枕されたままの俺は、そういうことか、とため息をつく。
「つまりは姉貴のせいか」
「頭を撫でられたのが気に入りません。響さんはニゴの妹だというのに。八つ当たりのように子ども扱いしてすみません。宗一さんが嫌なら、これ以上はしませんが……」
「そう……じゃあもう勘弁して」
「はい」
俺は言ったが、ニゴ姉の微妙な表情の変化を見逃さなかった。ほんの少しだけ、そして一瞬、落胆の色。見ぬ振りもできたけれどどうせ俺は暇だ。それに――
「あー、でもまあ、ニゴ姉がそうしたいのなら、されてあげないでもないけど」
「いいのですか?」 「うん。なんならおしゃぶり咥えようか?」
ニゴ姉は相変わらず表情は薄いが、確かに微笑んだ。
「では宗一さん、だっこしてあげましょう」
「それはさすがに無理がある」
「そうですね。ではこうしましょう」
ニゴ姉は重力制御でふわりと浮き上がり、俺の頭を抱き寄せた。フリルのついたメイド服に顔をうずめさせ、首の後ろに細腕を回す。手で頭をさする。
「よしよし、怖くない怖くない。今、小学生の宗一さんは屋外に響く雷鳴に怯えていますがニゴが勇気づけてあげています」
「設定は大事だよね」
「ほら、あたたかいでしょう? ニゴがいるから怖くなんてありません。だいじょうぶだいじょうぶ」
「うん」
「ニゴがそばにいてあげます」吐息まじりのささやき。「ずっと一緒です」頭の後ろを上から下に優しく撫でられる。「だから泣いてはいけません。男の子でしょう?」
「うん……」
「そうだ、雷が止んだら、宗一さんの好きなオムライスを作ってあげます」とくん、とくんとニゴ姉の心臓の音が聞こえる。「ふわふわ、とろとろオムライス。あと、そろそろサンタさんになにをもらいたいか考えないといけませんね」つむじのあたりに頬が押し付けられる。「いい子にしていたからきっと今年も来てくれます」
「ん……」
「そろそろおねんねの時間ですね」甘い香りにくすぐられる。「ニゴが子守唄を歌ってあげましょう」顔をわずかに綻ばすような気配がする。「宗一さんはお姉さんがいないと眠れない仕方のない子ですね」
ニゴ姉が機械であることを忘れさせるあたたかい体温が伝わり、気持ちが安らかになる。恥じらいによる居心地の悪さも感じるが、これくらいは我慢してあげようと思える。
「あら。もう、宗一さんは怖がりですね。お漏らしをするなんて。今脱がせてあげます」
「やめない?」 我慢の限界はすぐ訪れた。
「そうですね。ニゴの外見年齢と同等程度の年恰好・精神年齢の少年を想定して接していましたが、これはやはり宗一さんのプライドを傷つけます。ここまでにしておきましょう」
ニゴ姉は俺から離れて軽く頭を下げる。
「ありがとうございました。満足しました」
「ああニゴ姉、脱がすのはアレだけど、小学生の俺ちゃんの宿題を手伝ってもらえないかなーとか」
どうせ俺は暇だ。それに――それに、宿題を楽に終えられるかもしれない。
しかしそれを聞いたニゴ姉はやや腹を立てたような声で俺をたしなめた。
「子ども扱いしたからこそわかりました。宗一さんはもう高校生。大人にさしかかってくる時期です。宿題は自力で解くようにしてください」
「……はい」
「どうしてもわからなければ質問しに来てください。ニゴのデータベースの中からヒントを出してあげましょう」
「それだけでもありがたく思っておくよ」
ニゴ姉は部屋を出ようとして、その前に振り返った。銀髪が揺れてきらめく。
「でも……宗一さんは大人になってもニゴの弟。たまにですが、甘えることも許してあげます」
頭を掻いて、「甘えたりはしないよ」と言う。ニゴ姉はその言葉に微笑んで、今度こそ部屋を出ていった。満足気だった彼女の姿を脳裏に浮かばせながら俺は、参考書を開くのはあとででいいや、とベッドに寝転ぶ。




