▽/思い出の和菓子屋 -漂泊和菓子屋、一時堂-
「▽/思い出の和菓子屋 -悲しむ秘姉も嬉しがる秘姉も、全部-」の続きです。
〈 ▽ 〉
秘代は思い出す。
五年前、秘代が小学六年生の頃、秘代は極端に臆病だった。
ほとんど喋ることができず、家族などの親しい人々に対して、やっと一言二言意思表示ができるくらいだった。
そのせいで小学校でも自然と一人ぼっちになった。授業で当てられても震えるだけ、給食のときも黙々と食べ、休み時間は外で虫さんと遊んでいた。先生にも心配され、どうにか勇気付けてあげようとカウンセラーがやってきたりしたが、特に効果は見られなかった。
そんな十一歳の秘代がある日、鳥さんを追いかけて町を駆け回っていた。
とにかく追いかけた。
とにかく駆け回った。
迷子になった。
秘代は臆病で、泣き虫だった。そのときも孤独と恐怖に押しつぶされそうになり、しくしくと泣きながらよたよたと道を歩いた。
時刻は夕方。暗くなってきて、カラスが物悲しく鳴いていた。
怖くて体に力が入らなくなる、その直前。
一軒の和菓子屋を見つけた。
「いらっしゃいませ。一時堂へようこそ。どうしたの、そんなに泣いて……?」
助けてほしい一心で入店すると、女の人が優しい声をかけてくれた。
服装からして、店長さんだ、と秘代は決め付けた。それは当たっていた。女店主は長い黒髪の持ち主で、とても綺麗な人だった。背は低いが、この頃の秘代にとっては十分大人のお姉さんだ。
「うぅ……」
「ほら、こっち来て。座って、ね……?」
カウンターの内側に入り、そのまま奥へ進んで靴を脱ぎ、座敷に上がらせてもらう。
そこにはなにやら電卓のような形の未来的な機械を操作する男が立てひざで座っていた。
「お、来たんだ」 「うん。……ありがとね」 「ははっ、いいって」
よくわからないやり取りをしながら、男は笑顔で秘代を見る。二十歳前半くらいの男だったが、秘代には年齢のことはわからず、ただ大人のお兄さんだということはわかっていた。
「迷子になったの?」
「……う」
「そっか。お腹空いてるでしょ? 水ようかん食べな」
「……ぁ」
「そっか。じゃあ、まずはお茶を飲んで。美味しいよ」
秘代は男を見た。
男も秘代を見ていた。
深みのある瞳だった。
なんで、ぼくの思ってることがわかるの?
秘代の中で生まれた言葉も、まだ口にはできなかった。
男は語りだした。
「あの綺麗な女の人。この和菓子屋の店主で、俺のお姉さんなんだけどさ。お互い、いろいろと通じ合ってるんだ。……って言うのも恥ずかしいけどさ、まあ何週間かに一回店の手伝いに来ると、直感で思ってることがわかったりする。そういう仲なんだ」
秘代は差し出された湯呑を受け取り、茶をすすった。濃くて、甘いものに合いそうなお茶だった。
男は微笑んで、続けた。
「秘代ちゃんは言いたいことを言うのが怖いかもしれない。でも、それは秘代ちゃんが優しいからだ。そして優しい秘代ちゃんが言う言葉は、絶対に人を優しい気持ちにするよ。俺が命を懸けてもいいよ。けど、やっぱりまだ怖いと思う。言葉を口に出せないと思う。そんなときは、別に言葉にしなくたっていいんだ」
秘代は男と目を合わせていた。不思議と、この男とならずっと目を合わせられる気がしていた。
男は、力強く続ける。
「秘代ちゃんは優しさをたくさん持ってる。だったら、その優しさを他の人にプレゼントしてあげようよ。そこに言葉はいらないんだ。学校を休んでる子がいたら、その子に見せるためにノートをしっかりとってみるとか、お年寄りが重そうな荷物を運んでたらそれを手伝ってあげるとか……秘代ちゃんはそういう優しさを持ってるんだよ」
秘代は首をかしげる。
「なぜそんなことがわかるか? それはかれこれ十年以上秘代ちゃんと付き合ってるからなんだけど……そうだな、俺は大人のお兄さんだからだよ。大人だから何でもわかるんだ。もちろん、子供である秘代ちゃんのこともわかっちゃうよ。でもきっと秘代ちゃんも、俺のような大人じゃなくても、わかりあえる人ができるはず」
秘代は首を横に振る。
男は、ふっと息を吐き、いつかを懐かしむような笑みを湛えた。
「大丈夫。"悲しむ秘姉も嬉しがる秘姉も、全部大好きだから"……そう言ってくれるガキが絶対、現れるよ」
未来から来た宗一の微笑と、一つ一つ紡がれた魔法の言葉と、未来の自分が作った水ようかんの味を――秘代は確かに思い出す。
「▽/思い出の和菓子屋 -くノ一の少女は言葉を紡ぐ-」に続きます。




