○□☆◇▽/団欒~初恋暴露バトル~
〈 ○□☆◇▽ 〉
唐揚げ戦争終結後、きょうだいたちの会話は響と俺の過去の話題へとシフトしていった。
高速演算親子二人三脚などの話題の後、シャロ姉が小悪魔のように微笑んだ。
「じゃーあ、次は宗ちゃんの初恋の話とか、どう?」
ガタッ、と食器が鳴る。ゆら姉が戦慄したのか茶碗を倒したのだ。しかし音の主たるその姉さんに視線は集まらず、五人の姉は全員が俺を見ていた。
シャロ姉はこれ以上ないほどのにっこりとした笑顔。
ニゴ姉は無表情ではあるが、眼球のカメラをジジジと鳴らして真剣。
姉貴はいつものからかう時の凶悪な顔。
ゆら姉は気になって仕方がないという表情で、ミステリアスな美貌を台無しに。
秘姉は相変わらず頬を紅潮させ、前髪の隙間からちらちらと見てくる。
俺は席を立った。
「……ごちそうさま」
「待て宗一。いろいろ話そうじゃねーか。言うこと聞かねえと、このおれがいろんなことを『感動的』に脚色してからバラしちまうぞ」
「そ、そうだね。まあその、宗くんの『初めて』は私が良かったという思いはあるけれど、それはそれとして、聞きたい……かな」
「ニゴはある小説で読みましたが、自分のいない場所で自分の噂話をされるのは気持ちが悪いという人もいるようです。宗一さんはいいのですか?」
「そうちゃんの……好きな人……そうちゃんの……」
完全に初恋の話に持っていく空気だ。こうなれば末っ子長男に抗う術はない。しぶしぶ椅子に座りなおす。
「では、ヒビちゃん先生、宗ちゃんの初恋について教えてくださいっ!」
「いいぜ。小学生の頃、宗一の初恋の相手はとある幼馴染だった……」
飯を噴き出しそうになる。
「は!? ちょっと待て、なんで姉貴が知ってんだよ! 誰にも言ったことないし告白だってしてないぞ!」
「はははっ、実の姉の洞察力を舐めんな」
「ふ、ふむ。ショタ宗くんが恋をしたのは恋愛シミュレーションゲームならメインヒロイン格である幼馴染、と……」
「ニゴの読んだ漫画本では、女性の幼馴染のほうから先に男性のほうへ恋心を感じていましたが」
「いや、あの幼馴染は宗一の気持ちに全く気づいていなかったな」
「だからなんで知ってるんだよ! あとゆら姉もニゴ姉も、現実とフィクションを混同するのをやめろ!」
どうしようもないオタクのゆら姉はともかく、ニゴ姉は世間知らずで本から知識を得ているから仕方ないとはわかっていたが、つい声を大きくしてしまう。
ニゴ姉がこちらを見る。
「申し訳ありません、宗一さん。ニゴも小学校に通えば見聞を広められると同時に、恋心も知ることができるでしょうか」
ニゴ姉がランドセルを背負っているところを想像した。体格は幼稚園児でも通るが雰囲気は大人っぽいニゴ姉には、ランドセルが似合うのか否かよくわからない。
それはそれとして、姉貴の猛攻は続く。
「小学生の頃、幼馴染と一緒に風呂へ入るのをやめたのはこの恋心がきっかけで……」
「ぐあああっ!」
「足が速い男子がモテるからと陸上をやり始め……」
「がああっ……!」
「中学生になり幼馴染が引っ越してしまうと、小学校の卒業アルバムを毎日のように引っ張り出して、その幼馴染の写真を……」
「う……ぐぐ……」
心を読んだとしか思えないくらいにことごとく真実な姉貴の暴露。そういえばあの頃もそうやってからかわれていたような気がするが、改めて羅列されると姉の恐ろしさを実感する。
そんな饒舌な姉貴に対し、秘姉の反応は想像の通りだが、ゆら姉が顔を赤くしてうつむいているのには驚いた。「宗くんも男の子なんだ……わかっていたけれど……普段はそんな部分おくびにも出さないのに……」「わー、宗くん……わー……」などと小さく呟いている。
一方シャロ姉はほんのり染めた頬に片手を添えて、にこにこしながら姉貴の話を聴いていた。「もう、宗ちゃんったら可愛い……」などと言ってとろけそうになっている。その斜め横でニゴ姉が「皆さん、箸を動かしてください」とたしなめる。
初恋話が終わり、俺は満身創痍で最後の白飯を飲み込んだ。なんだかもうどうにでもなれという感じだ。
「宗ちゃん、人を好きになることは恥ずかしいことなんかじゃないのよ?」
シャロ姉がげっそりとした俺に苦笑する。
「楽しくて、人として成長させてくれる、素晴らしいことなの。お姉ちゃんたち、いつでも恋の相談、待ってるからねっ」
「相談するわけないだろ……プライベートなんだから……姉弟だとしても、姉弟だからこそ……」
「ま、おまえくらいわかりやすかったら隠してもあんまり意味ねえけどな」
「姉貴は特殊すぎんだよ! もっと離れたところから見守ってくれ!」
「そ、そうだよ。そうちゃんが可哀想だよ……」
秘姉がもじもじとしながらも、姉たちを遮る。
「こんな話されたら、恥ずかしいに決まってるよぅ……」
俺はハッと秘姉を見た。
からかいの大洪水の中で手を差し伸べてくれる人がいたのだ。
それは奇しくも、かつては自分を虐げるだけだと思っていた、姉という人種の中の一人。
「……天使?」
「ひぇっ!?」
「あ、いや、なんでもない。……ごちそうさまでした。この皿も下げとく」
今度こそ夕食を食べ終わり、食器をキッチンに運ぶ。
その途中、思いついて、顔のにやつきを抑えようとしながらも姉貴を見た。
「さて、次は姉貴の初恋の話でもするか。母さんですら知ってた、未だに幼稚園生時代のウルトラマンへの恋しかしたことない姉貴の話を」
姉貴が箸で掴んでいた唐揚げを取り落とす。
「な、」
明らかに動揺した様子で、
「なに言って……おい宗一! ふざっ……ふざけんな!」
「あらあら、じゃあ今度はヒビちゃんの番ね!」 「第二ラウンドですね」 「大丈夫だよ響姉さん、私の初恋の話もしてあげるから。相手は宗くんだけれど」 「響おねえちゃんも、恋、するんだ……」
完全に矛先が姉貴へ向かったところで、洗面所へ歯を磨きに行く。
幼馴染の名前を出さなかったところに姉貴の配慮を感じなくもなかったから、優しくはしてやるつもりだ。
洗面所の電気をつける。今は亡き母親・葉創しか使っていなかった辛い歯磨き粉を目にして、少し懐かしくなる。機嫌の良さに、誰も使いたがらないその歯磨き粉を手に取る。