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□/貸切の晴れた青空で -初めての冗談-

「□/貸切の晴れた青空で -愛しい弟の夢-」の続きです。

〈 □ 〉



 俺はニゴ姉に抱き抱えられたまま、東京上空を浮遊していた。

 抱き抱えられているというよりは、姉さんの幼い体が俺の腹に引っ付いているという感じだ。


「……ニゴ姉、行こう」

「はい」


 すると姉さんは俺の腹から離れた。俺と片手を繋いで、短い両腕を飛行機のように広げる。

 そして俺とニゴ姉は、風を切って空を飛んだ。


 行き先の途中には、スカイツリーのてっぺんがある。


「懐かしいですね。六月、ニゴは響さんにだまされました」

「スカイツリーが実質六〇メートルだって信じちゃってたよね」

「まったく、響さんの悪戯好きには困ったものです」

「今でも怒ってる?」


「いいえ」

 ニゴ姉は隣の俺を見て、口元を綻ばせた。

「あの時はとても貴重な体験をしました」


 姉さんの幼気な手が、ほわほわと温かくて心地いい。体温調節機能で俺の手を温めてくれているのかな。そういえばこんなに高いところにいるのに大して寒くないのは、そういう機能を使ってくれているからだろうか。

 スカイツリーを通り過ぎた。迷いなくまっすぐ飛んでいく。ニゴ姉の鋭い目には、もうこの先の高校が見えているのかもしれない。


「学校に着くまで、昔話をしましょう」


 ニゴ姉が切り出した。俺は耳を傾ける。


「むかしむかし、古代の話。ヴァースという世界がありました。その世界は、神の気まぐれにより終焉を迎える運命でした。しかしそこに住んでいた一人の天才少女は、異次元に自らと二人の妹を隔離して、やがて来る幸福な日常を待ちながらコールドスリープに就きました」


 ヴァースというのは、シャロ姉たちのいた古代世界のことか。だとすれば天才少女はシャロ姉で、妹はニゴ姉。いや待て、妹は二人いたのか……?

 いろいろ気になるけれど、とりあえず続きを聞く。


「少女の方は生身なので、休眠が必要でした。しかし二人の妹は女児型ロボット。半永久的に稼働できる動力を内蔵した彼女らは、ある程度は自由に動き回ることができます。妹たちはスリープ状態以外の時は、未来視装置で未来を眺めていました。そしてそれが」


 ニゴ姉は俺の手をきゅっと強く握った。


「宗一さんたち、碑戸々木家と一緒にいる未来でした」

「ニゴ姉」

「楽しい未来でした。可愛らしいスカートを穿いたり、いろいろな方にゼンマイを巻いてもらったり、スカイツリーを見に行ったり……。そんな未来を知っていたから、ニゴは宗一さんを最初から好きでいたのですよ」


 シャロ姉も、俺がいる未来があるから未来へ進もうと思えた、というようなことを言っていた。俺が姉さんたちを知るよりも前に、姉さんは俺を知っていたのか。

 でも、それが姉弟という関係では普通のことなんだと思う。


「さあ、もう学校が見えてきましたよ」

「え、ああ、本当だ」


 見ると、遠くで校舎が朝靄に包まれていた。今頃、アネキたちは学校に向かっているだろうか。それともこの事件のことを知っていて、あたふたしているかな。


「ニゴ姉、一応連絡してみようよ」

「そうですね。…………もしもし、響さん。自宅は出発しましたか? ……はい。そうですか。いえ……」


 携帯もなしに姉貴と通話するニゴ姉。ちらりとこちらを見て、柔和に微笑んだ。


「……いえ、少し……デートを。いえ。気にしないでください。ですから、気にしないでください。……はい、では、今日も一日頑張ってくださいね」


 通話を終え、ニゴ姉は下降を始める。飛んでいる俺たちの姿はステルス機能で誰からも見えなくなっているから、通行人に驚かれる心配はない。学校の近くの茂みに降りると、俺は久しぶりにも感じる地面の感触によろめいた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、うん。……ニゴ姉」

「はい」

「冗談も言えるようになったんだ?」


 ニゴ姉は、身長差が七十センチあるからこその自然な上目遣いで、こちらを見る。

「宗一さんたちの真似をしてみました。なかなか楽しいものですね」


「うん。じゃ、行ってくるね」

「はい。行ってらっしゃい」


 茂みを出て、通学路に入る。背後で僅かに風圧を感じ、振り向いた。空を見上げる。きっとステルスでロステクな姉さんは、かっこよく飛び立ったんだろうな。

「□/貸切の晴れた青空で」はここで終わりです。

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