○/変わらないもの -未来への希望-
「○/変わらないもの -過去からの想い-」の続きです。
〈 ○ 〉
古代世界、ヴァース。
高度に文明の発達したそこでは、海中都市や地底都市が神秘的に地球を彩っていた。
中でも最も科学技術に優れた場所が、ピュラシャバルトという空中都市だった。
空を遊弋し、四ヶ月から一年かけて地球を一周するその都市は、成層圏界面に浮遊するエーテルを収集するのに好都合な仕組みをしていた。
また、成層圏の更に上空まで出向き、そこで流星を回収し、貴重な鉱物を手に入れることも容易。
エーテルや宇宙鉱物は科学を目覚ましく発展させる材料となり、発展した科学は都市の政策の変容を促し、科学者を養成する体制が整えられたそこでは、数々の天才が才能を遺憾なく発揮した。
そこに、天才の中の天才、“黄金の女神”とも呼ばれる少女がいた。
「シャキロイア博士」
あるピュラシャバルトの研究所。
呼ばれた十九歳の少女――シャロは、振り向いて僅かに笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「あっ、えっと、“最後の記念日”のことなんですけど……」
研究所の新人女性が、間近で見る技術革新の功労者・シャキロイア博士にあたふたしつつも、訊ねる。
「世界の終わりは、博士でも防げないんですよね?」
シャロはにっこりとして、長い金髪を揺らす。
「ええ。あれは人間では届かない、神の領域ですもの」
新人女性も、胸のつっかえが取れたような面持ちで頷いた。
「なら……仕方ないことですね。あの、お答えくださってありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、去っていく新人。
それを見送るシャロは、少し寂しそうに眉を下げた。
〈 ○ 〉
ヴァースは、創造神ツカノマの気まぐれにより、長い歴史を閉じようとしていた。
終焉の日を最後に、全ての人間と人工物とその二次発生物は文字通り霧消し、文明は一度リセットされる。
しかし人々は悲しむことも、混乱することもない。暴動も起こらず、都市の民は普段通りの平穏を謳歌していた。
なぜなら、人々は死後の世界の存在を既に神から教えられていたからだ。
死後の世界がどんなところなのかは、ピュラシャバルトの精鋭研究者チームの調査報告によって裏付けられた。彼らは科学の力で実際に、生きたまま死後の世界へ行って帰ってきたのだ。
死後の世界を理解するには、古代人の高次に発達した脳をもってしか不可能だが、一言で表現するなら「そう悪い場所ではない」ということ。
ヴァースの民は死後の世界を淡々と、易々と受け入れ、やがて来る終わりの日を観光気分で楽しみにしていた。
そんな中、
シャロは、
どこか浮かない顔で研究所にこもっていた。
〈 ○ 〉
「シャロちゃーん!」
「シャキロイア姉さん、今日も開発ですか?」
北側の壁が全て透明な、開放感のある研究室で果物のジュースを飲んでいるシャロのもとへ、二人のガイノイドがやってきた。幼い体格の彼女たちは、ふわふわと浮いている。「あっ、ドレキアちゃん、シャドロアちゃん! ちょうど寂しくなってきたところなの~!」と二人に抱きつくシャロ。
「寂しいの? シャロちゃん」「どうかされたのですか?」
二人して小首を傾げる女児型ガイノイド。
薄青色の髪をツーサイドアップにしたのは、ヴェリウシリーズ236938号、ドレキア・ストッテ・フロウロ・ヴェリウ。
一方、銀色の髪をおかっぱにしているのは同じく251124号、シャドロア・ジェラッケ・メイディロ・ヴェリウだ。
どちらも可愛い、シャロの妹である。
(……わたしは、この子たちを守らなきゃ)
死後の世界に行けるのは、生物のみ。
高度な人工知能を持っていたとしても、ロボットはそこに行くことはできない。
「シャロちゃん?」「シャキロイア姉さん……?」
「ふたりとも、大丈夫よ。お姉ちゃんが世界の終わりを越える方法を見つけるから……」
思い詰めたようなシャロの言葉に、ドレキアとシャドロアは悲しそうな表情をする。幼いその手を、シャロの指先に絡めた。
「シャロちゃん、いいんだよ。また死後の世界で、ドレキアたちを作って?」
「シャキロイア姉さん。思い悩まずとも、シャドロア・ジェラッケ・メイディロ・ヴェリウはいつも傍にいます」
シャロは妹たちの優しさにはっとする。
そして気づいた。
こんな優しい子たちを一度でも死なせるわけには、やはりいかない。
微笑むシャロ。細まった目から涙がこぼれる。
「大丈夫……お姉ちゃん、がんばるからね」
「シャロちゃん」「シャキロイア姉さん――」
その時だった。
計器が反応を示し、空中に無数のクリアタッチパネルが出現する。システム音声が予期せぬエラーを告げ、その直後、明滅していたスクリーンが映像を流し出した。
「えっ!?」「……!?」
「こ、これって……!」
〈 ○ 〉
シャロが古代において最後に作った発明品、未来視装置。
それを介してシャロが目にしたのは、自分がある幸せな家族の一員になっている未来だった。
スクリーンに、その未来の断片が映る。
『……まあ、未来を知れたらさ、試験の答えとか見放題じゃん?』
『まあ。だめよ~宗ちゃん。未来視はもっと人の役に立つことに使わなきゃ』
シャロは自分が男の子を抱きしめる未来を、映像で眺めていた。
それ以外にも、たくさんの未来を見た。そこにはニゴと呼ばれるようになったシャドロアの姿や、フミと呼ばれるようになったドレキアの姿もあった。
シャロと二人の妹が健やかに過ごせる未来。
その象徴は、宗一という男の子だった。
『宗ちゃん、お姉ちゃんに悩みを打ち明けるのはイヤ?』
『そうじゃないけど……』
『じゃあ、ごまかさないで、何でも言って? お姉ちゃんはいつでも宗ちゃんの味方だからね』
『……シャロ姉は』
『ん~?』
『シャロ姉はどうしてこんなに優しくしてくれるの?』
スクリーンを見つめるシャロは、未来の自分が満面の笑顔になるのを見ていた。
わたしが宗ちゃんに希望をもらったからよ、と言う自分のことを見ていた。
そして。
シャロと二人の妹にとっての救世主たる、宗一のことを見ていた。
『宗ちゃんがいる未来があったから、この未来を選ぼうと頑張れた』
『お姉ちゃんに最初に未来への希望をくれたのは、宗ちゃんの方なのよ』
『だからね、宗ちゃん――』
『今度はお姉ちゃんが、たくさん、たーっくさん、すてきな未来をあげるわねっ!』
シャロは、その数日後、世界の終わりから逃れる方法を見つけた。
世界が終わっても三人ぽっちじゃないと、信じられたからだった。
「○/変わらないもの -現在、どんなことがあっても-」に続きます。




