○□☆◇▽/団欒~結局洗いっこはどこまで~
〈 ○□☆◇▽ 〉
突然ニゴ姉が口から音楽を流し出したと思うと、「皆さん、お風呂が沸いたようです」と告げた。
碑戸々木家の風呂は大浴場で、給湯器とリンクしたニゴ姉が家族に『風呂が沸いたときの曲』を聞かせることになっている。
普通の一軒家なのに大浴場があるのは、シャロ姉が古代に開発した『未来の時間にある空間を現在に前借りしてその場を擬似的に広くする』というよくわからない機械で、家を外見より広く使っているからだ。他にもプラネタリウムや核シェルターなどがある。
「そういえば」
シャロ姉が白飯を飲み込んでから俺を見る。
「宗ちゃん、昔はヒビちゃんと一緒にお風呂に入ってたのよね?」
「いきなりなんだよ、シャロ」 「……だからなに、シャロ姉」
「んー、ヒビちゃんと宗ちゃんの小さい頃の話をもっと聞きたいなーって」
ゆら姉の目が妖しく光る。
「そうだね。響姉さんと宗くんは何歳まで一緒に入浴していたのか。どこまで洗いっこしたのか。是非聞きたいね。そして願わくば私とも……!」
「ゆら姉の米に間違えてレモン汁こぼしていい?」 「宗くん酷い!」 「いいじゃねえか、一緒に入ってやれよ。まゆらは巨乳だぞ」
「他人事だからって……」
ゆら姉が姉でさえなければ二人での入浴はパラダイスだったかもしれない。だがどちらにせよ恥ずかしくて拒絶してしまうだろうと思うと、自分のお子様加減にイライラとする。イライラに任せてたくあんを勢いよく噛み砕いた。おいしい。
「ニゴはシャキロイア姉さんに造られてから何度となく、姉さんに風呂場で体中を洗浄されてきました」
「ふふっ、そうそう。お姉ちゃんはニゴちゃんみたいなちっちゃい子のお世話をするのが大好きだから、ヒビちゃんもそうだったりしたのかしら、と思ったの」
「バーカ、おれが宗一と一緒に入ってたのは、水鉄砲を冬の間使わずにホコリ被らせとくのがもったいなかったからだよ」
「姉貴は俺で遊ぶことしか考えてなかった」 「おまえが自分から『おねえちゃん、一緒にお風呂入ってあそぼー』って言ってきたんだろ」 「捏造するな」
「そ……」
姉弟の風呂シーンを想像してしまったのか、先程から顔を真っ赤にしていた秘姉がぽつりと漏らす。
「そろそろやめよ……? は、恥ずかしい……」
「まあ、ひめちゃん可愛いっ」 「なっ、恥ずかしいって……おまえがそう真剣にとるとこっちまで気持ち悪くなるじゃねーか」 「秘代ちゃんは恥ずかしがり屋さんだね」 「ゆら姉は恥じらいを知らなすぎるんだよ」
「では、なにか他に楽しい思い出はありませんか?」
幼児用椅子のニゴ姉が小首を傾げて見つめてくる。
「ニゴが個人的に気になるのは、幼稚園や小学校での行事などですが」
「うーん、じゃあ運動会とかかな」
「ああ、そうだな。あれとか凄かったよな?」
「あれ?」 「あれだよ」 「ああ――」
『高速演算親子二人三脚』
俺と響の声が重なり、なんでハモるんだよと二人で顔をしかめる。
それから、姉貴以外の興味津々といった様子で見つめる四人の姉たちに「別に大した話じゃないんだけど」とあの時の話をする。
「母さんは基本的に俺と姉貴には興味がなかった。そういう……研究以外には目もくれない人だったんだ。だから小学校の運動会を見に来てくれることはなかった。でも父さんはそれを良しとしなかった」
「父さんはおれと宗一のことを大切に思っててくれたからな。豪快に笑いながらたくさん褒めてくれてたんだぜ。父さんは誰からも人柄を好まれてて、当然、妻である母さんにも好かれてた。そんな父さんが母さんを『響にとって小学校最後の運動会なんだから一緒に行くぞ』って誘ったら、母さんはイエスと答えるしかねえ」
俺は少し感傷に浸りながら、そして姉貴は立て板に水で話す。
他の姉さんたちはそれぞれが異なる表情で耳を傾けている。
「母さんは父さんの言うことだけは聞くほど、父さんが大好きだったよね」
「あれはキモかったな」
「で、姉貴が小六で俺が小四の時の運動会だったんだけど、小四の親子競技で、父さんが俺と二人三脚をするはずだったんだ。でも突然父さんが脚を痛めたって言い出した」
「ああ。『スカイラブハリケーンを使い過ぎてな』って言ってたな」
「そのおかげで母さんが俺と親子二人三脚をすることになった。父さんは怪我をしたフリをして、俺と姉貴と母さんとの距離を縮めようとしてくれていたんだ」
「ああ」
姉貴が目を閉じて口角を上げる。
「本当に……いい父さんだったよ」
俺にとっても、姉貴にとっても、父さんは大きな支柱だった。今はいないけれど、その代わりにシャロ姉たちがいる。
俺は今の家族を見回した。
シャロ姉はにっこりと笑い、ニゴ姉は真剣な表情で、ゆら姉はどこか遠くを見つめるような眼差し、秘姉は涙ぐんでいる。
父さんと母さんがここに加わったら、どんなに楽しいだろう。八人の家族で食卓を囲む夢は叶わないけれど、どこかでまだ願っている。
「で!」
ややわざとらしく声を大きくする姉貴。
「こっからが本番なんだけどさ――」
六人家族の団欒は続く。