○□☆◇▽/団欒~唐揚げ界の禁忌~
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家族の団欒にテレビもラジオも不必要だ。
リビングダイニングにあるテレビの電源は、ニゴ姉の料理中についていることが多く、食事が始まってもわざわざ消すことはない。だが、シャロ姉と響を中心に起こる会話はなかなか途切れないので、テレビはなんとなく聞いているという感じだ。
「シャロ、意外だな」
姉貴が真っ先に唐揚げを箸で掴んだ。
「なにがー? ヒビちゃん」
「残業無くて嬉しいってところが。ワーカーホリックかと思ってたのに」
「あら、お姉ちゃんはワーカホリックなんかじゃないわよ?」
シャロ姉の唇が優しげな声を紡ぐ。
「仕事に依存しているわけじゃないわ。お姉ちゃんが依存してるのはニゴちゃんですもの~」
「くっつくのをやめてください、シャキロイア姉さん。ニゴは熱暴走シマス」
古いロボットのような棒読み調でシャロを押し返すニゴ姉。
古代からの付き合いである二人の掛け合いを見ると、俺はいつも安心する。安心しながら柴漬けを噛み砕く。
「熱といやあ、最近暑くなってきたよな。シャロとか、まゆらも、そんな長い髪で大丈夫か?」
姉貴の質問に、ゆら姉は紫色の髪を撫でて、
「私は体温が低いから大丈夫さ」
と答えたのに対し、シャロ姉は、
「そうなのよ。もうこの季節は暑さに屈して一日中ポニーテールにしちゃおうかしら。ひめちゃんみたいに」
と眉を下げた。
「秘代さんの忍装束は生地が薄く冷却機能に優れていそうです。ニゴも一度は着てみたいです」
「に、ニゴおねえちゃんに合うサイズがあるかなあ……?」
秘姉は今も忍者の服を着ている。その格好が一番落ち着くらしい。ポニーテールにされた黒髪も、うなじを露出させているのでやはり涼しげだ。
「ニゴに合うサイズがあれば、このメイド服でなく忍装束で家事をしてみるのもいいかもしれません」
「ほんと? いいと思う……よ。……これ着てるとね、体中の血がすーっと冷たくなるような感じで……すごい集中できて……」
「なるほど。ニゴも小説で読んだことがあります。忍者とは超人的な精神力の持ち主。その集中力はコンピュータに匹敵する演算能力すら発現させるといいます。それはまさに武神の所業」
「そうなの! 四方から投げつけられた手裏剣を見てからかわしたりね、すごいんだよ。忍の魂だよね、それでね、」
俺は熱っぽく語る秘姉をじっと見ていた。
その視線に気づいた秘姉は、一瞬硬直し、遅れて顔を真っ赤にする。そんな姉さんを見るのが俺にとっては面白かった。
「うぅ……そうちゃん、ぼく、なんて言ってた……?」
「忍の魂がどうとか」
「ひうぅ……」 「秘代さん、大丈夫ですか?」
自分も『武神の所業』とか言っていたのに表情一つ変えないニゴ姉。気遣うメイドの姉さんは小さな手で隣の秘姉を撫でようとするが、身長差のせいで頭になかなか届かない。
そんな様子を横目に俺はサラダを口に入れていると、シャロ姉とゆら姉の会話が耳に入ってくる。
「そうなんだよ、シャロ姉さん。昨日は私の高校の教師にラプラス変換を応用した機械力学についてのアドバイスをしたのだけれど……」
「あら、またゆらちゃんが学校の先生に数学を教えたの? すごいじゃない。じゃあ今度、お姉ちゃんが古代にいた頃考えたケルテラの矛盾性理論を教えてあげるね」
「ふむ、どんな理論なんだい?」 「物理学でね、ブラックホールの先に何があるのかを解き明かしたの。これのおかげで人類の科学は次の段階に進んで、異世界に行けるようになったり、神様と会えるようになったり……」 「な、なにそれ!? シャロ姉さん凄すぎやしないか!?」
天才二人の冗談としか思えない話は、しかし本当のことなのだろうと思うと変な笑いがこみ上げてくる。こんな二人が姉だと思うと平凡な自分が申し訳なくなる気がする。申し訳なくなる気がしながらレタスを噛んで飲み込む。
と、天才の片方、シャロ姉の目が鋭さを帯びた。
「ちょっと、ヒビちゃん?」
「ん?」
姉貴は悪戯っぽく口角を上げる。
「なんだよ」
「ヒビちゃん今、唐揚げにレモンかけようとしてるでしょ。特に宗ちゃん側の物に」
「あ、マジだ……姉貴……」 「だったらなんだ? レモン汁が嫌ならかかった唐揚げは食べなけりゃいいだろ?」
「宗ちゃんがかわいそうよ! ねっ、宗ちゃん」
姉貴は昔から俺がいるときに限ってこういった悪戯を繰り返しているが、もうすっかり慣れている。
「俺はどっちでもいいけど」
「もう! 古代でもそれは食卓の禁忌だったのよ!」 「ほう? おれに真っ向勝負を挑むつもりか、シャロ?」 「ふふっ、いいわヒビちゃん。レモン汁は唐揚げ界から追放させてもらうわ」
そうして不敵に微笑みながら睨み合ったあと、姉貴(レモン汁推進派)と、シャロ姉(レモン汁排斥派)との間でどの唐揚げにレモンをかけるかの協定が締結されて平和が戻るまでがいつもの光景だ。
闘志を燃やし始めるシャロ姉と姉貴を横目に、ニゴ姉がため息をつく。
「シャキロイア姉さん、響さん、お食事中ですよ」