秘代=▽/ぼくっ娘くノ一と隠れ身の術
〈 ▽ 〉
ニゴ姉に呼ばれて、一階のリビングへ向かう途中。
階段を下りようとしたところ、なにか音が聞こえた。小さな音だったが、俺はすぐにそれが『声』であると察知し、振り向いた。
そして、上を向いた。
「あの……そうちゃん……」
黒の忍装束に身を包み天井に両足をつけて逆さまにぶら下がった、俺の義姉さん、五女の秘代がいる。
「あの……あっ、ごめんなさい、また背後とっちゃった……」
つい『くノ一』としての行動をしてしまう秘代は相変わらずだ、と思う。今更変だとも怖いとも思わない。実際忍者なのだから天井にぶら下がることくらいするだろう。
姉さんは今現在俺と同い年だが、誕生日が俺より早いために姉と位置づけられていた。
小柄な姉さんは音も立てずに床に降り立ち、上目遣いで見てくる。短めのポニーテールにした、色の深い黒髪が揺れる。
「どうしたの、秘姉」
「えと、あのね……すまーとほんの使い方がわからなくって……ぼく、文明の利器とかわからないから……お、教えてくれる……?」
「いいよ。今がいい?」
「あっ、えっと、そうちゃんが暇な時でいい……よ」
ぼそぼそと喋る秘代――秘姉はいつも自信なさげにしている。俺の姉の中では唯一、弟の背後に隠れているのが似合う姉だ。一人にさせるのが不安になってしまう。
「スマフォの使い方ならシャロ姉のほうが遥かに詳しいんじゃない?」
「しゃ、シャロおねえちゃんはお仕事で疲れてる……と思うから……あっ、別にそうちゃんが疲れてないと思ってるわけじゃなくて」
「わかってる。シャロ姉はせっかく久しぶりに残業がなかったんだから休ませてあげたいんだよね。でも」
「でも……?」
「シャロ姉は妹たちのことが大好きだから、頼られたら逆に疲れなんて吹っ飛ぶんじゃないかな」
階段を下りながら話す。
「秘姉は特に可愛がられてるからね」
「そ、そうなのかな……?」
弱気な秘姉に、もっと自信を持ちなよと言ってあげたくなるがやめておく。そういう勇気付ける方向の接し方は響たち姉に任せて、俺は今の秘姉を肯定しようと決めていた。
「きっとそうだよ。俺でも充分スマフォのことわかるけどね。ま、俺に任せときなよ」
くすっ、と笑う秘姉。
「ありがとう……。頼れるなあ、そうちゃんは……。響おねえちゃんに似てる……ね」
「姉貴は俺の唯一の実姉だからね」
「おねえちゃんたちのいいところに、いろいろ似てきてるよね……シャロおねえちゃんの勤勉さと、ニゴおねえちゃんの冷静さと……響おねえちゃんの強いところと、まゆらおねえちゃんの真面目なのに面白いところと……」
「そして、秘姉のかっこよさと?」
秘姉は瞬時に顔を真っ赤にしたあと、俺の視界から消えた。
気配も完璧に消え、最初からそこにいなかったかのようだ。
周りを見回しても、秘姉の忍術を見破ることはできない。
「照れすぎだよ、秘姉。それに、そうやって凄い隠れ身の術をするからかっこいいって言われるんじゃないか」
すると、目の前で壁が、正確には布がはがれ、秘姉が顔を半分だけ出してこちらを見つめてくる。
「そうちゃん……ぼく……かっこいい……?」
「うん。小さいから可愛さもある」
「う……うぅ……」
照れ屋な秘姉は少し褒めるとこのありさまだ。それが面白くてつい、他の誰かに言うと逆にこちらが恥ずかしくなるような言葉を言ってしまう。
はたから見ればバカップルかもしれないけど、どうなんだろう。
再び壁と同化したが気配を殺しきれていない秘姉に苦笑しながら、階段を下りる。
「さあ、晩飯食べにいこう、秘姉」