◇/カラオケイラスト彫刻大食いチャンピオン
〈 ◇ 〉
「やあ、宗くん」
「ゆら姉。なに」
とある平日の夕方。
家では、俺の家族たちが思い思いの形で過ごしていた。
そんな中、俺の部屋に入ってきたゆら姉は、勝手にベッドに座り足を組む。小さなあごに片手を添えるいつもの体勢で話し出す。
「最近、宗くんの視線がね、出会って数か月の頃とはまた違って、尊敬のまなざしではなくなってきたんだ」
「そう?」
「そこで、姉としての威厳を取り戻すために、宗くんと勝負をしにやってきたのさ」
「面倒くさい」
「まあ、そう言わずに戦おうじゃないか」
ゆら姉が長い足を組み替える。
「宗くんは私に完膚なきまでに叩きのめされるだけでいいんだよ」
「なにすんの」
「宗くんの得意分野で構わないよ」
「俺、一応陸上部だから持久走なら得意」
「……運動系以外でお願いできるかい?」
漫画やアニメだけでなく他国の文化などにも詳しく、学校の期末試験でも不動の一位、ボードゲームやテレビゲームが上手く、特にチェスでは世界レベルを誇る、そういった様々な面で天才的なゆら姉に勝てるとすればなんなのか。
俺は、意外と言われるけど、音楽の成績は良いほうだ。合唱コンクールでソロを任されたこともある。
「じゃあ、歌でもうたうか」
〈 ◇ 〉
透明の海に放り込まれた俺は沈みながら光の揺れる海面を見ていた。目は痛くない。青あるいは黄色く線が入っている魚たちは空中に浮かんでいるかのようで、重力の弱い世界でゆっくりと落ちていっているだけなのではないかとすら思えてくる。口の中に入ってくる海水には味がなく、肺を満たされても苦しみは感じない。思考がクリアになっていく。底に近いのだろうか、海藻が俺を包み込んでくる。眠い、と思った。眠っていいのだとも思い、安心で心が海に溶けていくような感覚が――
「宗くん! 起きて!」
「はっ!?」
防音室にいる俺はびくりと体を震わせた。
「なんだ今の!?」
「私が歌ったら眠そうになってしまって」
ゆら姉は人魚の遊泳を思わせる楽曲の再生を止める。
「大丈夫かい?」
ここは防音室。シャロ姉の『未来の時間にある空間を現在に前借りしてその場を擬似的に広くする』というよくわからない機械で広くなった我が家の一室だ。
倒れた俺はゆら姉に膝枕をされていた。
目の前にはゆら姉のデニムパンツのボタンがあり、ラインの出た下腹部が触れそうなくらいに近いので、慌てて頭を動かし仰向けになる。シャロ姉ほどではないが大きな胸が視界に覆いかぶさっていた。ゆら姉はその胸をむにゅりと押してつぶし、下の俺の顔がよく見えるようにした。
「フフ、宗くんにこうして膝枕するのも久しぶりだね」
どこか上品な香りを漂わせながら、ゆら姉は微笑む。
「ゆら姉、歌も上手かったんだ。危うくイメージの海で溺れ死ぬところだった」
「宗くんが想像力豊かなだけじゃないかい? ふむ、採点の結果は九八点。宗くんも上手かったけれど私には及ばないね!」
「ゆら姉が歌唱力鮮やかなだけじゃないかい」
体を転がし、ゆら姉の膝から脱して立ち上がる。
「よし! 次はなにで勝負しようか?」
ゆら姉は勝てて嬉しそうだが、はしゃいでいるようには見えず、むしろ貫録を増している。
「絵でも描こうか? 木でも彫ろうか? 頼頼軒のジャンボラーメンを食べきろうか? 数学の難問を解く速さを競おうか? ペン回しでクウィンタプルアクセルソニックを成功させようか? なんならどちらがフレンチキスが上手いかを――」
「ゆら姉」
「うん?」
「やっぱりゆら姉はすごいよ。美人な外面とそれ以上にきれいな内面を併せ持ってて。尊敬するよ、おねーちゃん」
王者の風格を漂わせていたゆら姉は、たちまち表情を緩ませると、抱き寄せてきた。
「はぁぅ……宗くぅん、宗くんもストイックで可愛いよ。宗くんの可愛さには誰も勝てない」
「やったぜ」
「あ、ずるいぞ宗くん! 勝つために嘘ついたのかい!?」
「さあ、どうだろう」
嘘じゃなく本音だって言っておくれよー、と懇願するゆら姉に、サアドウダロウ、と答え続ける俺。カラオケのBGMがゆったりと流れている。




