□/ニゴとわくわくショッピング(試食も可)
〈 □ 〉
俺はニゴ姉の脇腹を両手で掴むと、精肉コーナーが見渡せるくらいの高さまで持ち上げた。
重力制御によりニゴ姉の体は重くはないけれど、俺の体まで浮きそうになり、若干焦る。
周囲の主婦たちの視線がニゴ姉に集中し、「あら可愛い」「銀髪、お人形さんみたい」「ゼンマイがついてるから本当にお人形さんかも」などの声が聞こえてくる。
「宗一さん。一番手前、左から三番目、一番下の豚ばら肉が夕食に使う物として最適です」
五歳児が『高い高い』をされているような感じだから、俺としても微笑ましい気分だ。実際、ニゴ姉が正常に活動するようになってからはまだ日が浅い(ニゴが造られたのは百万年以上前ではあるけど)。
「うん」
ニゴ姉を降ろして、重なった精肉の一番下に手を伸ばす。
「よっ……と」
周囲の主婦たちが「『宗一さん』だって」「ませてるわねー」などと語らいながら通り過ぎていく。
「透視してるらしいけど、どういうふうに見えてんの?」
「肉の内部まで精密に視認することが可能です。映像を出しましょうか」
「帰ってからでいいよ。ここじゃ立体映像も出せなければ浮遊もできないし、ニゴ姉は外に出ると制限が多くていけないね」
「そうですね。それでも外でなければできないこともあります」
ニゴ姉が真面目な顔をして短い腕を飛行機のように広げる。
「例えば」
「ニゴ姉、ローラースケートもここじゃやっちゃだめなんだ」
「そうですか。確かに他の客が驚いてしまいますね」
ここは自宅から歩いて数分のところにあるスーパーだ。
たまには買い物に連れて行ってください、とニゴ姉に頼まれてやってきた。
ニゴ姉はオレンジのシャツにピンクのスカートという、家でのメイド服とは全く異なる出で立ちだ。服装にあまりこだわらないニゴ姉よりもシャロ姉のほうがその格好を気に入っている。
「どうやらニゴは奇異の目で見られているようですが、それは単に幼いからなのでしょうか。ニゴとしてはシャキロイア姉さんのファッションセンスを疑うべきなのかと心配しているのですが」
「いや、古代人であるシャロ姉のセンスはともかく、銀髪とゼンマイが目立つよね。それとニゴ姉は幼い外見に大人な内面を併せ持ってるから、雰囲気が珍しいんじゃないかな」
ニゴ姉と俺とでは身長差は七〇センチくらいある。並んで歩けば幼稚園児と年の離れた兄か、下手をすれば親子にすら見えるかもしれない。年齢を知るとすごいことになるけど。
「百万二千七百歳の幼稚園児を連れた、十六歳の高校生か」
「ニゴは教育機関に通っていたことはありません」
「ああ、うん。次はなんだっけ」
「豚汁の材料は以上です」
ニゴ姉の頭の中では、メモリ内の買い物メモが浮かんでいるだろう。
「牛乳を買い足しましょう」
「牛乳了解。姉貴にファンタも買っていい?」
「はい」
俺は台車を押して歩き出す。
少し加速すると、歩幅が短いためついてこれなくなるニゴ姉が『とてとて』と擬音を付けたくなるような走り方をする。
加速減速を繰り返してそれを眺めようかと思ったが、この前それをして怒られたのでやめる。
「まゆらさんにドクターペッパー、秘代さんにはおしゃぶり昆布も買いましょう」
「ゆら姉の某ニート探偵に憧れる気持ちはわかるけど、ドクペは不味いんだよな」
「宗一さん、味といえば、ニゴは重要なことを思い出しました」
ニゴ姉が小さな手のひらに拳をぽんと置く。
「パンのコーナーに行きましょう」
「パン? 昼飯パンにすんの?」
「いえ、一度やってみたいことがあるのです。行きましょう」
こんな急ぐのも珍しいな、と思いながら、とてとて走りのニゴ姉を追いかける。
姉さんが足裏から車輪を出して高速移動するのではないかと心配になる頃、焼きたてパンの良い匂いが体をふわりと包み込むパンコーナーへ到着する。ニゴ姉は試食コーナーへ一直線に向かっていった。
「試食か。そういえばニゴ姉、こういうところで試食したことなかったっけ」
「ここは店の中なのに食べ物を食べられるなんて。ちょっといけないことをしている気持ちになります」
「ならないよ」
ニゴ姉は、パンをかじった口をもぐもぐと動かし、機械とは思えないほど柔らかそうな頬に両手を添えた。
「こ……これが試食。小麦粉、バター、砂糖……材料は変わらないのに、状況が違うだけでこんなにも緊張するものなのですね」
と、女性店員がトレーを持ってやってきて、ウインナーロール焼きたてでーすと言いながらパンを並べていく。
ニゴ姉は「おぉ……!」と感嘆の声を漏らしている。相変わらず無表情に近いけれど、なんかやけにテンションが高いみたいだ。恐らくは他人でもニゴ姉のワクワクを読み取れるだろう。
「宗一さん、焼きたてですよ。買いましょう。ニゴの分と、宗一さんの分。店の外で食べましょう」
「うん。シャツ伸びるから引っ張らないで」
「宗一さん、アンパンマンパンですよ。どう見ても生首。興味深いですね。全然いらないです」
「うん。やなせたかし先生に謝って」
ニゴ姉がぱたぱたと興奮していると、先ほどの女性店員がやってきて中腰になり、背の低いニゴ姉に微笑みかけた。
「いらっしゃいませ。パン、好きなのかな?」
「はい。甘いものは特に」
「そっか、じゃあお姉さんが、チョコパンをプレゼントしてあげるね」
そして後ろ手に隠していた試食用のカゴを取り出すと、ニゴ姉に差し出した。
小さな姉さんは目を輝かせながらチョコパンをひとかけら手に取り、口に運ぶ。
「ほぁ……おいひいでふ」
女性店員は「ふふっ、よかった」と頷くと背筋を伸ばし、チョコデニッシュご試食いただけまーす、と声を張り上げた。
それから俺にも笑いかける。
「お兄さん、可愛い妹さんですね」
「いや、姉です」
「え?」
きょとんとする店員さんから目を移し、パンのおいしさに恍惚とするニゴ姉を見る。
「あー、いや、まあ、こういうときは妹みたいなもんですね」
これもこれもこれも買いましょう、と暴走するニゴ姉を抑えながら、パンを取ってレジに向かう。周囲の主婦たちが「はしゃいじゃって、可愛いわね~」と言っているのが聞こえる。




