☆▽/ぼくだってお姉ちゃんだから
〈 ☆▽ 〉
二階の自室で勉強をしていると、インターホンが鳴った。
いつも訪問者の応対をこなすニゴ姉は今、シャロ姉の手でメンテナンス中だったはずだ。俺が行くか、と椅子から立ち上がると、モニターのところまで歩いていく。しかし、既に誰かが応対しているようだ。
重い荷物かもしれないと思い、一階への階段を下りる。
「ではここに印鑑を」
「ひゃ、はい! はんこ……はんこ……」
宅配業者を迎えているのは意外にも秘姉だった。助けようとして玄関に行こうとするが、肩を後ろから掴まれたので立ち止まる。
「まあ、待てよ」
「姉貴。起きてたのか」
ソファで寝ていた姉貴が、いつの間にか立ち上がっていた。
普段から寝癖っぽい響の赤髪は心なしかいつもよりぐしゃぐしゃにも見えるけれど、寝ていた割に眠そうではない。
「秘代がこれまで客の応対をしたことがあったか?」
「ない」
「おれが眠ってると思った秘代。一階には自分しか動ける奴はいないと思った秘代。義務感を感じる秘代」
「そして秘姉の勇気を無駄にしないために俺の助け舟を引き止めた姉貴?」
姉貴から玄関のほうへ視線を移す。
「は、はんこって、これでしょうか」
「でしょうかって?」
「あ、違った、くまさんのやつだった、えと、えっと」
秘姉の焦る声が聞こえてくる。助けたいけど、姉貴が俺を掴んだままだ。
「印鑑探すために分身の術を使ってしまう前に手を貸すべきなんじゃ」
「いざとなったら幻術で騙せばいい」
「人としてどうなの」
「忍者としてはアリかもな」
「あ、ありました……」
玄関の秘姉はほとんど泣きそうな声だ。
「ではここにお願いします」
「んしょ……こ、これでいいですか」
「はい、ありがとうございます」
無事終わりそうだ。安堵していると、姉貴もそうなのか俺の肩から手を離す。
「大丈夫そうだな。これで自信を持てるといいな。たぶん秘代は自信を持つことで――おまえより数ヶ月早く生まれただけではあるけど――姉としてもっとおまえに尊敬されたいんだ」
十分尊敬してるのに。秘姉より優しい人なんてなかなかいない。
ただ、確かに『頼りないな』とは思っていた。それがきっと嫌なのだ。
ご苦労様でした、と蚊の鳴くような声とともに扉をしめた秘姉のもとに近寄る。
「お疲れ」
「うぅ……見てたの……?」
「うん。泣かないで秘姉。大丈夫、ちゃんとできてたよ」
「ほ……ほんとに……?」
「ひやひやしたけどね。誰だよ玄関にクマのはんこ置いたの」
秘姉は涙目になりながらも、俺の言葉に微笑む。
「よ、よおし……ぼく、この調子で他の人に慣れて、下忍卒業するぞー……な、なんて」
たぶんこれから秘姉は成長していくだろう。おどおどした姉さんも好きだが、変わりたいならそれを見守りたい。
秘姉とリビングに戻ると、姉貴がソファに座ってテレビゲームのコントローラーを持っていた。
「秘代、モンハンやろうぜ」
「あ、じゃあ俺も」
「悪いなのび太、このゲームは二人用なんだ」
「姉貴のことスネ夫って呼んでいいの?」
「あの、えっと、ぼくはいいから、その……そうちゃんがやっていいよ」
秘姉が俺の背中に触れる。
「そうちゃん、やりたいでしょ……?」
「なんだ秘代、やりたくないのか?」
「そ、そうじゃないけど……」
「だったら優先権は秘代にある」
姉貴は秘姉を隣に座らせる。
「なんたって、お姉ちゃんだもんな?」
歯を見せて秘姉に笑いかけ、肩を叩く姉貴。
俺は秘姉が萎縮するかと思ったが、予想に反してくノ一の姉さんは顔を少し赤らめつつ頷いた。
「ぼ、ぼくだって……お姉ちゃんだから……あ、えと、でも、そうちゃんも一緒にやろう?」
「うん。二階からハード持ってくる」
「先にラギア狩ってるぞ」 「えー、待っててよ」 テレビがゲームの音楽を流し始める。




