ニゴ=□/ちびっ子メイド古代機械の小さな手のひら
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響に組み敷かれて両頬を存分に引っ張られる刑を執行された俺は、その迷惑な姉が去ったあと、キッチンをのぞいた。
「ニゴ姉、足りないものとかないよね? 夕飯の材料」
その声におかっぱの銀髪を揺らして振り返ったのは、メイド服を着た次女のニゴ姉。シャロ姉と同じく、俺の義姉だ。
五歳児程度の体格の彼女はまな板の前までふわふわと浮き上がって、包丁できゅうりを切っていた。ニゴ姉は無表情なことが多いが、家族と接する時はほんの僅かではあるが柔和に微笑む。
「大丈夫です。いつもありがとうございます、宗一さん」
ニゴ姉の声を聞くと安心するのは、彼女が落ち着いた声をしているからだろう。幼女で銀髪でメイド服だが、日本人形に近い種類の美しさを持っている。
「うん。体調は治った?」
「はい」
ニゴ姉は瞳をフィラメントのように発光させる。
「シャキロイア姉さんがメンテナンスをしてくれました」
背中の大きなゼンマイが回る。ギギギと音がした。
ニゴ姉はシャロ姉が造った古代機械。重力を制御して浮遊したり、腕をレーザービーム照射装置に換装したり、メイディロ人工筋肉により怪力を発揮したり、ケテニアルシグナルを利用した透視を行うなど、現代の技術レベルを遥かに超える古代文明テクノロジーの結晶だ。もちろん心もあり、碑戸々木家の大切な家族だ。
「なんか手伝う?」
「いいえ、大丈夫です。宗一さんは休んでいてください」
「わかった。……ニゴ姉」
「はい」
「包丁、持ちにくくない?」
ニゴ姉は包丁を持った自分の小さな手を見てから俺に視線を戻す。
「ニゴの握力は握る物体に対応して自動調節されるので、持ちにくくはありません」
「余計なお世話だったか」
「それに、もし指を切ってしまっても出血はしませんし、自動修復されるので問題はありません」
ありがとうございます、とニゴ姉に言われて頬を人差し指で引っかく俺。
ニゴ姉は俺の『包丁持ちにくくない?』という言葉からすぐに怪我の心配をしているのだと察したらしい。この姉さんが相手だとどうも思っていることを見透かされることが多い。格好いい姉さんだ。その割に常識に疎かったり恋愛のことがわからなかったり、言葉による嘘を見抜けなかったりする。可愛い姉さんだ。
と、ニゴ姉が包丁を置いて手のひらを広げた。
「宗一さん、手の大きさを比べてみませんか?」
「え、いいけど」
俺の大きな手のひらと、ニゴ姉の小さな手のひらが合わさる。ニゴ姉の白く細い指先は俺の指の第二関節にも届かない。ひんやりとしたその手は今俺が握ってしまえばくしゃりと壊れてしまいそうにすら思えた。
ちっこいニゴ姉は、日本人形と言うよりは、小さな妖精のような感じかもしれない。
肌と肌が触れ合うのは少し恥ずかしい。目を泳がせてからニゴ姉を見ると、彼女も俺の目を見た。この姉さんは少しも恥ずかしがっていないようだ。
「手の大きさを比べ合うと女性はドキドキするのだと恋愛漫画で読みましたが、別に『トクン……』とはなりませんね」
「そりゃね」
「ですが、宗一さんの指はたくましいです」
「そうかな」
「こうしてセンサーが宗一さんの体温や血流を感知すると、ヒトである宗一さんを少し羨ましく思います」
「ニゴ姉と俺は変わらないよ」
「そうでしょうか」
「ニゴ姉は百万二千七百歳で、ゼンマイを回して動くロボットだけど、なんというか」
俺は頭を掻く。
「俺を気遣ってくれるし、家族を想ってくれてるし……だから同じだよ」
ニゴ姉は微笑み、俺の大きな手を小さな両手で包み込んだ。
「ありがとうございます、宗一さん」
「うん」
「おや、心拍数が上がりましたね。『恥ずかしい』という感情でしょうか。もしかしてニゴはまた恥ずかしいことを言ってしまいましたか?」
「いや、今回は俺が言った」
「こういった場合の『恥じらい』はニゴにはまだ理解できないので、宗一さんの言葉は『重要』のタグを付けて保存しておきます」
「やめて」
ニゴ姉は楽しげに目を細めると、まな板に向き直る。
「では、夕食を楽しみにしていてください」
うん、と頷いて俺はキッチンを離れる。ニゴ姉の手に触れた時の優しい感触を思い出しながら二階への階段を上る。