○□◇▽/お姫様抱っこ~秘代の場合~
〈 ○□◇▽ 〉
シャロ姉にふわふわテロを食らってから数分後、立ち直った俺はテーブルについて疲れた腕を揉んでいた。
ニゴ姉は軽かったとはいえ、さすがに三人を連続してお姫様抱っこすると腕にくる。一応陸上部で鍛えてはいるが、陸上にはお姫様抱っこを使う競技はない。
「この調子で家族全員、抱っこしちゃいましょ」
肌のつやつやとしたシャロ姉が、ニゴ姉に淹れてもらったミルクティーを飲んでからにっこりと笑う。
「姉たちを全員抱くだなんて……宗くんは絶倫さんだね」
同じく紅茶の香りを楽しみながら訳のわからないことを言うゆら姉が、目を細めて微笑む。
「宗一さんは腕が疲れているようです。無理をさせてはいけません」
俺のカップにおかわりの紅茶を注ぎながら、ニゴ姉は表情を変えずに二人をたしなめる。
「いや、まだ余裕。秘姉なんかは特に軽そうだし」
「案外ノリノリじゃないか、宗くん」 「ヒビちゃんだって軽いと思うわ?」
「ノリノリじゃないし、姉貴はどうでもいい。ただ秘姉は普段から重さを感じさせない振る舞いをしてるから……」
「よ、呼ばれた……かな?」
突如として現れた人影。秘姉が瞬間移動の術を使ってきたのだ。
「おや、秘代さん」 「ひめちゃん! びっくりしちゃうわ、もう」 「秘代ちゃん、丁度良かった。宗くんがきみのことをお姫様抱っこしたいそうだよ」 「したいなんて言ってない」
「お、お姫様抱っこ……?」
秘姉が前髪の間から見える目を見開く。それから頬をほんのりと赤らめ、両の指をもじもじと絡ませる。
「でもぼく、お姫様じゃないし……」
「ひめちゃんは立派なお姫様よ! ひめちゃんだけじゃない、すべての女の子はお姫様なの!」
「シャキロイア姉さん、それはもういいです」
「秘姉、そういうことらしいけど、どうする?」
秘姉はうつむいて静かになってしまう。ただでさえ小柄な体が、いつもより小さくなっていくような気がした。十数秒の葛藤ののち、小さな姉さんはこくんと頷く。
俺はこの小動物のような同い年の姉にそっと触れ、持ち上げた。
「ひゃ……」
「おっ、軽い」
胸に両手を当てて緊張している秘姉に、肩に手を回すよう促す。やや上体を起こし、お姫様抱っこの完成だ。
秘姉の顔は既に耳まで真っ赤で、それがちょっと面白い。だがあまりの軽さに、もっとたくさん食べさせるべきではないかと心配にもなる。
小柄な姉さんは、一番お姫様抱っこに馴染む気がした。
「きゃー、どう? ひめちゃん、ドキドキするでしょ?」
「う……うん……」
「ふむ。恥ずかしがってしまって。秘代ちゃんは可愛いね」
「……うぅ……」
「よーし、じゃあ宗ちゃん、次のステップに進みましょうか!」
「次?」
「王子様なんだから、王子様っぽいセリフを言わなきゃ!」
シャロ姉の乙女論が炸裂する。
「なんかかっこいいこと言ってみて!」
なんだよそれ。げんなりしつつも、考えてみる。秘姉をもっと照れさせたら楽しいだろうなと思ったからだ。
くノ一の姉さんは前髪で目を隠しつつも、髪の間からなにかを期待するような色を乗せた上目遣いを向けてきている。
思いついた。
「『姫様、髪をどけて。その綺麗な瞳をいつまでも見つめさせてほしいんだ。これからもずっと、僕だけに』」
言ったそばから後悔した。
顔が火照っていくのを感じる。頭を壁に叩きつけたい気分だ。
騒ぐシャロ姉たちはどうせにやにやしているだろうからそちらを見る気にはなれず、秘姉の顔に視線を送るが、姉さんの大きく開いた目に涙がいっぱい溜まっているのを見ると更におろおろしてしまう。
と、秘姉は絹が擦れるような小さな声を漏らす。
「はい……おうじさま……」
ラッパのファンファーレが鳴り響き、幾羽もの白鳩が飛び立っていく。お姫様と王子様がここにいた。




