◇/お姫様抱っこ~まゆらの場合~
〈 ◇ 〉
「宗くん……私、初めてだから、優しくしてね……」
「うん。で、なにするんだっけ? 巴投げだっけ?」 「お姫様抱っこだよ! もう、照れちゃって……可愛い子だね、宗くんは」
ゆら姉の誘惑に突き放すようなボケを被せたが、その対処法を覚えられてしまったらしい。新しい切り返し方を模索しないといけないみたいだ。
ニゴ姉をお姫様抱っこしていた時間はけっこう長かったらしく、嫉妬に燃えたゆら姉に注意されなければあと十分はそのままでいたかもしれない。ニゴ姉の、シャロ姉により計算された美貌は見ていて飽きないのだ。
今、ニゴ姉はキッチンへ行って飲み物を注いでくれている。
「ゆら姉、脚長いよね。身長いくつ?」
「一六六センチくらいかな。けれどやはり、響姉さんのほうが長いと思うよ」
「姉貴は細いから無駄に長く見えるんだよ。……せーのっ……と」
ゆら姉の膝の裏へ右腕を差し込むと、背中に回した左腕と力を合わせて持ち上げる。姉さんは右腕で俺の肩につかまり、姿勢を安定させる。
なかなかに重く、長時間は無理そうだ。言わないけど。
「……うん。こんな感じか」
「いいね。抱かれ心地がいい」
「そう?」
「ところで、実際にされるのは初めてだけれど、知識として知っていることがある」
ゆら姉は妖艶に微笑んで顔を近づけてくる。
「抱っこする側とされる側とは、体の密着度が高いほどに安定性を増すのさ。もっとくっつこうじゃないか。ほら、右腕をもう少し太もものほうに……」
スカート越しに感じるゆら姉のやわらかい太ももの裏へ右腕をずらし、左腕で上体を起こしてやると、二人の頭は同じくらいの高さになった。姉さんは俺の首に抱きつくような形をとる。
ゆら姉は頬を染め、目を細める。その雰囲気はまるでこの空間だけ明るさを下げるかのようで、白熱電球のやわらかな光が僅かに照らす夜のベッドルームを連想させた。
「どうだい宗くん? ドキドキするかい?」
「顔が近い」
「安定性の確保のためには仕方がないね」
正直に言って、ドキドキはしていた。鳴る心臓の辺りにむにゅりと押し付けられたゆら姉の豊かな胸が、ドキドキを感知しやしないかと戦々恐々だ。
「それにしても、想像以上だよ。オタク文化において恋愛フラグとして扱われるお姫様抱っこ。こうしてされてみると……確かに、恋に落ちてしまいそうだ。体重の全てを委ねているから、少しの不安と同時に信頼感も湧いてくる」
「姉が弟に言う言葉じゃないよね」
「姉といっても義理だからね。何の問題もなく結婚できるよ? まゆらお姉さんは、宗くんがマリッジリングを携えて告白してくれるのをいつでも待っているからね」
「……気持ち悪い」
ゆら姉は、俺のキレのない返し方にくすくすと笑う。本当に可笑しそうだ。目じりの涙を指先で上品にぬぐうと、また見つめてくる。
「やっぱり宗くんは、私の王子様だよ」
ゆら姉はそう言うけど俺にしてみれば、お姫様と王子様というよりは、魔女とそれに食べられる犠牲者のような感じだ。身の危険を覚える。




