シャロ=○ 響=☆/ほんわか古代人とママ
〈 ○☆ 〉
俺と響の――碑戸々木家の自宅は二階建ての普通の一軒家だ。
門を通って玄関の扉を開けると、金髪のグラマラスな美女が迎えてくれた。
「そーうちゃんっ!」
ハグしてくるのは、俺の二人目の姉、シャロだ。
「おかえり。ヒビちゃんも聞いて聞いて。お姉ちゃん、今日残業なかったの!」
「へえ」 「よかったじゃねーか」
俺から体を離して小首をかしげて微笑む、義姉であり長姉のシャロ姉。
純金を編みこんだかのような金色の長髪がさらりと揺れる。そのきらびやかな髪は本来現代には存在し得ない。
シャロ姉の正体は百万二千七百二十歳の古代人だ。一年前にコールドスリープから目覚めて、紆余曲折ののちに、こうして碑戸々木家の母親的存在として家族を包み込んでいる。
「あら宗ちゃん、食料品買ってきてくれたのね?」
「うん」
シャロ姉は、ふふっと笑って俺の頭を撫でる。
「偉いわ宗ちゃん。なにも言われなくても、ちゃんとお仕事を見つけられるのね」
そりゃあ俺が行くしかないじゃん、と言いながらもされるがままになる。
シャロ姉がとにかく弟や妹たちの頭を撫でるのが好きなのを知っているからだ。
まだ出会って一年だが、シャロ姉はすっかり弟妹大好きお姉さんになっている。もともと気に入ったものにはとにかく愛情を注ぐタイプのようで、家族はもちろん、自分が作った機械(シャロ姉は機械作りが大得意だ)も可愛がっている。
その点では病的だとすらいえるかもしれないが、気に入らないものは気に入らないらしく、会社は嫌いらしい。
頭を撫でられることで少し情けない気分にもなる俺だったが、一方で気持ちよくもある。どうもシャロ姉の前だと自分が幼くなったような気分になる。
そうしていると、姉貴ににやにやしながら小突かれる。
「おいおい、ガキかよおまえ。高校生にもなってナデナデされてデレデレやがって」
「うるさい」
「でもさ、シャロってやっぱお母さんみたいだよな。お母さんっていうか、ママって言ったほうがイメージに近い」
「あら、そうかしら?」
「母さんはおれと宗一に無関心だったんだ。だからおれらはシャロみたいな存在を知らなかった」
姉貴は頬を人差し指でひっかく。
「ま、昔いて今は沖縄に引っ越した親友もおせっかいだからお母さんって感じもしなくもねえけど、あいつは風格がないからな。シャロはもう薬指に指輪はめちゃえよ」
シャロ姉は母性あふれる長女だ。風格で言えば実質二十歳だとは思えない(コールドスリープしていた時間を足せば百万二千七百二十歳)。抱き締められた時には自分が赤ちゃんになってしまったかのような感情を覚えることすらあった。
お母さん、という言葉の持つ世話焼きな感じよりも、ママ、という言葉の持つ子供に対して甘々なイメージのほうが、シャロ姉にはうまく当てはまる。
俺はそう思ったが、口には出さなかった。恐らく姉貴も同じだろう。
シャロ姉は嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、今からお姉ちゃんをママだと思っていいわよ」
「ははっ、おれたち二人に『ママ』なんて言葉は似合わねーよ」
「姉貴はどちらかというと軍服着て『イエスマム』とか言うほうが似合うもんな痛いつねるな痛い痛いごめんごめんごめん」
「秘代ならシャロを『ママ!』と呼んで抱きついても許されるな。あと外見的に一番『ママぁ、抱っこ』が似合いそうなニゴは内面的には一番似合わな――」
シャロ姉が、にやにやしている姉貴を抱き締めた。
うっ、と姉貴は胸が詰まった時のような声を発し、硬直する。姉貴の身長は高いのに彼女のほうが小さく見えたのは、シャロ姉の長い金髪がふんわりとしていて胸が豊満だからということだけではないだろう。姉貴の驚きの表情は次第に緩んでいき、少女のような顔になり、シャロ姉を抱き締め返した。
「……ママ」
「はい、なあに? ヒビちゃん」
「って、おい! なにやってんだ!」
姉貴が顔を真っ赤にしてシャロ姉を押し退ける。
「卑怯だぞ! 今のはノーカンだ!」
あらあらヒビちゃんてば可愛いんだから、と頬に手を添えて微笑むシャロ姉。姉貴は、だいたいでかすぎんだよ揉んだろか、と言いつつシャロ姉の胸を掴む。
あん、とわざとらしく嬌声を発するシャロ姉と、自分の胸を見て敗北感に打ちひしがれる姉貴の二人から離れて、俺は重い荷物とともに家の奥のキッチンに歩いていく。
その途中で振り返って呟いた。
「……ガキかよ、高校生にもなって姉をママ呼ばわりして」
「あ!? んだと宗一!」 「やっべ、聞こえてた」 「待てこらぁ!」 「うわああ!!」 俺は逃げ出す。シャロ姉の楽しそうな笑い声が聞こえた気がする。