◇/清楚の化身かブラコンの権化か
〈 ◇ 〉
その姉さんは異次元級に美しかった。
紫の長髪がそよぐたび、砂金のような光がきらめく。
羽毛のように優しく白い肌には、まるでアメジストを閉じ込めたような紫の瞳。
そんなゆら姉は、自分の2-C教室で他の女子と上品に談笑していた。
あの姉さんは学校一の天才にして絶世の美女とまでいわれている。だから本来なら俺となど接点がなかったのかもしれない。だが、ゆら姉は俺の姉さんだ。
ひょっとするとこれって凄いことなのでは……
と思いながら俺は、今だけは普通の生徒と同じようにこそこそとゆら姉を教室の外から見つめていた。
それには訳がある。
別に大した理由じゃない。『碑戸々木まゆらファンクラブ』なる謎の組織に所属する俺の友人が、俺にゆら姉の一日の学校生活がどんなものなのか教えろと言ってきたのだ。
まゆらFCのメンバーは遠慮深い者の集まりらしく、活動や規模は小さなものだ。活動内容は、普通に生活していて偶然ゆら姉を見つけたとき『ありがたや……』『神に感謝……』などの感激の言葉を心の中で呟くこと。そしてFCメンバーで集まり『“イイ”よな……』『ああ……“イイ”……』と一言二言交わして満足すること。それだけらしい。
しかし友人は憧れの人の弟、つまり俺と接するうちに我慢ができなくなってきたという。FCのルールには反さない形でゆら姉のことをよく知りたいと思い、こうして俺をおつかいに出しているというわけだ。
(別に隠し撮りするわけでもないから問題ない。おつかいの報酬は弾むと言ってくれたし)
ゆら姉は圧倒的な美貌と神秘的な雰囲気のおかげで、弟である俺以外の男はみんな姉さんを直視できない。隠し撮りする気も起きないみたいだから安心だ。
さて、今、ゆら姉は2-Cの女子と楽しそうに話している。
女子のほうはお嬢様とかそういう感じではなく、普通の人だ。
会話が聞こえてくる。
「碑戸々木さん、ノート貸してくれてありがとう。すっごい字ぃ綺麗だね!」
「そうかな。ありがとう。けど、宗く……自分だけがわかるようにまとめたものだから、わかりにくかっただろう?」
「ううん、そんなことなかった! マジでリロセーゼンって感じだったよ。ただ、途中で変なキャラが描いてあって『なにこれ?』って思ったけどね」 「えー、どれどれ?」 「これこれ」 「あはは、ほんとだー」
「や、やめておくれよ。恥ずかしいじゃないか……」
困り笑いをするゆら姉。女子の間では親しみを持たれているようだ。俺はスマフォのメモ帳に『休み時間に女子と喋る。理路整然』と書く。
昼休みになった。
俺はゆら姉の後ろをついていく。行き先は購買。
また友達と話しながら歩いているゆら姉は、歩く姿も様になっている。紫色の長髪も揺れて綺麗だし、身長も高めで背筋が伸びているし、着ている制服から漂うのは清潔感だ。
購買に着くと、ゆら姉たちはしばらく列に並んだのち、店員のおばちゃんと言葉を交わす。
「あらまゆらちゃん、今日はお弁当じゃないのね」
「はい。姉の体調が優れないようでしたので」
「まゆらちゃんの声はアルトな感じで、あるふぁー波が出てて体に良さそうだねえ。スカートも長めで清楚だし、うちの娘にもまゆらちゃんを見習ってほしいよ。はい、チョコパン」
「ありがとうございます」
ゆら姉はおばちゃんの目を見て、柔和に微笑んだ。
さすがゆら姉、店員への態度も丁寧だ。
普通の生徒なら良く言えば親しい接し方で、悪く言えば失礼な物言いだったり、そもそも黙ったままだったりするところだろう。だが、ゆら姉は堅くも柔らかくもない絶妙な態度を見せている。俺はスマフォのメモ帳に『購買でチョコパン。α波。清楚』と書く。
引き続き、昼休み。
俺はやはり2-Cの教室を外から眺めていた。
ゆら姉はパンを食べ終わり、歯を磨いてから、教室で文庫本を読んでいる。
穏やかに細められる双眸。ほんの少し口角が上がったまま、一つの芸術品のように動かない表情。ページをめくるときの指先まで、上品という要素だけで形作られているようだ。
ゆら姉のいる席だけが、別世界の雰囲気を漂わせている。
俺のいる廊下で同じくゆら姉を見た人が「あ、清楚の化身が本読んでる」と言っていたので、スマフォのメモ帳に『昼食後、読書。上品。清楚の化身』と書く。
放課後。
「宗くん。一緒に帰ろうか」
校門で待ってくれていたゆら姉に誘われ、生徒たちの視線を集めながら学校を出る。
ゆら姉とは今朝も一緒に登校したけれど、未だに神秘的でありながら清楚なその雰囲気は変わっていない。家でも少し緩むとはいえ同じ感じだし、今も素顔に近いのだろう。
やっぱり普通の男子高校生の隣にこんな根っからの清楚美人がいるのは凄いことだよな、と思っていると、その美人な姉さんが口を開いた。
「その……どうだった?」
「え?」
「私の身体だよ。見ていてどう思ったろうか」
「……ん?」
「だ、だから……」
ゆら姉はもじもじしながら上目遣いになる。
「宗くんは今日、休み時間になるたびに私を、視姦……していたのだろう?」
「え、いや、それは、それは違う」
「見られていたことには気づいていたよ。私の宗くんセンサーを舐めてはいけない」
「野生の勘かよ」
「いいんだ宗くん、きみは年頃の男の子なのだから。私も、その……宗くんに見られてえっちな気分になったりして、刺激になったことだしね」
「あ、あの、俺たち姉弟なんだけど……」
「それにね、私は嬉しいんだ。私の身体で宗くんが興奮してくれる――それは女として、姉としてとても幸せなこと。だから、恥ずかしいけれど、もっと見ていいんだよ」
なにが清楚だ、なにが上品だ。本性を現したな。
だが、ゆら姉がこんなふうになるのは、俺の前でしか見たことがないな……
熱くなる頬とは裏腹に、誤解だし気持ち悪いよと言おうとすると、ゆら姉は俺の唇に人差し指を当て、微笑んだ。
「宗くんになら、宗くんのためだけになら、私の全てを見せてあげるからね」
俺はスマフォのメモ帳を開きかけてやめる。さすがにこれは報告できない。




