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□▽/秒速一メートルの速さで動く姉

〈 □▽ 〉



 学校から帰ってきて、夕飯を食べる前の時間。

 俺は自分の部屋でも勉強するが、今日はリビングルームだ。数学の問題を解いていると、向かい側の椅子に突如として何かが現れる。

 ひめねえだ。くノ一の忍術で瞬間移動してきたのだ。


「秘姉、怖い」

「あっ……ご、ごめんね」


 それから無言で問題を進めていく。

 秘姉も俺に用があったわけではないようで、テーブルの真ん中に置いてあったお菓子を食べ始めた。俺は自分から話しかけることは、例えばアネキやシャロ姉よりは少ない。秘姉もそうだ。

 しばらく沈黙が続いたあと、シャーペンを動かしながらもなんとなく口を開く。


「秘姉って変化の術もできるんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「なんにでもなれるの?」


「えっとね……」

 秘姉がお菓子の空袋の端をいじる。親しい相手でも目を合わせずもじもじとするのがちょっと可愛らしい。

「変化の術にもいろいろあって、中でも幻術を使ったものなら、どんなものにだってなれる……よ」


「じゃあさ、秒速一メートルの速さで動く点Pになってよ」

「ふぇ?」

「数学によくあるやつ。点P」


「どんなものにだって、は言い過ぎたかもしれないけど……、人の想像が及んで、それでいて目に見えるものだったら……」

 秘姉が消えて、空中に浮かぶ黒丸が秒速一メートルで進み始める。

「こ、こうかな……?」


「すごいよ秘姉、ある意味シャロ姉よりも数学を教えるの上手くなれるんじゃない?」

「そうかな……えへへ」

「ところで、俺の部屋のエアコン壊れそうなんだけど、エアコンにはなれるの?」

「え、えあこん!? えっと……張り付きの術と霧ヶ峰の術を併用すればなんとか……」


 点Pと化していた秘姉はパッと元の姿に戻る。やはりこの姉さんは黒髪ポニーテールで忍装束を着た姿が一番だ。


「宗一さん」

 ニゴ姉がふわふわと浮いてきて、テーブルにあるお菓子の空袋をまとめ始める。

「エアコンとしてこき使ってやろう、なんて思っていませんか」


「はは、一家に一台秘姉だね」

「も、もう……そうちゃんのいじわる」

「でも秘姉が大型スクリーンになってくれれば、家族全員で迫力満点の映画鑑賞を……」


「宗一さん? 様々な機能があるぶん、ニゴは怒ると響さんよりも怖いですよ」

 むっとした表情でにらんでくるニゴ姉。

「秘代さんをまるで道具のように扱わないでください」


「いや、ニゴ姉、冗談だって! ちょっとからかっただけじゃん」

「冗談だったのですか。申し訳ありません。ニゴはそういうものを判断するのが少々苦手です」


 ニゴ姉はやや肩を落とす。

 この姉さんは言葉の嘘を見抜くのが苦手だ。きっと詐欺にコロッと騙されるタイプだ。


 だが言葉を使わずにいる人の、心の真実を見抜くのは得意だ。

 この前、手の大きさを比べあったときもそうだった。俺の何気ない一つの言葉から、十を知って受け答えしてくれた。

 言葉は信じてしまうけれど、言葉がない場合には心拍数や表情の動きを誰よりもうまく分析して、読心術のようなことまでやってのける。格好いい姉さんだ。


「そうちゃん、ぼく、悲しいよ……」

 一方、可愛い姉さんの秘姉は眉を下げて、お菓子を入れた口をもぐもぐさせる。

「ぼくがすくりいんになったら、ぼくだけ映画を観れないよ……」


「え? そこ?」 「そこですか……」 俺は吹き出し、ニゴ姉は微笑む。もうすぐ夕飯の時間だ。

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