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○/甘やかひざまくら

〈 ○ 〉



 ある平日の午後。

 俺は目を覚ました。

 仰向けに寝た姿勢のまま気だるいまぶたを開き、ぼんやりとする。どれくらい眠っていたんだろう。


 テレビの音が横から聞こえる。そういえば、ソファに座ってNHKの番組を観ていたのだったか。何の番組か忘れるくらいには意識をしていなかったらしい。

 そうだ、俺は昨日の夜に友達と通話して夜更かしをしたことによる眠気に勝てず、高校から帰ってきてすぐソファに座ったまま眠ってしまったんだ。


 そして、確かシャロ姉が隣に来て、俺は目を閉じるか閉じないかのときにシャロ姉の肩に寄りかかっていたような気がする。

 それより今、なんだか少し首が痛んで……視界にはピンク色の大きなものが……


「っ!」


 俺は慌てて起き上がろうとするが、目の前、頭上の大きなやわらかい物体に阻まれる。数秒固まったのちに再び頭を下に戻した。


「あら、おはよう宗ちゃん。よく眠れたかしら?」

 上からシャロ姉が顔をのぞきこんでくる。


 俺はシャロ姉に膝枕をされていた。

 首と頭の後ろにシャロ姉のもちもちとした生脚を感じる。視界のピンクで大きなものは、パジャマに包まれたシャロ姉の胸だ。大きいそれのせいでシャロ姉は首を大きく傾けないと俺の顔を見ることができない。


「……脚、痺れたりしない?」

「ふふっ、大丈夫。宗ちゃんこそ、寝心地悪かったりしない?」

「意外と悪い」

「まあ」


 シャロ姉はこちらを見つめてにこにこと笑い、頭を撫でてくる。

 少し恥ずかしいが、シャロ姉のストレス解消法の一つに『弟を甘やかす』というものがあることだし、しばらくこのままでいることにした。


 シャロ姉の指に髪をなぞられ、安心した俺はまた眠くなってくる。この姉の指からは人を癒す謎の物質が発生しているとしてもおかしくない。シャロ姉の優しい手のひらに撫でられると、髪の奥の頭皮もくすぐったくなってくる。頭の上の辺りがふんわりとしたスポンジケーキで包まれているようにあたたかくて、気持ちいい。

 シャロ姉は頭を撫でる天才だ。


 と、俺はあることに気づく。

「シャロ姉、あのさ」


「なあに?」

「下、穿かないの?」

「お風呂であったまりすぎちゃって。だいじょうぶ、パンツは穿いてるわ?」

「ああ、うん……」


 だから生脚だったのか。ちょっとシャロ姉のお腹側に頭を傾けたとき、白いレースの何かが目に入った気がしたが、気のせいではなかったらしい。


「穿かないと風邪引くよ」

「でもね~、お姉ちゃん、現代の病原菌は効かないみたいなの」

「……でも俺はシャロ姉に引いてるけど」

「まあ、ごめんね宗ちゃん。頬を染めちゃう宗ちゃんが可愛くて、つい、ね?」


 唇を引き結ぶ。待て、俺は頬を染めているのか。

 密かに慌てる俺を見て、シャロ姉はお見通しのように振舞う。背筋の力を抜く姉さん。大きな物体が降りてくる。幸せな感触……


「しゃ、シャロ姉、胸が」


「ふふっ、宗ちゃん今、自分が不健全なことを考えていると思ってるでしょ? 仕方ないわ、お姉ちゃんとはまだ出会って一年くらいしか経っていないもの。お姉ちゃんを一人の女性として見てしまうことがあっても、誰も責められないわ?」


「息が」


「でも、お姉ちゃんは宗ちゃんに、姉として見てほしいの。だからこういうことに慣れさせてあげる。お姉ちゃんのおっぱいを、身近なものにしてあげる。そういうことにして、お姉ちゃんにぜんぶ委ねていいのよ。いっぱい甘えて、甘えながらおやすみなさいしていいの。それがお姉ちゃんの幸せなんだし……ね?」


 俺はシャロ姉サンドから脱出し、ソファからどてっと落ちる。息を整えて、シャロ姉の顔を見るが、すぐに耐えられずそっぽを向く。

 なんてことだ。こんな俺をアネキに見られたら本気で気持ち悪がられる。

 しかしシャロ姉はますます嬉しそうにして、俺の熱い頬に触れた。


「いつでもお姉ちゃんに甘えてきてね、宗ちゃん」


 俺は何も言えない。何を言っても好意的に受け止められる気しかしない。

 決めた。シャロ姉の前では、諦めよう。

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